眼前の惨事



　燃え尽きた家、狂気の色を宿した群れる狼、洞穴に張られた異様なまでに強い結界。
そのすべてが、この静かな雪山地帯には不似合いだった。
少なくともにはそう思えた。
雪の中でも健気に走ってくれたキラーパンサーに乗ったまま呪文を連発し、ダークウルフェンを蹴散らす。
そのわずかにできた隙を突き、とゼシカはたちとメディの潜む洞穴へと駆け込んだ。
この中に入ってしまえば逃げ場所はなくなってしまうが、こうする以外の方法はなかったのである。







　「ゼシカ、、無事かい！？」






息を切らせて走りこんできた女性２人を、は切羽詰った表情で出迎えた。
メディがここに隠れようと言ったのは、ダークウルフェンが現れるほんの５分ほど前で、それからは迂闊に外に出ることができなかったのである。






「、グラッドさんとレオパルドはっ！？」


「いないよ、どうして？」


「オークニスでグラッドさんがレオパルドに攫われたの。
　きっともうすぐこっちに来るはず・・・。
　止められなかったのが悔しい・・・。」






　レオパルドは間違いなくこの地を訪れるだろう。
守るべき人はわかっている。
メディを守ればいいのだ。
服についた雪をばたばたと払い落としたは、石碑らしきものの前に立っている老女に近づいた。
優しげな笑みを湛えた彼女こそ、ターゲットのメディである。






「メディさん、はじめまして。
　と言います。」


「おやおや、ずいぶんと若い娘さんだこと。
　無理もないねぇ、ずっと眠ってたんだからねぇ。」


「え？」





　頭の上にクエスチョンマークを浮かべたに向かって、メディはにこにこと笑いかけた。
危機が目前に迫っているにもかかわらず、ずいぶんと落ち着いている。
自分と出会えたことを喜んでいるようにも感じた。





「メディさんはたちや私が一生懸命守ります。
　・・・もう、これ以上の犠牲は出したくないもの。」





辛そうに顔を俯けるの頭を、メディはぽんぽんと軽く叩いた。
妙に安らぎがある。
母親というか、おばあちゃんに甘えている気持ちになった。






「あんまり無理をしちゃいけないよ？
　いくら生命力が強くても、命は１つしかないんだからね。」


「メディさん、私何のことかさっぱり・・・。」



「こっちの話だよ。
　どれ、具合はもういいみたいだね。
　良かった良かった。」









　メディが言い終わるか終わらないかのうちに、外から低いうなり声が聞こえてきた。
レオパルドの登場らしい。
たちはいつでも戦闘に入れるように、武器を構えた。
しかし、レオパルドの口元を見て硬直する。
口元から流れて真っ白い雪の上に滴っている赤い血は、グラッドの腹部辺りからの出血によるものだった。
まだ生きているのだろうか、そう思っていると、レオパルドはこちらの心中を読んだかのように口を開いた。






「こやつはあと一撃で死ぬ。
　これを殺したくなければ、これの母親を出せ。」






　たちは思わずメディのいる後方を振り返った。
メディはやはり穏やかな笑みを浮かべ、けれどもその瞳は静かに燃えていた。
ゆっくりと外への歩を進める。
は反射的にメディの腕を捕らえた。
これ以上先に行ってほしくなかった。
死んでほしくないのだ。







　「行かないで、メディさん。」



「息子を見殺しにはできないねぇ。」


「でも、行けばメディさんが！！」


「結界もそろそろ切れるしねぇ。」






　の話を軽く受け流し、メディはゆったりとレオパルドの方を見つめた。
彼女を止めることはできなかった。
運命に逆らうことができなかった。
それでもなお引き留めようとするの前に、は立ちはだかった。
誰もがと同じことを思っていた。






「・・・っ！！」


「これも定め、なのかねぇ。」








　苦しげな声でに語りかけようとしたの言葉を、メディが遮った。
はっとして彼女の方を見る２人。
しかし、メディの目は前方、レオパルドを見据えたままだ。







「いいかい２人とも。
　いくら人生が長くたって、時間も、人としての想いも待っちゃくれないよ。
　・・・この鍵があんたたちの心の扉も開けてくれればいいんだけどねぇ。」






　ようやくの方を向いたメディは、小さな金色に光る鍵を彼に手渡した。
開けられない扉はない魔法の鍵だよ、という説明を加えて。
洞穴の空気がびく、と激しく揺れた。
結界が消えつつあるらしい。
ダークウルフェンたちが洞穴の方へ近づいてくる。
うなり声がすぐそこまで聞こえてきそうだ。






「息子をよろしく頼んだよ、みんな。」











　メディは洞穴から出る直前、鍵を託した青年と、彼の愛する少女のことを思い浮かべた。
人生かなり長く生きてきたが、世の中にはとんでもない人々が存在するものだと、改めて認識させられた。
竜の血を引くものなど、地上にそういるものではない。






「翼持つ者たちが２人もねぇ・・・。」






面白い人生だった、とメディは思った。






































































　は泣きも叫びもしなかった。
ただ、彼女の双眸から一筋の涙が零れ落ちただけだった。
メディが外に出て、レオパルドの牙にかかるまでの一部始終をはっきりと見ていた。
助けることもできず、結界の中でただただ見つめていただけだった。
メディの死により結界が完全に消滅し、ダークウルフェンの群れがたちに襲い掛かった。
しかし、は立ち竦んでいるだけだった。
オディロ院長が目の前でドルマゲスに殺されたとき、もう誰も死なせないと誓ったはずだったのに。
に踊りかかったダークウルフェンを、一閃の光が襲った。
が剣で斬り伏せたのだ。
彼は未だに呆然としているを背に庇い対峙した。
どうしようもないほどにが傷ついていることは一目瞭然だった。
戦う気力すら失せてしまったのだろう。




ヤンガスたちと手分けして残存勢力を撃退し、が剣を鞘に収めたとき、彼の背中にいたががくりと膝を折った。
どこか怪我をしたのでは、と慌てて駆け寄るゼシカたち。
はしゃがみこんで、顔を伏せたの前に右手を差し出した。
この手を握ってくれればいい、と淡い期待を抱きながら、そっと手を差し伸べた。
の胸に柔らかな体が飛び込んできたのは、それからまもなくのことだった。



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