Apne opp i morgen  1







 世界はこんなにも色鮮やかに彩られていただろうか。
気が遠くなるような永い時を経て再び視界に収めた世界は、今までのどんな光景よりに美しく輝いて見えた。
青空だということは変わらないのに、なんと清々しく澄んだ空なのだろう。
風は、空気はこんなにも美味しいものだっただろうか。
緑はこれほどまでに青々としていただろうか。
最後に見た風景とは明らかに違った。
ラプソーンを倒し悪が退けられたからだとが知ったのは、自身がまさに今、ラプソーン討伐に赴いたはずの青年に抱き締められているからだった。
彼が今ここに存在しているのは、なすべき事をやり遂げたからである。
やっぱりこの人はすごい人だったんだ。
の胸に顔を押しつけた。




・・・、もう絶対に、二度と君を手放したりはしない・・・」

「うん、うん・・・。ありがとう・・・・・・」




 抱き合ったまま柔らかな草原に倒れこむ。
懐かしく見た愛する人は凛々しく、そして逞しくなっていた。
が知る彼も頼もしい青年だったが、この世界から離れている間に様々な事が起こったのだろう。
落ち着いた雰囲気を持つ大人の男性へと成長していた。
見た目がそれほど変わっていないのは、経験は積んでも時間としてはそれほど経っていないからか。




「・・・私が消えちゃってから、どのくらい経ったの?」


「10年」

「そんなに!?」


「・・・いや、そこまでは経ってないと思うけど・・・・・・。僕もよくわからないんだ」




 と別れラプソーンを倒してからどれだけの月日が流れたのか、は本当に覚えていなかった。
世間が数えている時間よりも遥かに長い空白の期間を過ごしていたということは、感覚として残っている。
彼女がいない世界というのは想像以上に退屈で、すべてが色褪せて映っていた。
平和がもたらされて5周年という祝宴も、いつの日だったか催された気がする。
しかしそれすら、には集った人々の笑顔が輝いては見えなかった。
この平和のために誰が犠牲になったと思っているのだ。
命を懸けた戦いを続けていたのだから、覚悟はしていた。
しかし彼女は、は、万余の人々が望む明るい未来のために躊躇うことなく、死よりも辛いであろう消滅という道を選んだのだ。
誰よりもずっと彼女の傍に在り続けたと自負していたにとっての選択は、言葉にできないほど衝撃的なものだった。
ラプソーンを倒したのも、これさえ片付ければまた彼女に逢えるかもしれないと願ったからだった。
だから、倒しても自身の未来に何ら光が差し込まなかったことに絶望した。
竜神王と出会うまでの年月は、にとっては20年にも50年にも思われた。
今でもまだ、確かに触れているのに夢を視ているのではないかと疑ってしまう。
幸福をそのまま素直に受け止めることができなくなった己がもどかしかった。








「なんだか不思議なの・・・。私、この肉体にすんなり収まっちゃってる」


「当たり前だよ。それは正真正銘君の体なんだから」


「私の・・・・・・? ・・・どうして、私、ずっと昔に」


「約束したでしょ。どんなに遠いところにあったって、君の体は僕が取り戻してくるって」


「で、でも」


「・・・ごめん、嘘ついた。の体は遠い昔に置いてあったらしい。竜神王が僕の願いを聞き届けて現世に運んでくれたんだ」


「竜神王・・・・・・」




 聞き慣れない単語を耳にして、は寝転がったままを見つめた。
王とつくあたりから、きっと身分の高い人物なのだろう。
神鳥レティスにさえどうにもできなかった願いを叶えるとは、相当の力を持っているはずだ。
会ってみたい。命の恩人としても高度な力を持つ者としても、ぜひとも間近で見てみたかった。




「ねぇ、私も竜神王さんに会ってお礼言いたいな」


「・・・うん、そうだね。連れて来いとも言われてるし、今度一緒に行こっか」


「どこに住んでるの? 今まであちこち行ったけど、ものすごい秘境に住んでたりして」


「うん。人間はまず行けない世界かな」


「そんな所にまで行ってくれたんだ・・・・・・」





 行って、竜神王に頼んでどうにかなるとわかっていたわけでもないのにほとんど異世界へと赴くとは、なんと自分は愛されているのだろう。
じんわりと涙腺が緩みだし、視界が歪んでくる。
ぐしゃぐしゃにならなかったのは、久々の再会の時ぐらい可愛くいようと意地を張ったからだった。




「僕もね、に来てほしい場所があるんだ。竜神王のとこの近くだから一緒に来て」


「うん! あ、私みんなにも会いたいな! あちこち行きたい!」


「そうだね。やることやったらのんびり旅行しようか」




 満面の笑みを浮かべて頷くに笑い返すと、は彼女に気付かれないほどに小さく、寂しげな表情を作った。
あの時竜神王が蘇ったを連れて来いと言ったのは、王が白翼族の生き残りである彼女に興味を持ったということもあるのだろうが、
真実を隠さず知るべきだと思ったからだろう。
真実を伝えることに躊躇いはなかった。
生命力の強い竜神族の血が半分流れているおかげで、これからも長い時間をこの世で過ごすの傍にずっと居続けることができる。
両親の正体を知ったと伝えれば、心優しいは手放しで喜んでくれるだろう。
明るい話ばかりなのだ。不安に思うことなんて何ひとつない。
そうわかっているはずなのに、は不安感を拭い去ることができなかった。
今になって、やたらと竜神王の声が甦る。
もしも力が反発してしまったら。
今はまだは自分のことを純粋な人間だと思っているから自覚症状がないが、実は確実に彼女を苦しめていたとしたら。
彼女が消えてしまったのは実体やラプソーンの力といった問題以前に、白翼族と対極の関係にある己が関係していたからではないか。
彼女を竜神族の里へ連れて行くことは、果たして懸命だと言えるのだろうか。
はもうこれ以上、苦悶の表情を浮かべるを見たくなかった。
苦労や苦痛は常人の倍以上味わってきたはずである。
やっと手に入れた幸せを、よりにもよって彼女の幸せを一番願っている自分が壊したくはなかった。





「ねぇ。・・・は僕と一緒にいて苦しくない?」


「どうして? 私はと一緒にいたいからこっちに戻って来たんだよ? そんな悲しい事言わないで」


「でも、君は僕の事をほとんど何も知らないんだ。知ってしまったら、君は」


! 私はの事、これからもっとたくさん知りたい。・・・知ってても知らなくてもだよ」


「・・・・・・ありがとう」





 何を彼は怯えているのだろうか。
はぎこちない笑みを浮かべるを、心配そうに見つめた。




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