呪文の極意




 にとって、この場所での環境はよいものだった。
呪文も近くの修道院の者に教えてもらえるため、自分の身を守る程度のことは出来るようになったし、
なんと言っても自然があふれていたからだ。




 そんな彼女の元に、ある日訪問者がやってきた。
彼はの姿を認めると、不思議そうに首をかしげ、そして微笑んだ。



「こんにちは、お嬢さん。」
「ええ。こんにちは、はじめまして。あの・・・、どうしてここに人が住んでいるって分かったんですか?
 私、この場所を誰にも教えていなくて、隠れ住むようにと言われているんですけど・・・。」
「いいや、わしは誰にも教えてもらってはいない。・・・なぜ自分がここに来たのかも分からんのでな。」


そう言うと、老人は寂しげに笑った。
はこの不思議な老人と話をすることにした。




 「私、って言います。おじいさんの名前は?」
「わしはライラスという。これでも魔法使いの端くれでな、住んでいた町では弟子をとって呪文を教えたりしていた。」
「魔法使いさんですかっ!すごいですね。・・・実は私もある人から呪文を習っているんです。」
「そうだろうと思った。お嬢さんに魔力があることは、わしにもすぐに分かった。」





 ライラスが言ったことは事実だった。確かに彼はから魔力の波動を感じていた。
それが並みの力でないこともまた、彼には分かっていた。もしかしたら、自分を超えるほどの力を。
しかし、今の彼女がその力を存分に発揮しているとは言いがたかった。
が教えてもらっているという者も、きっと相当の人なのだろうが、
惜しいことにその者は彼女の能力を知ってか知らずか抑え込んでいた。
彼にはそれが耐えられなかった。彼は端くれと名乗ったものの、当代でも並ぶ者がないと言われているほどに力を持った魔法使いである。
そんな彼が、この才能のある者を前にして、無関心でいられるだろうか。
彼は、落ち着き払ってこう言った。




 「お嬢さん、あなたの力は素晴らしい。だが、惜しいかな。充分にそれを発揮できていない。」
「え・・・?」
「あなたの師匠がいけないのではない。ただ、お嬢さんには本で学ぶことはすでにないのだ。
 この世界にはあらゆる呪文が存在する。禁忌とされる呪文ももちろんいくつかある。
 ・・・以前、わしの弟子だった者も才能があった。わしはその者に自分の持つすべてを教えようとした。
 しかし、それはわしの見込み違いだったのだ。彼には確かに才能があった。だが、やつはその才能を良からぬ事に使ってしまったのだ。
 今、この世界に奴を阻止できるものはまだおるまい。彼はわしの教えたすべての呪文を使って世界を変えようとしておるのだから。」





は自分の知らない世界を見たような気がした。
この世界には、自分の知らないことが多すぎる。
このライラス老人から聞いた話も、その弟子のことも、世界を変えようとしていることも、すべて彼女が知らないことだった。
しかし、この魔法使いはそんなことを一介の魔法使いの卵である自分に話して、いったいどうしようと言うのだろう。
はそんなことを考えていた。





 「お嬢さんに頼みがある。」
「はい、なんでしょうか?」
「これを、受け取ってもらいたいのだ。」




そう言うと、ライラスは古びた一冊の本を取り出した。
は恐る恐るその本を受け取る。





「その本はな、わしは昔から使っていた呪文の書じゃ。この本に載っていない呪文はないと言われている。
 もちろん、禁忌の呪文も書かれている。わしの弟子は以前その本で学んでいた。
 そして道を誤ったのだ。奴を止める事が出来るのは、奴に対抗する力を持つ者でないと難しい。
 お嬢さんには奴を超えるだけの力がある。頼む。あ奴を止めてくれ。
 世界が闇に覆われる前に、奴の暴走を止めてくれ。お嬢さんはいつか、近いうちに外の世界に出るだろう。
 そのとき、この本が役に立つはずだ。お嬢さんの力であ奴を・・・!!」





「・・・ライラスさん。本当に、私でいいのですか?私はさっきあなたに本で学ぶことはない、と言われました。
 それなのに、そんな私がこの本を使って学んでもいいのでしょうか?」
「本の内容を学ぶのではない・・・。呪文の、そう、呪文の秘める真の力を知ってもらいたいのだ。
 それが分かったとき、お嬢さんがどうなるのかはわしにも分からない。
 だが、わしはお嬢さんにこの世界を託したのだ。」



「ライラスさん・・・。」



は大切そうに、彼から与えられた本を抱きしめた。







 気がついたとき、すでに彼の姿はなかった。いつの間にか外へ出たのだろうか。
扉の音も聞こえなかったはずなのに。部屋の中は、さっきまで人が話していたのがまるで嘘のように人気がない。
夢を見ていたのだろうか。いや、彼女の腕の中には確かに本があった。





「また、いつか会えますか・・・?ライラスさん。」



は1人でそうつぶやいていた。
 



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