毒は花の匂いがする
まったく酷い話ですよね、と、唇を尖らせ非難の声を上げる人物を見つめる。
酷い目に遭わせているのはこちらだとわかっていて口にしているのならば、彼も案外強かだ。
もっと手酷くしましょうか?
その問いかけににハハハと笑うだけなのは、彼もまた相手の出方を窺っているからだろう。
なるほど今日は化かし合いか。
尻尾を出した獲物を捕まえるのもまた一興、いったいどうやって食べてやろう。
「オレが行けば法正殿の眉間から皺が消える、これぞ神算ですとか諸葛亮様も無茶ばっかり仰る」
「口説き方が足りないのでは? 悪党を篭絡するにはそれなりに身を削らないと、例えばほら、こうやって」
つんと突き出た唇に、ひんやりと冷えた指を添える。
驚くことも恥じらうこともなく真顔でなるほどと呟く青年は、何度同じことをされてきたのだろう。
誰が彼に触れてきたのだろう。
何を思い、彼に心を寄せているのだろう。
何人蹴散らせば、彼を自分だけのものにすることができるだろう。
すぐに導き出せる答えに法正はますます顔を歪めた。
苛立ちの原因を寄越す諸葛亮が今回の一番の毒だ。
「まあ、オレは法正殿のそういう渋みのあるお顔立ちも嫌いじゃないですよ。だからせめてオレ以外の前ではもう少し愛想良く健康的でいて下さいよ」
「他人に媚びへつらって何か得するようなことが?」
「んー・・・、ないですね。でもオレは、オレのお願いをただ一度でも聞いてくれる法正殿を見たらちょっと嬉しいかも」
唇を弄んでいた悪戯な指を、ぎゅうと両手で包み込まれる。
これは篭絡という立派な策略だ。
であればたまには大人しく口説かれてみるとするか。
法正はにっこりと笑う無邪気を装った策士の笑顔に、にいと笑い返した。
納得できるまで、何度でも口説いていただきますよ