背中を押されてお近付き
女人を誘うに適した甘味処を教えてほしい。
鍛錬終わりの小休憩、至って真面目な表情をした新入りの同僚が発した問いかけに、賑やかだった休息所が静まり返った。
「え、誰と?」
「兄上、姜維殿に失礼だから」
張苞の不躾な質問を嗜める星彩も、珍しく頬を赤らめ視線も泳いでいる。
一斉にいくつもの顔から視線を浴び、姜維はええと言葉を濁らせた。
まさかここまで注目を集めることになるとは思いもしなかった。
この場には関索という蜀きっての色男がおり、皆この手の話は聞き飽きているとばかり考えていた。
訊く相手と場所を間違えたかもしれない。
だが、彼ら以外に親しくしている人々はまだおらず、神出鬼没のに見つからずに話せる環境はまだないのだ。
は成都のことは本当によく知っている。
成都に来て間もない頃に諸葛亮の依頼を受けたから各所の案内をされたが、良い場所も悪い場所もは把握していた。
だから、彼女が訪れないであろう場所を見つける作業は非常に困難を極めた。
本当はひとりで決めてしまえば良いのだが、生憎とこちらはまだ成都のことをあまり詳しくは知らない。
諸葛亮に尋ねるのは一番の悪手のような気がする。
当の本人に水先案内人を任せるわけにもいかない。
こちらにも、男の矜持というものがあるのだ。
「ていうか、姜維殿もそーゆーの興味あったんだ~」
「いや、興味はない。ただ、借りは作りたくない上に礼も失したくないだけだ」
「その口ぶりだと、姜維殿は親しい仲の人と行くわけではないように聞こえる」
「それってつまり遊びってこと? そう言いたいのか関興?」
「まだ仮定の話だ、張苞」
「そうよ兄上、まだ決めつけるには早すぎる」
「とんでもない! 殿に唐突に昼食を差し入れられた際に甘味処でお礼と強請られて、それで」
「ああ、殿」
ぴりぴりとした空気が一気に緩み、皆一様にほっとした表情になる。
良かった良かったと、何が良いのかまったくわからないが皆安堵している。
殿は肉まんが好きと関索が即答すると、お肉も好きですと関銀屏も続ける。
好き嫌いがないいい子だからと関興が言い添えてくれるが、残念ながら知りたいのはの好みではなく彼女を連れて行く甘味処だ。
もう少し具体的な策を提示してほしい。
姜維は、この中で最も有益な情報を提供してくれるであろう鮑三娘を顧みた。
難しそうな顔をしているが、最適の場所を厳選している最中なのかもしれない。
これは期待できそうだ。
も、案内された店が鮑三娘おすすめの店と知れば文句も言わないはずだ。
「ねえ姜維殿、ちゃんのこと大切にしてあげてね」
「鮑三娘殿?」
「ほら、ちゃんってちょーっとふわふわしてるじゃん? まぁそこがちゃんの良いところなんだけど」
「別に私は殿を蔑ろにするつもりはないのだが・・・」
「じゃなくて! あ~も~関索ぅ~~!」
「君の言うとおりだと私も思う。いつの日か、殿に本当に差し入れしてもらえるといいですね」
というわけで、まずお近付きになるにはここにしとけばばっちり!
ちゃんをよろしくね。
鮑三娘のいつになく真面目な声に合わせるように、一様によろしくと頭を下げられる。
何だこの圧は、これが蜀の絆か?
姜維は手渡された手書きの地図を握りしめると、ぎこちなく頷いた。
「姜維、とふたりで遠出すると聞いたが。ふたりで」「趙雲殿のお耳にまで入るとは・・・」