賊だらけ
様々な洞窟、塔を制覇してきたたちだったが、今まで他の旅人、あるいは冒険者と出くわしたことはなかった。
そんな物好きな人がいなかっただけかもしれない。
しかし、彼らは今日初めて別のトレジャーハンターを見つけた。
しかも顔見知りの。
後もう一歩踏み込めばけばけばしいとしか言いようがなくなる、オリジナリティー溢れる船に乗って現れた人物を見て、ヤンガスは声を上げた。
いつぞや騎士像の洞窟でビーナスの涙という法外な代替品を要求した、女盗賊のゲルダだったのである。
「ゲルダ!
なんでこんな所にいるんでがすか!?」
「ふん、あんたたちがいるってことは、やっぱりここにものすごいお宝があるってことだね。
光の海図はあたしのものだよ。」
ゲルダはそう言うと、今度はの方を向いた。
ヤンガスと対峙した時の攻撃的な表情とは違い、懐かしさを帯びた顔つきになっている。
「久しぶりだね。元気だったかい?」
「はい。ゲルダさんもお変わりなさそうで、ほっとしました。」
「あたしは変わらないさ、ずっとね・・・。
・・・さて、今回は競争だよ、早い者勝ちさ!」
ゲルダは連れて来た手下の1人に合図をすると、早速行動を開始した。
たちも負けじと探索を始める。
「たぶん、この扉の先だと思うんだよね。
メディさんから貰った鍵で開くかな・・・。」
が緊張した面持ちで鍵穴に鍵を差し込んだ。
鍵が仄かな青白い光を発する。
次の瞬間、カチリという音がした。
どうやら開いたらしい。
「へぇ、鍵穴の形に合わせて自ら変化するってわけだ。
面白い鍵だな。
開けれない扉はないってことか。」
「内側から鍵がかかっていない限りはね。
急ごう、ゲルダさんに先を越されちゃう。」
の横を、すっと何かが通った。
はっとその何かの方を見つめると、それはゲルダである。
「ゲルダの特技は忍び歩きでがす。
しかも、高速で移動するんで厄介でがす。」
「うん、今のでよくわかった。
ゲルダさん、ことごとく僕たちの先を行くつもりだね。」
「おお、いかにも盗賊っぽい。」
「いや、それは感心しちゃ駄目なところだから。」
妙なところで感心するククールにすかさずツッコミを入れる。
盗賊だろうが忍び走りだろうが、とにかく海図を手に入れればいいのだ。
あれは、ラプソーン討伐には欠かせない至上の宝物なのだ。
ただのコレクションではない。
「早く行こっ。
こうしてるうちにも、ゲルダさんはどんどん先に行っちゃう。」
の言葉を皮切りに、たちは扉の先へと向かうのであった。
湿りきった洞窟内は、ジメジメとして蒸し暑かった。
湿気を多分に含んだ空気が身体や服にまとわりつき、集中力も鈍ってしまう。
駆け出しの旅人にはさぞかし辛い環境だろう。
しかし、あくまで駆け出しにはだ。
たちは百戦錬磨の旅のスペシャリストである。
このくらいの湿っぽさなど、屁でもない。
むしろ湿っぽさなら、精神面でこれまで何度も経験してきたのだ。
「しっかしやっぱり蒸し暑いな・・・。」
「ククールは暑そうな服だもんね。」
「あぁ、こう暑い中うろちょろして、次のフロアに進むためにわざわざ階段昇り降りしてさ。」
「でもってゲルダさんに先を越されるんだよね。」
はげんなりとした顔になって、柵の向こうを眺めた。
ようやく先に進めるようになったかと思ったら、まるで図ったかのように先行するゲルダ。
知恵を捻り出して苦労しているのはたちで、ゲルダは何もしないのだ。
骨折り損のくたびれ儲けもいいところである。
「相当罠も越えてきたし、そろそろ海図が見つかってもいい頃だよね。」
長年の経験と勘から考えて、ゲルダが向かった次の部屋に宝があるだろうと目星をつける。
なんとしてでも海図を手に入れるべし、とものすごい勢いでゲルダを追いかける。
ずいぶんと開けた部屋に出た。
真ん中に、ぽつんと古びた宝箱が置かれている。
そしてその前にはゲルダが。
負けた、とヤンガスが小さく呟いた。
ゲルダが宝箱に手をかけたまさにその時、空気の流れが急に変わった。
は無意識のうちに腰に差している扇を握り締めた。
なにかが宝箱の周りに集まりつつある。
そう、例えば死者の魂とか。
「? どうしたの?」
「空気の流れが変わってるって気付いた?
なんか・・・、幽霊とか出そう・・・。」
「ええ?」
の疑問の声と、宝箱の蓋がぎいっと音を立てて開く音が重なった。
宝箱から何かが浮かび上がった。
半透明だが渋くてかっこいい、海賊船長姿の男が。
突然の幽霊の出現にゲルダは思わず後ずさった。
明らかに怖れている。
幽霊が口を開いた。
「我が名はクロウ。
秘宝を求めし者よ、私と勝負せよ!」
「ちっ、なんだい・・・・・っ。」
ゲルダは渋々と短剣を取り出した。
その手つきは危なっかしい。
どうやら武術に関してはてんで素人のようだ。
クロウが剣を突き出した。
2,3合はなんとか受け止めたものの、すぐに弾き飛ばされる。
ぐったりと横たわった彼女の元に駆け寄るゼシカ。
ゲルダの様子を確認し、再び戻ってくる。
「気絶してるだけだから心配いらないわ。
・・・海図を貰うには、あの素敵な船長を倒さなきゃいけないのね。」
「そうだね。
・・・幽霊って剣通るのかな。」
「大丈夫じゃねぇか?
