愛情は明滅する




 私だけに注がれる愛情を受け止め、視線をも釘付けにする。
出会った時から見てくれ以外はちっとも可愛げのない姜維殿は、このところますます可愛くなくなった。
余裕もなくなった。
姜維殿はずっと焦っている。
北伐北伐と、周囲の制止や諫言にも耳を貸さずどんどん周囲と対立してしまっている。
北伐が成功すれば、もちろん蜀は豊かになる。
けれども諸葛亮様が亡くなった後にも何度も実施された北伐は一度も成功した験しはなくて、軍を興せば興すだけ国力が乏しくなっている。
華やかになるのは陛下のお傍周りだけ。
それもそれでなんだかおかしな話なんだけど、無位無官の私がとやかく言えることではない。
今の陛下のお傍に侍っているのは、陛下本人のご意思はさておいて曹爽のような奴なんだろう。
あの変態はその後司馬懿殿に粛清され殺されたけど、残念ながら今の蜀には司馬懿殿のような骨のある忠臣はいないらしい。




「ねえ姜維殿・・・」
殿?」
「このまま北伐、辞めちゃわない? しばらく私に溺れてていいからさ、ちょっと北伐お休みしない・・・?」
「では、私からも殿に頼みがあります」
「え~」
「私の子を産んで下さい。そうしたら、腹の子が生まれるまでは私は北伐には行きません。身重の妻を独り残すことはできませんから」
「私への条件きつすぎない?」



 姜維殿は、私よりずっと頭がいい。
私がその条件を飲めないことを承知の上で、無理難題を突き付けてくる。
姜維殿の指がするすると下に降り、私の懐をなぞる。
むずむずとするが、生憎とここに姜維殿に連なるものを宿すつもりはない。
 第一印象はとても大切だ。
あの日、姜維殿がぶつかった私を厳と評さなかったら。
日頃からもっと先輩を敬うような態度を取っていたら。
私がもっと、姜維殿を盲目的に信じてあげられるくらい馬鹿だったら。
諸葛亮様の元で長く暮らしていてお世話になっていただけあって、私は意外と勘が鋭いのだ。
子は親の背中を見て育つ。
私だって諸葛亮様の弟子の端くれなのだ。



殿は、私が嫌いですか?」
「憎い奴に体は開かないでしょう。大丈夫大丈夫、姜維殿のこと好きだって! 妻にも母にもならないけど」
「なぜ拒むのですか? ・・・丞相に何か言われましたか」
「諸葛亮様? 何を?」
「・・・・・・私のような降将ごときに、とか」
「姜維殿を降将にさせたのは諸葛亮様だから、張本人はさすがにそんなこと言わないでしょ。諸葛亮様はなーんにも。私の意思で姜維殿を今日も受け入れた上で拒んでる」
「泣いても喘いでも懇願してもぐちゃぐちゃになって、ふたりであんなに一緒に溶けて・・・。それでも私の願いを聞き届けてくれないのはなぜですか」
「子は親に愛されてほしいし、親も子を愛してほしいと思わない? そうでなくてもいい人生送れるけど、生まれちゃった自分のせいで親が辛い顔するのとか結構嫌だよ」



 いつの日か姜維殿が私を知った時、きっと彼はそれまでの日々を後悔する。
吐きたくなるほど嫌になって、そうなった時に、血を分けた可愛いはずの我が子の姿が目に入ったらどう思うだろう。
どうしようもない、だってその子はもう既に存在してしまっているのだから。
私はそれは見たくないし、感じたくもない。
私は本当は怖がりで、この先待ち受ける蜀の行く末についてとても臆病な気持ちになっている。
私は私がどうしてこうなるに至ったのかよく知らないけど、諸葛亮様や司馬懿殿のような思いを姜維殿にはしてほしくない。
姜維殿が好きだからだ。



「だからここは大きく譲歩して北伐、今回は辞めとこ?」
「・・・このような国の大事、閨の中で決めるのではなかった」
「あら、ばれたか」




 余韻とか情緒とかそういうものにも疎い姜維殿が、憤慨した様子で部屋を出ていく。
傾国の美女になるのも難しいけど、憂国の才女になるのはもっと難しい。
姜維殿の方がよっぽど国傾けてるかもなあ。
私はそう呟くと、褥にくるまった。




「姜維は、あなたを好いています」「えっ、いや困ります諸葛亮様、だって私」「決めるのはあなたです、



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