兄と妹と鎮魂歌
「ん~、今日もいい天気!!」
修道院近くの川辺での声が響いた。
今日は雲ひとつ無い、いい天気なのだ。
こういう日は、はどうしても歌いだしたくなる。
彼女の歌声は透き通るような美しさを持ち、その声は魔物の心でさえ魅了する。
もちろんそんなこと、彼女は知らない。
林の影に1人の若者の姿があった。年は20かそこらだろうか。
明るめの茶色の髪をした、戦士風の身なりをしたものだった。
彼はの歌声に惹かれ、いつの間にか彼女の傍まで来ていた。
「きれいな声だね。君が歌ってたんだろう?」
「え!?あ、はいそうですが・・・。」
気配も無く現れたその青年の声にはびっくりした。
本当に何も感じないままに、気がつくと彼が隣に立っていたのだ。
実は彼女は以前にもこんな経験をしたことがある。
ふらりと現れてふらりと消えた、あのライラス老の時である。
あれからは彼の姿を見たことが無い。
近隣の町の者も、そんな名前の老人のことは知らないと言っている。
不思議な人だった。
「いつもここで1人で歌っているの?家族は?」
自分からサーベルトと名乗ったその好青年はにいろいろと質問を浴びせてくる。
そしてまた、自分のこともよく話してくれた。
彼の家はこことは違う海を隔てた大陸にあるということ。
彼が住む村は小さいけれど、自然が豊かで、特に村の近くにある女神を祀った塔はとても美しいということ。
は彼の聞いてきた質問には出来るだけ答えた。
だが、もともとここに住むようになった以前の記憶がない彼女にはそれに全部答えることは到底不可能で。
その旨を彼に伝えたとき、彼はそれでもニコニコと笑って、彼女の話を聞いてくれた。
日が高く昇って、それでも彼女たちに話の種が尽きることは無かった。
サーベルトと2人で笑ったり、驚いたりしながら時間を過ごしてきただが、
時折サーベルトが見せる悲しげな、どこか遠くを眺めるような視線に気が付いた。
「サーベルトさん、何かもっと悲しいことがあったんですか・・・?
サーベルトさん、時々すごく悲しそうな眼をしてます。」
「・・・はすごいな。歌が上手いだけじゃなくて、人の心も読めるんだね。
・・・、私には妹が1人いて、そうだな・・・、歳は君と変わらないくらいかな。
少し気が強いけど、本当はすごく優しくて、思いやりのある子なんだ。
きっと今、彼女は私がいなくなって寂しがってるだろうな・・・。」
「・・・?」
サーベルトはまた遠くを見つめる目になって、彼のたった1人の妹について話し出した。
「私は妹が大好きだったんだ。大切な、大切な妹だったんだ。
でも・・・、私はもう彼女に会うことはできないんだ。一生ね。」
「どうしてですかっ!?サーベルトさんは、今ここにいるのにっ、会いに行けばいいじゃないですか。
妹さんに。・・・妹さんのこと、好きなんでしょ・・・?」
「、私はもう・・・。」
には分からなかった。会いたいのにどうして会いに行かないのか。
自分は自身のことを知っている者もいなくて、こうしてあまり変わりの無い毎日を過ごしているのに。
「・・・、ひとつだけ、お願いがあるんだ。
僕はもうすぐここを発たなければならない。だから・・・、私と、妹のために歌を1曲歌ってくれないか?
そうだな・・・、出来れば優しい感じの曲がいい。妹はそんな歌が好きなんだ。」
「いいですよ。私も優しい感じの曲は好きです。妹さんとも気が合いそうです。」
そして彼女は歌いだした。観客は1人。兄と妹の仲のいい日々を思い浮かべながら歌った。
彼女の歌声は林に響いた。草原に響いた。川に響いた。
歌いながら、はふと思った。
この川の流れに歌も乗って、海を越えた大陸にある彼の妹がいる村にまで届けばいい、と。
「妹の名前は、ゼシカって言うんだ・・・。」
彼女の隣ではないどこかで、サーベルトの声が聞こえたような気がした。
気が付いたら、そこにはすでに彼の姿は無かった。
いつかの時と同じ、挨拶一言もなしに、突然いなくなってしまった。
高く昇っていた日も、すでに橙色に色を変えようとしていた。
「妹さん・・・、ゼシカさんって言うんですね・・・。私もいつか、彼女に会ってみたい。」
誰もいるはずのない川辺で、はぽつりとつぶやいた。
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