お兄ちゃんズは容赦しない
いっけなーい、遅参遅参!
褒められて伸びる性分の私だから、新年初日からお小言なんて浴びたくない。
慌ただしく髪型をセットし、玄関前の全身鏡に向かってウィンクする。
うん、今日もばっちりだ。
おろしたてのブーツのファスナーを上げていると、待ちなさいと声をかけられる。
今忙しいんですけど!
首だけぐるりと後ろに動かした私に、父が眉根を寄せる。
嫌な顔をされても困る、これは父の遺伝だ。
「、どこへ行く?」
「諸葛亮様のところ!」
「諸葛亮の元に向かうのにそれほど着飾る必要はあるまい。本当はどこへ行く?」
「もう目星ついてるんなら言わなくたっていいじゃん!」
「そういう問題ではない。元旦の家族水入らずのところに娘を誘うような凡愚などと付き合うな」
「えっ、父上私と姜維殿が付き合い始めたって知ってたの? すごーい!」
「知らんわ! こら、待ちなさい!」
勝手に自爆した喚く父を玄関に置き去りにし、待ち合わせ場所へ駆けていく。
せっかちで我慢ができない姜維殿だから、きっともう着いているはずだ。
時間に遅れさえしなければ姜維殿も怒りはしない。
姜維殿だって怒りたくて怒っているわけではないと知っている。
姜維殿は冷静沈着に見えて結構な甘えたさんだ。
でもって意外とわかりやすい性格をしているので、ちょっと私が人差し指で腕なり頬なりを撫でれば大抵のわがままもおねだりも聞いてくれる。
甘えん坊で甘々の姜維殿が御し易すぎてちょっと心配だ。
「げ、姜維殿もういるじゃん。しかも足タンタンしてる」
「お前さ、姜維に会う時は裏口から出て行けって教えてやったお兄様の金言忘れてるだろ」
「お兄様も姜維殿に会いたくてストーカーした? やばすぎ」
「お兄様の兄上もいるぞ」
「兄同伴のデートとか、私のこと好きすぎる姜維殿もさすがに引くと思う」
「ま、それが狙いなんだけどな」
腹違いとはいえ、半分は同じ血が流れているとは思えない性格の悪さだ。
半分薄まってこの性格ということは、父はいったいどんな悪人なのやら。
私もいつか性格が悪くなったりするんだろうかと、その日が来るのが恐ろしくなる。
兄2人にくれぐれも邪魔をしないようにと念押しし、姜維殿の前に出る。
遅いと早速お小言をお見舞いしようとした姜維殿の腕にしがみつくと、姜維殿はふぅと小さく息を吐く。
開戦3秒で敵の口撃を完封した私の手腕を諸葛亮様にもぜひ見てほしかった。
「ごめんね姜維殿。父と兄たち撒いてくるのに手間取っちゃって」
「それは難儀でしたね」
「次はもっと巧くやるから」
「殿では荷が重そうですね・・・」
「じゃあ姜維殿も一緒に考えてくれる?」
「丞相にも知恵を借りてみよう。何か良い策を授けてくれるかもしれない」
「こんなくだらないことに頭使わされる諸葛亮様かわいそうすぎない?」
諸葛亮様の灰色の頭脳はもっと有意義なことを考えるのに使うべきだ。
姜維殿が誰にも邪魔されない2人きりの世界を望んでいるなら、姜維殿だけの力で成し遂げるべきだ。
それに諸葛亮様が出てくると父も今以上にやる気になる。
父は姜維殿を認めていないので、私をどこぞの寄宿舎へ転校させるなどの強硬手段にも出かねない。
それは嫌だ。都会育ちのゆるふわ生活に慣れきった私が、今更山奥の電波も途切れ途切れになるような田舎で生きていけるはずがない。
「父、姜維殿とお付き合いしてること勘付いてるから切れられる前に挨拶にでも来たら?」
「だが、まだあの人を義父と呼べる自信がない」
「えっ、もうそこまで考えて付き合ってんの? まだ若いんだしもっと遊んだ方がいいよ、姜維殿重すぎ」
「殿が終始軽いだけかと。それからあの家に行くと寒気がする・・・」
「兄たちのせいじゃない? 実は家族の誰も姜維殿認めてないんだよね!」
ロミオとジュリエット以上に障壁と敵が多いなんて、姜維殿って前世でうちの一族に何かした?
冗談交じりに訊いてみると、姜維殿が今年イチ真っ青な顔で震えている。
今年って今日始まったばっかりだけど、残り364日でこれを上回る青白い顔は出せないと思う。
姜維殿、実は心当たりのない前世の古傷とかあったりしたのかな。
震える姜維殿を鎮めようと、もっと大胆に腕に体を寄せてみる。
視界の隅から兄の兄が鋭利な氷柱を投擲してくるのが見えた。
人物相関図考えるのも面倒なくらいに面倒な家庭