消える天使




 雲の上を悠々と飛ぶレティスの背で、は見納めになるかもしれない世界の風景を眺めていた。
ラプソーンの力を削ぎ落とすためには、遥か昔にレティスが創り出した杖が必要だった。
トロデーン城に眠っていたそれがドルマゲスによって叩き起こされ、多くの人々を殺めたことは知っている。
はそれがたまらなく悲しく、そして悔しかった。
永い間ずっと、他の誰よりも杖の傍にいたのは自分だったというのに。
レティスが消えて古の七賢人たちが死んでなお杖を護り続けていたのは、他でもない自身だった。
気の遠くなるような年月を、たとえ知らなかったこととはいえ杖と共に生きてきたにとって、ラプソーンの復活は己の存在意義を否定されたに等しかった。






「・・・私が杖の中に戻ったら、ラプソーンの力も抑えられるんですよね」


『杖そのものの力だけでは古の賢人の力は呼び覚ませません。彼らと同じ世に生きたあなたの魔力がないと・・・』


「・・・杖と一緒にいるための存在だから、修道院より前のことを何も知らないんですね。そもそも昔っていうものがないから」






 案外淡々としたの言葉にレティスは目を閉じた。
当時のことはちゃんと覚えている。
杖を封印するだけでは不安だったのだ。
だから万一のことが起きた際に賢人の力を呼び起こす媒体としてを選んだ。
人間では寿命が短すぎる。
純粋な白翼族だと人間の魔力との波長が合わずに反発し会ってしまう。
竜神族では力が強すぎて賢人たちの力が薄れてしまう可能性もある。
寿命も永く魔力も反発しない、それができるのは人間と白翼族との間に生まれたばかりのただひとりだった。
もっと他の方法はなかったのかと、今のレティスは考えていた。
生まれて間もない、外の世界も親の顔も知らない少女をこんな運命に遭わせずに済んだのではないか。
同族も死に絶えた時代に目覚めさせなくても良かったのではないか。
肉体とはとうの昔に別れてしまっている不安定な存在だ。
杖の力が及ばない闇の世界で姿が見えなくなったのも、強大すぎるラプソーンの闇の力に影響されて
それからずっと人間には見ることのできない存在になったのも、心を入れる体がないからだった。
今やは、杖と共に在らねば実体として存在することもできないのだ。






『ラプソーンを倒したとしても、あなたが入るべき肉体はありません。下手をすれば・・・、消えます』


「いつまでもレティスや杖にくっついてる訳にもいかないですしね・・・」






 は苦笑するとゴルドの跡地にぽっかりと空いた穴を見つめた。
神鳥の杖にしてラプソーンの力を抑える最後の切り札、そして自分の戻るべき空間がこの中にある。
杖が手に入ればたちとも別れることになる。
次にいつまともな姿で会えるかもわからない、彼女にとっては身が引きちぎられるような悲しい別れが待ち受けていた。





『あれです。近付きますから、しっかり取って下さいね』


「大丈夫です。・・・あの、私を杖の中に戻すのは、もう少し待ってもらえますか?」





 は胸に抱いた杖にそっと触れた。
今すぐにでも杖に溶け込んでしまいそうな指先が、青白く光った。



































 オーブをすべて回収し終えたたちは、その夜いつになく神妙な面持ちで話しがあると告げたに怪訝な表情を浮かべた。
ラプソーンとの決戦は明日か明後日かという緊迫感がある。
だからラプソーン関連の話だと思っていた彼らは、の口から出てきた言葉の数々に色を失くした。
ラプソーンよりも、ある意味とんでもない話だった。







「なに・・・、は、はいなくなるってこと!?」


「ううんゼシカ、いるにはいるんだけど、私はこのレティスが作った杖の中に帰らなくちゃいけないの。
 そうしないとラプソーンの力を抑えきれないから」


「杖の中から私たちの前に、また現れてくれるわよね!? そのまま出てこないなんてこと・・・!」


「・・・出ては来れるだろうけど・・・・・・。・・・私、みんなみたいに肉体がない精神だけの存在だから、もしかしたらみんなには見えないかもしれない」





 ふわり、と柔らかな温もりがを包み込んだ。
なんでそんな目に遭うのよと涙混じりに叫ぶゼシカの声に、も涙腺を潤ませた。
できることならば、いや、もちろん再びこの世界に降り立ちたかった。
死ぬわけでもない終焉を迎えたくはない。
本来生を全うするべきだった昔の世界を知らないは、せっかく出会うことのできたこの時間を失いたくなかった。
自分がいる場所は、たちの傍にしかないと信じてもいた。






「何にしても、ラプソーンを倒さねぇとの努力も水の泡ってことだろ?
 がまた俺らと会えるかどうかは、俺らの働き次第ってことだ」


「・・・うん。ごめんね、肝心な時に一緒に戦えなくって。せっかくこの日のために体調も装備もばっちり整えてきたのに」


「何言ってんだよ、には杖の中で頑張ってもらわねぇと」


「そうでがす、姿は見えなくてもの戦いはあっしらちゃんとわかるでがす。
 杖の中で戦うってのがあっしにはそもそも難しい話でがすが、ならしっかりできやす」






 はヤンガスたちの輪から少し離れた所でを見つめていた。
会えなくなるかもしれないと聞いた時、目の前が真っ暗になった。
頭にギガデインが直撃した。
今でこそ心配をかけさせまいと笑顔を振りまいている。
しかし、にはの裏の顔がありありと見えた。
絶望と不安と恐怖が彼女の心を締めつけていた。
肉体がない、本来生きるべき世界でもない、これからどうなるかもわからない。
『ない』の3拍子が重くに圧し掛かっているのだろう。
オーブの力を借りてもなおの力を必要としなければならない己の無力さとラプソーンの強大さに、は唇を噛んだ。
大切な、何にも代えがたい人が未曾有の危機に晒されているというのに、何もできない自分がもどかしかった。
愛する少女も守れないほどにひ弱な存在であることが、心底嫌になった。











 肩をちょんちょんとつつかれ、ははっと我に返った。
辺りを見回すと、既にゼシカたちの姿はない。
みんな部屋に戻っちゃったんだよと言うの言葉にはそっかと小さく呟いた。
気を遣ってくれたのだろう、ずっと黙り続けていた自分の心中を慮って。





「・・・あのね、。私、明日にはもうに会えない」


「あ、明日・・・? ずいぶんと急なんだね・・・、みんなには?」


「言ってない。・・・・・・ずっとこうしてたら、私杖の中に戻るのが怖くなっちゃうもん」






 元々いた場所なのに戻るのが怖いなんて変だよねと苦笑するの強張った顔に、は手を伸ばした。



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