大告白その後
たちは久々の船旅をしていた。
彼らの気分は上々である。
惜しい人物を亡くしてはしまったが、彼女の遺志に応えるためにも、ますます頑張らねばならないのである。
といっても、彼らはそれほど気負ってはいなかった。
むしろ、のんびりと構えていた。
神鳥レティスに出会うための指標も、これといって見つからないのである。
じっくりと根気良く世界各地を回って、いかにも怪しげな所には片っ端から行ってみるつもりだった。
「やっぱり海の上は快適でがすな、兄貴。」
「そうだね。
ところでは?」
「船室に籠もりっきりでがす。
イカの野郎が怖いんでがすかね。」
のイカ嫌いは今に始まったことではない。
彼女とイカにまつわるエピソードは、船旅とは決して離れないぐらいに大変なことだった。
イカを見て発狂した彼女が、たちに巨大な火の玉をぶつけたことも数多くある。
幸いなことに、今回はまだイカに遭遇していない。
だから、も安心して外に出てきてくれて構わないのだ。
「どこか具合でも悪いのかな・・・。
僕、ちょっと見てくるね。」
ヤンガスに見張りを任せ、が引き籠っている船室へと向かう。
少し前ならばいざ知らず、今の自分たちに妙な壁はないのだ、たぶん。
彼女が困っているのなら、僕が助けて当然だ、うん。
は船室の前に来ると、控え目にドアをノックした。
「いる?
どこか具合が悪いの? 大丈夫?」
ドア越しに、やや慌てた声で平気だよ、と言うの声が聞こえた。
「平気なら一緒に外に出ない?
海鳥たちがたくさん飛んでてきれいだよ。」
「え、あ、うん!」
ちょっとだけドアを開いたが、おずおずと外に出てきた。
なぜだか顔を少し紅く染めて俯いている。
何があったのか、とは気になったが、あえて気にせずに彼女の手を引いて甲板へとやって来た。
「ここらへんはイカも出ないから、そんなに怖がらなくても平気だよ。」
「あ、そうねっ!」
が笑みを向けるとは大きくびくりとして、ぎこちない笑みを返した。
そしてすぐに顔をぱっと逸らしてしまう。
彼女の態度に少なからずショックを受けただったが、旅の間に培った粘り強さでなんとか持ちこたえる。
「兄貴、ちょっといいでがすかー!」
少し離れたところにいるヤンガスがを呼んだ。
どうやら怪しげな地点に辿り着いたらしい。
はとりあえず挙動不審なを取り残し、ヤンガスの元へと向かった。
彼の姿が完全に見えなくなった直後、がへなへなと座り込んだことを、もちろんが知るはずもない。
「あれはやっぱり駄目・・・。」
座り込んだまま、は小さく呟いた。
とてもじゃないが、今の状況での顔をまっすぐに見つめることなんてできない。
ついこの間、あんなにも一途な告白を聞かされてしまったからだ。
『僕はのことが大好きなんだ、愛してる。』
石碑の前でのの言葉が蘇った。
の顔がぼんっと紅くなる。
まさか、あの場であんなに嬉しい告白を聞くとは思ってもみなかった。
だが、聞いただけなのだ。
あの時自分は彼の愛に対して、ありがとうとも、私も好きとも言えなかったのだ。
つまり、相手が気づいているかいないかは別にしても、あの日以来告白をずっと引きずったままなのだ。
の想いを知ってしまった以上、彼に今までどおりの応対をすることは難しくなった。
彼のことを、尚更異性として意識するようになってしまったのだ。
だから優しげな笑みを向ける彼に、あんな可愛くもなんともない、みっともないだけの笑みを返してしまったりするのだ。
は自分の頭を思い切り殴りたくなった。
いや、無意識のうちにポカポカやっていた。
「前から好きだったのに、どうして今頃になって改めて意識するんだろ・・・。
・・・返事、言わなきゃ駄目だよね・・・・・・。」
は火照った頬を冷ますべく、立ち上がって船の縁に身をもたせかけた。
ふうっと息を吐いて、空を見上げる。
が言っていたとおり、海鳥の群れが列を成してきれいに飛んでいる。
その間を大きな吸盤の付いた触手が横切る。
触手、と思った瞬間、は身を強張らせた。
後ろを向くのがとても恐ろしい。
だって、あの世にもヌメヌメとして気持ち悪いあのイカがいるはずだからだ。
この辺りにはいないっては言ってたのに、嘘つき。
は小さく口を開いた。
呪文を唱えるのではない。
そんな精神的余裕など無きに等しい。
「―――――――――――――――っ!!」
は叫んだ。
それはもう大きな声で叫んだ。
目の前がふっと暗くなる。
どうやらどこかの橋の下に入ったらしい。
イカ+暗闇という最悪な条件に怖れた。
怖れていたから、無意識のうちに呪文を唱えていた。
周囲を明るくしよう、ただそれだけの理由で凶悪極まりない爆発呪文を唱えた。
耳をつんぐさくほどの爆発音がし、船がその衝撃でグラグラと揺れた。
彼女の叫び声か、はたまた呪文への驚きか、たちがすっ飛んでくる。
彼らの予想は外れていなかった。
外れた試しがないのだ、このパターンはいつもお決まりなのだから。
イカがいたのだ、ただし先程のイオナズンで瀕死だったが。
「・・・てか、よくこの船壊れねぇよな。
これだけイオナズンやらメラゾーマやら喰らって。」
「・・・神のご加護じゃないの?
