七色の宝珠
海に向かってハイスピードで落下していくは、の姿がないことに恐れていた。
実体がないという半透明の姿は、見ていることが辛くなるほどに痛々しかった。
辛そうな顔をすれば彼女が悲しみ、そして傷つく。
想いを顔に出さないように接しはしたが、果たしてそれが上手くできていたのかには自信がなかった。
ラプソーンを倒せば全てが終わると思った自分の考えは、浅はかだったのか。
ラプソーンと会ってしまったから、の身に異変が起きてしまったのではないか。
「はなんなんだ・・・?」
「っ、っ!!」
掴むものが何一つとしてないにもかかわらず手を虚空に向かって伸ばしたは、闇の中でもきらきらと輝く巨大な鳥を見た。
鳥―――レティスの背に乗っているのはだった。
背から身を乗り出して必死に手を伸ばしている彼女は、自分の名を叫んでいた。
「、早く!」
差し伸べられた手は届かない。
その空しさを忘れてしまったのか。
はそれでも、名を呼び続ける少女の手を取ろうとした。
指先から伝わるのは確かなぬくもり。
生きた人の温かさと柔らかさだった。
は予想だにしなかった感触に、思わずを振り仰いだ。
ぼやけて見えるはずのが、くっきりはっきりばっちりと見える。
「なんで・・・?」
よいしょっと可愛らしいかけ声とともにレティスの背へと引き上げられたは、目の前で微笑んでいるを見つめた。
「後で落ち着いたら話すね。今、レティスがヤンガスたちを拾ってくれてるの」
「とりあえず無事で良かったよ。その・・・、姿も」
「うん、ありがとう」
は繋いだままのの手に目をやり、確かめるようにぎゅっと握った。
痛いよ、と小さく非難の声を上げるのは手が透けていないから。
そんなに心配しなくても平気だよと軽く握り返してくれると、暗黒魔城都市での出来事が嘘のように感じられてならない。
「あっ、ヤンガス!」
ふと地上を見下ろしたが歓声を上げた。
大きな球体がものすごいスピードで落ちている。
どうやらあれは瓦礫ではなくて人間のようだ。
レティスは速度を上げるとヤンガスを背で受け止めた。
ちなみにゼシカとククールも同様に落下していたのだが、レティスはヤンガス救出時ほどのスピードを上げる必要もなくキャッチすることができた。
「ありがとうレティス。おかげで僕たち溺死とかしなくて済んだよ」
「間に合って良かったです。・・・ラプソーンは倒れていません」
「やっぱりな。暗黒神があんなにさっくりやられるわけないって」
ククールが自身にできた傷を癒しながら嘯いた。
暗黒神と戦うのであれば、本当は魔力も体力も尽きかけているはずなのだ。
怪我はまぁ酷いが、致命傷でもないし。
ラプソーンとの戦いよりもむしろ、他の連中との戦いの方がきつかったと思うくらいである。
「、もう大丈夫なの?」
「そうでがす。見た目は元に戻ったでがすが、どこか悪いところとかは・・・」
「心配かけちゃってごめんね。どこも痛くないし悪くもないよ。ほら、握手だってできちゃう」
の元気な姿にほっとしただったが、やはりどこか不安だった。
元気なのに越したことはないが、元気すぎるのだ。
は密かにレティスに尋ねた。
彼女ならば、のことを何か知っているかもしれないと思ったからである。
思えば闇の世界ではは全く見えなくなっていたし、やはり彼女はおかしい。
「ねぇレティス、はいったい・・・」
「・・・それは本人の口から聞くべきでしょう。私が言うべきことではないのです」
レティスは大きく羽ばたくとレティシア近辺の宿り木に着地した。
を除いた4人を降ろすと、自身は宿り木の上に止まり口を開いた。
なぜが背にいるままなのか、は疑問に思ったものの口には出せない。
「ラプソーンを倒すためには七賢人の力が必要です。さんたちには、彼らの思いが宿ったオーブを集めてきてほしいのです」
「それはどこに・・・?」
「子孫たちが最後に命の輝きを放った場所・・・、つまり死した地です」
覚えていますかと尋ねられ、はこくりと頷いた。
忘れられるわけがない。
オディロ院長もチェルスもメディばあさんも、目の前で殺されたのだ。
守ることもできずに命を奪われたのだ。
「・・・私、兄さんのオーブを探してくるわ。場所もわかるし・・・」
「俺もちょっと行きにくいけど院長のもらってくる」
「じゃあお願いしていいかな。あと僕とヤンガスとは・・・」
が役割分担を始めようとすると、があのねと控えめに声を上げた。
私はレティスとやらなきゃいけないことがあるからパスでいいかな、と申し出る彼女には戸惑った。
行くなとは言わないが、この時期にレティスと2人でというのが妙に気になった。
え、と言ったまま固まっているを見越してか、ククールが代わりに承諾する。
はみんなごめんねと謝ると、レティスの背の真ん中に移動した。
「オーブ集めよろしくね。私もすぐにレティスと帰ってくるから」
「あっ、!」
レティスと共に飛び立とうとするに、ようやく我に返ったが声をかけた。
なぁにと小首を傾げる彼女を見つめるが、これといった言葉が見つからない。
「その、気をつけてね」
「うん、またね」
空高く舞い上がり雲の中へと消えゆくレティスとを、は見えなくなるまで眺めていた。
次にはきちんと会えるのかが不安でたまらない自分がいるのだ。
「・・・さて、俺らもオーブ探しに行こうぜ。、んな辛気臭い顔すんなよ、みっともない」
「・・・不安に思わない? 最近の絶対おかしいよ、何か隠してる」
「それはそうかもしれないでがすが・・・。兄貴、男ならどっしり構えておくもんでがす」
ヤンガスやククールのようには開き直れなかった。
心配なものは心配なのだ。
のことを信じていないわけではない。
ただ、失うことが本当に怖いのだ。
いずれ、いや近い将来彼女が半透明でなくてまったくいなくなってしまいそうな気がしてならなかった。
は自身の胸に燻ぶる不吉な予感を振り払うべく、普段よりも3割ほど気合いを入れてルーラを唱えるのであった。
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