真っ白な想い



 は石碑の前に座っていた。
じいっと石碑の文字を眺め、顔を伏せる。
先程からずっと、同じ動作を繰り返していた。
がメディと深く係わった時間はひどく短い。
言葉を交わしたのもほんの数度だけ。
けれどもメディはそのわずかな会話の中に、多くの謎かけのような言葉を遺していった。
そのどれを思い出しても、首を傾げるものばかりだった。
どうしてもっとはっきりとわかりやすく話してくれないのだ、とも思った。






「それにこの石碑も・・・。
 神鳥レティスを探すって・・・。
 わかんないことばっかり。」



『人なんてそんなもんだよ、お嬢ちゃん。』


「メディさん。」






 あの呪われた杖によって命を奪われた人物が再びこうして現れることに、はもはや何も驚かなかった。
そもそも、この現象だっておかしいのだ。
チェルスとはまだ会っていないが、彼とだってまた何かのタイミングで会うだろう。





「こうやってメディさんみたいな人と会っちゃうのも、私が変だからですか?」


『そうだねぇ。
 さんは人間じゃないからねぇ。』


「昔、別の人に同じようなことを言われました。
 と私は人じゃないって。
 でも魔物でもなくて。」





 じゃあ何なんですか、と呟くにメディは大らかに笑った。
本当にこの娘さんは、ありとあらゆる所にぶつかる子だ。
気にせずに通り過ぎていくことはできないのだろう。
だから今みたいに悩んで考え込んで、また見えない壁に直面するのだ。
こればっかりは、考えても考えても答えはない。
どんなに疑問に思っても、それをうまく納得させられる答えを導くのは神鳥ぐらいだろうし、最終的には自分でなんとかするしかない。







『魔物はあんたたちみたいにきれいじゃないよ。
 ・・・人じゃないって、そんなに悩むことかい?
 人じゃなくて困ったことはあったかい?
 人じゃないからって、仲間たちに何か言われたことはあったかい?』



「ないです。
 でも・・・、私は誰っていう質問に答えられる人が、1人もいないんです。」



『まだ会ってないだけだろうよ。
 さんは、この世界のすべての土地をまわったのかい?』





ふるふると首を横に振る。
知らないことはまだ多い。
旅も途中で、レオパルドにはまた逃げられた。
相手は翼を持って空を徘徊しているのだから、翼を持たないたちは神鳥レティスの力を借りるべく、
石碑の示す道を歩まねばならない。
旅を続けるたびに、疑問は増えていく。
自分がなんなのか、時々わからなくなる。







 「私、素直じゃないんです、全然。
 好きな人・・・の想いは簡単に突っぱねちゃうし、強がりに見せて、ほんとはすごく怖がりだし・・・。」




『いいと思うよ。
 ありのままの自分をさらけ出すのは案外難しいことさ。
 泣きたい時は泣いて、甘えたい時は甘える。
 できないことだよ、なかなか。』







 メディはの背中をあやすようにぽんぽんと叩いた。
この子の背中を叩くのは難しくなるかもしれないね、と聞こえないように呟く。
今でこそまだその兆候はないが、これから先、仮に彼女が禍々しいものに触れるようなことがあれば、もしかしたら、という気がした。
人間には見えまい。
けれどもあの竜の血を引く者ならば、見えてしまうかもしれなかった。
そうだとしても、目の錯覚と捉えてしまうのだろうが。






『今は迷って迷って、迷いすぎるほどに考えてお生き。
 すべてにけりがついてからでも、自分のことについては遅くはないだろうさ。
 石碑にもあるとおり、ラプソーンに対抗しうるは神鳥レティスのみ。
 レティスを探しておくれ。』



「わかりました。
 神鳥レティスは、私たちが必ず。」



『そうそう、その意気だよ。
 それから、あの若者とも仲良くしとくんだよ。
 お節介かもしれないけどねぇ、あの青年はいい子だよ、一途にあんたのことを想ってる。』







 メディの身体がすうっと透明になり、音もなく消えた。
はメディのいた方を向き、微かに笑うとゆっくりと立ち上がった。
石碑の1つに書かれた『レティス』という文字列をなぞり、小さく息を吐く。
どうして自分はこんなにジメジメと思い悩んでいるのだろう。
どうしてもっと素直になれないのだろう。
メディが目の前で殺されて、は自分に手を差し伸べてくれた。
あの時自分は確かに、彼の胸に飛び込んだのだ。
本当はいつでも、そうしたいはずなのに。