普通沈んでるわよ、とっくの昔に。」
よく見るいつもの惨事に、ククールとゼシカは頬を引きつらせながら言葉を交わした。
なんてタフな船なんだ。
もう20回以上沈んでいてもおかしくはないのに。
それに、普段はあんなに可愛らしくて大人しい少女が、どうしてイカやタコといったヌメヌメした物体を見ると人格が破綻してしまうのか。
永遠に解けない謎だった。
はヤンガスと手分けして哀れなイカどもに止めを刺した。
そして、甲板の隅でうずくまっているの元に駆け寄る。
あぁ、またいつもの発作だ。
身体がびくびく震えてる、可愛いなぁもう。
そんなことを考えながら彼女の肩に手を置くと、尚更びくりと震えられた。
「あっ・・・。
や、ごめんね・・・。」
真っ赤な顔をしてを見つめ、目が合うとさらに頬を紅潮させる。
駄目だ、意識しすぎて体中が熱い。
私バカだ、いちいち気にしちゃって。
は無意識のうちにまた自分の頭をポカポカと叩いた。
突然のの自虐的行為にぎょっとし、慌てて彼女の細腕を掴みその行為をやめさせる。
一体彼女の身に、心境に何が起こったというのだ。
まさかこの間の自分の後先考えない怒涛の大告白が原因だとは思ってもいないは、本気でを心配した。
心配のあまり、さらにの顔に自分の顔を近づける。
「本当に平気?
僕、に何かした?」
「したっていうか、言ったっていうか・・・。
も、もうほんとになんでもないの!
ちょっとイカが・・・、あっ、そう、イカはっ!?」
1人パニック状態だったは、自分の発した『イカ』というフレーズで、ようやく自分が何をしたのかを思い出した。
ヤンガスやゼシカたちの様子を見るに、おそらくまた見境なく呪文を唱えたのだろう。
あまりにも威力がひどいかったからなのか、ちょうど橋の架かっているあたりの大陸の地盤が、見事にえぐれている。
まるで人工的に作られた洞穴のようだ。
「あれ・・・?
これ・・・・・・・、思いっきり怪しくない・・・?」
の呟きには我に返った。
彼女の白い指が指し示す方向を見る。
確かに、見るからにいわくありげな洞穴がぽっかりと口を開けていた。
まるでその存在を隠していたかのようだった。
「・・・、これはお手柄かもしれないよ。
ここ、レティスの手がかりがあるかもしれない。」
「そうよ。
ってあら、ここリーザスから遠くはないんじゃない?
初めて知ったわ、こんな所。」
訳もわからず、自分のおかげでもないのに妙に褒められる。
嫌な気分ではないが、なんかいろいろと微妙だ。
しかし、目の前にひとつ目指すものが具体的に現れたということは、への関心を少しだけ頭の隅に追いやることができそうだ、たぶん。
戦いに油断は禁物なのである。
ほんの一瞬の隙が、取り返しのつかない惨事を引き起こしかねないからだ。
おそらく世界一タフであろうたち一行を乗せた船は、ミステリアス極まりない洞穴の中へと入っていくのだった。
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