集結
朝日を背中に受けて鏡を見つめる。
汚れはないか、ほつれはないかとしっかりと確かめる。
襟が少し曲がっていたのを整えると、はぱちんと両手で頬を叩いた。
これから先の戦いは、今までとは比べものにならないくらいに激しくなる。
もう後戻りはできなかった。
いまや世界は、トロデ王やミーティア姫の呪いよりもはるかに恐ろしい現実に直面していた。
すべての元凶ラプソーンと戦い、そして再び世界に光を取り戻すことができるのは、自分たちだけだった。
「初めて会った時は、いきなり家に転がり込んできた脱獄者だったのにな・・・。」
あの日からどれだけの年月が経ったのだろう。
今更離れ離れになどなれない。
願わくば1人も欠けることなく、ラプソーンとの戦いに勝ちたい。
「よしっ、いざ暗黒魔城都市へ!」
は1人でかけ声を上げると、仲間の待つロビーへと走っていった。
一方、宿屋の別室ではが夢に魘されていた。
時折現れるミーティア姫が、彼に延々と話し続けていたからである。
『ミーティアたちはついにお空も飛べるようになったんですね。とても不思議な感覚です。』
「さすがに僕もびっくりしましたけど・・・。」
『今度はお魚さんにもなれるでしょうか。』
「それよりも早く人間の姿に戻りたくはないんですか姫様。
僕の旅の最初の目的はトロデーンの復興だったんですけど。」
人の眠りを妨げてくれて、いったい何様のつもりだとは心中で毒づいた。
何様というか、彼女はれっきとしたお姫様だが。
平時ならともかく、ラプソーン討伐という大きな目標があるのにだ。
そのあたりをもう少し上手く考えて夢に出てきてもらわないと、次の日に支障が出てしまう。
今日だって、せっかくが本調子を取り戻したというのに、自分が不調ではなんと言われるかたまったもんじゃない。
『・・・はミーティアに冷たくなりました。が来てからはいつもと・・・。』
「仕方ないじゃないですか。は僕の彼女なんだから、彼女の心配をして何が悪いんですか。」
『自分の恋路ばかり追っていないで、ミーティアにふさわしい男性も見つけてください。
ミーティアはあんな豚王子は嫌です!』
嫌と言われても、それこそどうしようもないのではないか。
両国の祖父の時代から取り交わされていた約定を、今更反故になどできようもない。
生まれながらに婚約者がいる身である姫もかわいそうだが、豚と呼ばれるチャゴスにもやや哀愁を覚える。
『ねぇ、この旅もラプソーンを倒せばおしまいなんでしょう?
それまでにあの王子との結婚を断る格好のネタを探しておいて下さいね。』
「アルゴンハートじゃ駄目なんですか?」
『1つでは心許なく、懐寂しいじゃありませんか。
実はお父様に私よりも年上に女の子の隠し子がいたとか、そういうオチがいいです。』
「・・・すみません姫様、本気で寝かせてください。そんな泥沼なオチいりませんから。」
こうしては、寝たはずなのにあまりにもリアルで印象深すぎた夢のせいで、最悪な目覚めになったのであった。
「みんな、おはよう・・・。」
「あ、兄貴! どうしたんでがす、その目の下の隈は!」
げっそりとやつれた顔で現れたに、ヤンガスは素っ頓狂な叫び声を上げた。
彼だけではない。
ククールもゼシカも、痛々しい目で見つめてくる。
そんなにひどい顔をしているのだろうか。
恐るべし姫の呪い、もとい夢だ。
「ちょっと悪夢に魘されちゃってさ・・・。でも大丈夫だから。
こそ本当に平気? 無理しなくてもいいんだよ。」
ソファに腰掛けてのんびりと紅茶を啜っていたは、血色の良い顔を上げた。
宿屋の給仕に向かってパンのおかわり下さいと頼むと、にこりと笑顔を見せる。
「うん、全然平気。なんだかお腹減っちゃって、おかわりまでしたよ。」
「もう2人前は食べてるわよ。普段は少食なのに、やっぱり魔力が乏しくなってたからかしら。」
「かもな。まぁ俺は健康的な美女も好きだからな。太らない程度にどんどん食っとけ。」
は朝食を食べ続けるの隣に腰を下ろした。
彼女の前にはなるほど、皿が何枚も重ねられている。
食欲があることは好ましい傾向だとは思う。
ただ、あまり肉付きが良くなりすぎては個人的に困る。
あの折れそうなくらいに華奢な身体がいいのだ。
ヤンガス体型はご遠慮願いたい。
「・・・、食べ過ぎないようにね。」
「うん。さすがにもうお腹いっぱいかな。これでいつでもラプソーンの本拠地に乗り込めるよ!」
「その意気でがす、! あっしも斧を振り回しまくるでがす!」
「じゃあ私もメラゾーマばんばんいくわよー。」
「後方支援は俺とに任せろよ。愛のベホマを連発してやる。」
「いや、ベホマは緊急事態に使うから、連発はちょっとまずいよククール。」
的確なのツッコミにククールが固まる。
確かにベホマほどの回復呪文は必要ない方が好ましい。
できればククールも攻撃にまわる程度の余裕が欲しいのが現実だ。
ただ、相手はラプソーンのお膝元を徘徊する連中である。
そう簡単に事は運ばないだろう。
「兄貴、あのギガスラッシュをまた頼むでがす!」
「あぁ、あれはすごかったわねぇ。雷が刃になるなんて、私初めて見たもの。」
「ギガスラッシュは魔力も結構使うんだ。連発したら僕の魔力がすぐになくなっちゃうよ。」
は話題の特技を思い起こした。
あれは突発的に閃いたのだ。
過程とか体系とかは漠然としている。
おそらく、ああいう只事でない状況だったから発動できたのだろう。
完璧にモノにできたかどうかはわからなかった。
しかし、いつの日か絶対無比の必殺技にするつもりだった。
「ギガスラッシュかぁ、私にも早く見せてね!」
きっとすごく強力なんだろうなと瞳を輝かせるに、は苦笑した。
不思議と決戦前の重圧や苦しさはなかった。
いろいろな想いが吹っ切れて心が軽くなっているからかもしれない。
それはそれで好都合だった。
「・・・じゃ、そろそろ行こっか。レティスの雛鳥にも頑張ってもらわなくちゃね。」
はテーブルの上に置かれている神鳥の魂を見つめた。
戦いを前に緊張だか興奮でもしているのか、いつになく明るい輝きを放っていた。
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