あれだけ霊力強いし、ありゃもう幽霊を超えた肉体だろ。」
ククールはそう言うと、実際にクロウに斬りかかった。
手応えを感じる。
どうやら打撃攻撃も通用するようだ。
「秘法を求めし者よ、私としょ「戦うって。」
クロウの言葉を途中で打ち切り、は剣を振りかざした。
がっきーんと剣と剣がぶつかる音がして、火花が散る。
半端ない力で押してくる剣をすんでのところで受け流したは、次の瞬間目を剥いた。
クロウの身体が赤く光っている。
筋力も増強している。
まずいと思った。
あの攻撃を食らったら、もれなく複雑骨折する。
骨折ならまだいいのかもしれない。
下手したら、魂が昇天する。
クロウの攻撃の矛先は・・・、と思いは視線をめぐらせた。
思わず叫んでいた。
叫ぶしかなかったのだ。
もう間に合わなかったからだ。
「!!」
「や・・・、いやぁっ!!」
は自分に振り下ろされてきた真っ赤に光る剣を、避けることができなかった。
あまりにもそのスピードが速かったのである。
だから、悲鳴を上げることしかできなかった。
叫んで、うずくまるしかなかった。
衝撃や痛みはいつまでも襲ってくることはなかった。
恐る恐る顔を上げてみる。
誰かが間に入り込んで、強烈な一撃を受けているわけでもない。
クロウはじっとを見つめていた。
若干、いや、かなり頬が緩んでいる。
「え・・・?」
「なんと健気な・・・。」
はぽかんとして宙に浮いているクロウを見上げた。
何が起こったのか、さっぱり理解できない。
頭上にクエスチョンマークを浮かべまくっているを、が横抱きにしてクロウの前から連れ去った。
クロウの相手をヤンガスたちに任せ、の無事を確かめる。
正直彼も何が起こったのか、よくわかっていなかった。
「平気かい? 何もなかった?」
「う、うん。
あの、私もよく訳がわからなくって・・・。」
は怪訝な顔をしてを見つめた。
その時、彼はクロウがあのような状態に入った理由がわかった気がした。
怒りが沸々と湧いてもくる。
涙目で悲鳴を上げしゃがみこんだ彼女には、さぞかし庇護願望が湧いたことだろう。
戦いの手を休めてしまったのも頷ける。
の魅力は人間だけでなく、幽霊の類にも通用するということも、過去のエピソードから知っている。
「・・・あのロリコン幽霊船長が・・・っ!!」
の身体に熱い炎が宿った。
クロウに負けず劣らず心の中には、赤い光が生まれていた。
怒りが表面(体)に表れなかったのは、彼の人間としての理性の賜物だろう。
「いいかい?
僕が危なくなったら、『やめてーっ!』って大きな声で叫んでね。」
「はい?」
不思議そうな顔をしているを取り残し、は剣を構え直した。
高く飛び上がりクロウに真っ向から剣を振り下ろす。
クロウの身体が赤く光る。
「や、やめてーーーーっ!!」
の可憐な叫び声が部屋中に響いた。
クロウの光が嘘のように引いていく。
その隙を見計らい、は思いっきり剣で切りつけた。
「ぐっ・・・・・・。」
「ちょっと嘘でしょ。
のあの戦い方なに。
いいのあれで。」
「ほっとけ。
あれだ、あの船長にはの必殺技が効くんだよ。」
「・・・お願いビームでがすか。」
クロウの身体が光に包まれるたびに、の叫び声が響き渡る。
その度にの剣がきらめく。
ヤンガスたちもこの機を逃すまいと、やたらめったら攻撃を始める始末で、さしものクロウも堪らずに消え失せた。
「船長さん消えたね・・・・・・、げほっ、ごほっ。」
よたよたとの元にやって来たは、喉を押さえて苦しげに咳をした。
あれだけひっきりなしに絶叫していたのだ。
喉がおかしくなるのも当然のことである。
「うん、のおかげだよ。
ほら・・・、光の海図だ・・・。」
「これが・・・。
これでレティスにまた近くなったよね?」
「うん。」
は宝箱から古びた海図を取り出すと、丁寧に丸めて鞄に仕舞いこんだ。
そして、気絶から復活したゲルダの元へ行く。
「ゲルダ、大丈夫でがすか。」
「ふん、平気だよこのくらい!
・・・ここまで来たのに、無駄足だったね。」
ゲルダはヤンガスを一瞥すると、無造作に立ち上がった。
そしてそのまますたすたと出口に向かって歩いていく。
「あっ、ゲルダさん、良かったら外までご一緒しませんか?」
「あんたたちみたいに悠長な連中となんて付き合ってらんないよ。
あたしは忙しいんだからね。」
の申し出もあっさりと断るゲルダ。
たちは1人去って行く彼女を、しばらく見送っていた。
「そういえば、どうして私に叫べって言ったの?」
「えぇ? あぁうん・・・、気にしなくていいよ。
それよりも声ごめん。
きつかったでしょ?」
「平気だよ。
でもかっこよかったね、あの幽霊船長さん。」
「そ、そうだね・・・。」
には、あの幽霊がロリコンだったとは言わないと決めただった。
back
next
DQⅧドリームに戻る