偶像のまやかし



 闇に惑いし旅人たちに与えられる祝福。
そう書かれた石碑がなぜ暗黒魔城都市にあるのか、は理解に苦しんでいた。
祝福は体力や魔力の回復となって顕れた。
しかし、とは思った。
今歩いている地図も当てにならないような回廊は、煌々と明かりの灯ったまるで住宅街なのだ。
嫌に静かなのは薄気味悪いが、本棚や瓦礫の山があったいかにも禍々しい光景とは違っていた。






「ねぇ・・・、ここ変だよ。なんか嫌な感じがするよ・・・」


「ラプソーンに近付いてるからね。なんだか武者震いしそうだよ僕」






 たまらずに救いを求めるがあまり気にかけてくれない。
ヤンガスやククールも特に何も感じていないようだし、となるとはますます嫌な予感がしてきた。
この先にラプソーンでない、別の嫌なものがあるのだ。
そしてそれを目の当たりにした時、自分は限りなく打ちのめされる。
あくまで想像に過ぎないが、はただの妄想とは思えなかった。






「私たち、ずっとぐるぐる似たようなとこを歩いてるわね」


「あっしも同感でがす。これもラプソーンの作戦でがすか、兄貴」


「でも、無限回廊じゃないと思うけど・・・!?」







 ようやく見慣れた町並みとは違う空間へと出たは固まった。
目の前に自分のそっくりさんがいたからだ。
しかもだけではない。
ヤンガスもククールもゼシカも、を除いた4人そっくりの石像が安置されていた。
はほとんど無意識にの像を探していた。
本来ならば彼女のもあってしかるべきなのだ。






「いくらこの俺が美形だろうと、こうも写実的だと気色悪いな・・・」




 像に触れようとしたククールは、その直前に弓を構えた。
飛び退って距離を稼ぐと忌々しげに呟く。





「自分の像と戦うたぁ、なおさら気色悪い」


「やっぱり魔物なのね。にしても本当によく似てる」


「なんで私のないんだろう・・・。嫌なものってこれ・・・?」







 は戸惑いつつも杖を天にかざした。
見た目がそっくりなのでおそらく戦い方も同じなのだろう。
ヤンガス像の一撃は強烈だろうし、ゼシカ像も呪文も厄介だ。
ククール像はやたらと回復しそうだし、たまにザラキとかされたらひとたまりもないので早めに倒した方がいいかもしれない。
そっくりの石像に至っては、攻撃するのがものすごく躊躇われる。
本人を相手にするようで忍びなかった。
みんなはどう戦っているのだろうと思い見やると、やはりククール像を集中攻撃していた。
当の本人も渋い顔をしてはいるが、重要事項だとわかっているからだろう。
めったんぎったんに虐められている像が少しかわいそうでならない。






の像どこにもないね。まぁ、あったら僕ものすごく戦いにくかったけど」


「私ものやつはやりにくいよ」





 どっしりとしたヤンガス像が落下してくる。
は左右に避けるとそのまま反撃に移った。
メラゾーマで像を吹き飛ばしたは、足元に散らばっている石屑を手に取ってみた。
比較的大きな欠片であるそれは、今激しく動き回っているたちのように人の顔を模していた。
ほんのちょっとした興味から欠片を覗き込んだは、その直後小さな悲鳴を上げた。
どうして、と思った。初めは予感だった。
戦いそっちのけで周囲に散らばる欠片を拾い集め顔面と繋ぎ合わせたことで、それは確信に変わった。







「いやっ・・・、私の像は・・・・・!」





 もう壊れてたんだ、そう呟いた瞬間崩壊した像の目が光った。
たちの像が安置されていた場所の後壁がぱかりと2つに割れる。
抗うことのできない力でずるずると壁の向こうへと引きずられていく。
異変に気付いたが慌てての手を握った。
引き戻そうとすると万力のような力に阻まれて思うようにいかない。
そうこう揉めているうちに他の像たちがに集中攻撃を浴びせてきた。
これにはたまらず、は思わずの手を離してしまう。
唯一の抑えを失ったの身体は、そのまま壁の中へと吸い込まれていく。







「どうなってるんだよ! どうしてばっかり妙な目に遭うんだよ!」






 は壁を睨みつけた。
石像を倒さなければ先へは進めない。
それは先程の像たちの行動から読み取れた。
は苛立ちに任せてククール像を滅多打ちにした。
それはもう、生身のククールが泣きたくなるほどの会心の一撃だった。





「なんつーか・・・、八つ当たりされてるみたいで俺痛々しいな」


「普段の行動を鑑みれば当然の報いとも思うけどね。だって私とヤンガスには普通に攻撃してるし」





 まだわずかに開いている壁を横目に、ゼシカは躊躇いもなく自分の像に向けて鞭を振るった。
急げばまだ間に合うのだ。
異空間に飛ばされたわけではないようで、微かにの魔力は感じることができた。
誰だって大切な仲間と離れたくない。
迷子は平和な町とか城の中だけで勘弁してほしい。
ゼシカは像が粉々になったのを確認すると一目散に壁に向かって走り出した。
と叫んで手を突っ込むと、泣きそうな声でゼシカと返ってくる。





「ゼシカ・・・、私の像、最初から壊れてたんだ・・・。なんでだろうね・・・」


「え・・・?」





 ゼシカは反射的に床の瓦礫をあさくった。
が言っていたものはすぐに見つかった。
可憐な顔をしているがどこか哀しげな表情をしたそれは、かなりの年月が経っているように感じられた。





「どういうこと・・・?」


「おいゼシカ、ちょっとこっちのを片付けてくれ! やっぱ面倒な男だなお前」


「これ僕じゃなくて石像だからね。てか軽口叩く暇あるんなら早くバイキルトしてよ」


「ったく呪文節約つったのまるきり嘘じゃねーか」







 高くジャンプして勢いそのままに石像に向かっては剣を振り下ろした。
我が石像ながら本当に雰囲気を読めない奴だ。
大切な彼女が訳のわからん壁にいて焦っているのだから、少しは気を利かせてくれてもいいものを。
似たような攻撃をするのならば、感情も同じようにしてほしいものだ。
最後まで粘っていた像を倒したことで、壁が再び2つに割れた。
するとそこには半透明ながいた。
たちの姿を認めると、泣きそうな顔で小さく笑う。






「ちょっ、どうしたのその格好、てか姿!」


「おー見事に向こうが透けてんなー。まるでゆうれ「馬鹿なこと言うもんじゃないでがす、ククール」






 はゆっくりとに近寄った。
そっと手を差し出すと、躊躇いがちにも手を出した。
しかしそれは重なり合うことがなかった。
すり抜けてしまうのだ、何もかも。






・・・、どうなってるのかわかる・・・?」


「わ、私・・・、もしかしたら「実体がない、貴様にはな」





 前方から不意に飛来した氷柱をすんでのところでかわす。
素早く臨戦態勢を整え来たるべき敵を待ち構えていると、再び声がした。







「気付かなければ良かったものを」


「ラプソーン・・・」






 いつもはとても聞けないような低い声でが呟いた。
その言葉と共に周囲が明るくなる。
たちの前に浮遊していたのは、赤ん坊のような姿をした暗黒神ラプソーンだった。



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