「悩んだ先に何があるっていうの・・・・・・・。」



・・・?」







 入り口から、の声がした。
困ったような顔を浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。
の肩に触れようとそっと手を伸ばし、その直前で動きを止め、意を決したように彼女の身体を抱きしめた。
突然の温かなぬくもりに息を呑む
嫌ではない、むしろこの温もりにほっとしている自分がいた。






「僕・・・、いろいろと考えたんだ。
 それで、ひとつ思い浮かんだんだ。」



「何を・・・・・?」



「僕はのことが大好きなんだ、愛してる。
 初めて修道院で見た時から、ずっと好きだったんだ。
 でもあんまり僕がひどいから、嫌われたかと思ってたんだ。」




「嫌ってなんか・・・・っ!」




「好きな子を守りたいって思った僕の気持ちも、とりあえずは理解してほしい。
 これからも守りたいし、正直戦闘になんか参加してほしくない。」







 戦いすぎて大切な杖まで折っちゃった君なんだから、と苦笑するの言葉に言い返せない。
確かに普通戦闘用の杖は折れないし、あの杖はマルチェロから貰ったかなり貴重そうな杖なのだから、尚更折れるなんてことない。


は後ろから抱きしめてくるの腕にそっと触れた。
格段太くもないこの腕で剣を振るい槍を持ち、数多の敵を闇に屠ってきたのだ。
初めて会った時とは比べ物にならないくらいに強くなっていた。
だから、彼に負けないように無意識のうちに頑張りまくっていたのだ。
唯一の取り柄といっても差し支えない呪文の精度を上げようとしたし、実際それは成功したと思う。
それでも守れなかったものもたくさんあるのが、また事実だった。
どんなに強くなっても、どんなに守ろうとしても、不意の隙を狙ってチェルスも殺された。
ゼシカも危険な目に遭った。
強くなっての役に立ちたいと思っていたはずなのに、なぜだか裏目に出て妙な溝ができた。
ここ最近の自分は、どうも空回りばかりしている気がした。
けれども原因もわからないので、やはり今までどおりにやっていくしかないのだ。








が強くなったのはわかってる。
 特に最近は、怖いぐらいに呪文の精度が増してる。
 でも・・・。」




は黙り込んだ。
かと思ったら、いきなり身体をぐるりと回転させられた。
腕を引っ張られる。
顔がちょうどの胸板に当たり、彼の心臓の鼓動が小さく聞こえてきた。
先程よりも強く抱きしめられながら、は彼の言葉を待った。
の声が頭上に降ってくる。







「でも、それじゃ駄目だってわかったんだ。
 僕はを守りきれるほどに立派でもないし、強くもない。
 ・・・守ってほしいんだと思う。」




「え・・・・・・?」



「例えば戦闘の時、僕が足りないところ、見えてないところをが補ってほしい。
 僕もが足りてない部分をカバーする。
 普段の時は・・・・・、お互いに素直になろう、もう少し。」




「私、足りない部分たくさんあるよ?
 それに素直になったら、きっとに頼りっぱなしになる。」




「いいんだそれで。
 僕もも、一人前じゃないんだ。
 一人前でもないのにそれらしく振舞ったら、絶対に苦しくなる。
 それじゃ、結局は今までのまま、気まずくなっちゃうだけだから。
 2人で一人前、それがいいと思う。
 僕、たぶん依存症なんだと思う。
 君がいないと、世界がひどく色褪せて見える。」







それは、が提案した新しい形でのスタートだった。
は、彼が言いたいことがよくわかった。
好きだから、ただ守るのではなく、守りあう。
ただ一方を守るよりも、そうやって頼りにされているということが、にとっても嬉しかった。






「だから・・・、もう、僕の前からいなくならないで。
 がいなくなって一番困るのは、僕なんだ。」




「うん・・・。
 ・・・神鳥レティス、頑張ってみんなで見つけようね。」






 ラプソーン討伐の旅を、新たな思い出スタートさせる、だった。



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