3.思い違い、ダメゼッタイ










 最近の中学生の身体能力は素晴らしいと思う。
昨日あれだけ帝国学園のボコボコにされたというのに、その翌日にはいつもと変わらない元気な姿を見せてくれる。
痛々しい姿を見るよりも安心はするが、本当に治っているのかと不安になる。
あそこまで蹴りを入れられたら最後、どこにでもいるただのか弱い女の子である自分は死ぬかもしれない。
本当に、半田も豪炎寺も円堂も、サッカーをやる人間はタフにできている。
そもそも人はあんなに高くまで跳べないし、ボールに炎を纏わせることはできない。
もしかしたら彼らは魔術師か道化師なのではないだろうか。
無人島に遭難しても、我が幼なじみとサッカーボールがあれば食うに困らない気がする。
そうだ、無人島に行く時は修也とボールを持って行こう。
はそう結論づけると、満足げに頷いた。
隣席の半田は見て見ぬふりをしていた。
どうせいつもの訳のわからない妄想で、話を聞いてやるだけ無駄だとわかっていた。





「そうだ、今度また試合するんだけどさ」
「へぇ、どこ?」
「尾刈斗中っていうとこなんだけどさ、変な噂しか聞かねぇんだよな」
「ふーん、次は勝てるといいね!」




 先日の帝国戦と豪炎寺の奮闘に触発されたのか、サッカー部は熱心に練習をしているらしい。
やっとマネージャーらしい仕事ができるようになったのよと話す友人の秋はとても嬉しそうだった。
聞けばもう1人マネージャーも加わったそうで、彼女もなかなか賑やかで可愛らしい1年生らしい。
美人マネージャーが増えればそれ目当ての部員ももっと増えて、対戦チームに応じたフォーメーションが組めるようになる。
やればできるではないか、雷門中サッカー部。




「ああじゃあ半田、私帰るから」
「帰宅部はいいよな、放課後暇で」
「いいでしょ。放課後デートもし放題」
「見栄張ってんじゃねぇよ」




 見栄ではない。今日は本当に人と会うのだ、しかも異性と。
その相手はいつもの腐れ縁だというのは大層いただけないが、今日は絶対に行くと約束したから破れない。
は諸事情から一足先に出て行った豪炎寺の後を追い、病院へと向かった。
今日は可愛い可愛い夕香のお見舞いの日である。






























 豪炎寺がよりも早いタイミングで下校を始めたのには、彼となりの理由があった。
いわく、自分は『豪炎寺くんって口数少ないけどそこがまたクールでストイックでかっこいいんだよね』ともてはやす女子が結構な数いるらしい。
だから何だと言いたいのだが、はそれで不当なライバル心を抱かれるのが嫌らしい。
事実はどうであれ、好きでもなんでもない女子複数に付きまとわれるのは勘弁してほしい。
豪炎寺としては大変不本意だが、この際と一緒にいれば上手く誤解をしてくれてちょうど良いと思っていた。
しかしそれを提案すると、から猛反対をされた。
先に人を彼氏呼ばわりして盾にしたのはお前だろうと食い下がったが、絶対に嫌だ、そんなの気持ち悪いし、
そもそも部屋にエロ本ある人がストイックなわけがないと3コンボで拒絶された。
なぜそれを知っていると、逆に問い質したい事も言われた気がする。
あれか、この間夕食を作りに来た時に見つけたのか。
油断も隙もない少女である。これではまるで男友だちよりも性質の悪い悪友だ。
彼女に見立てようとしなくて正解だった。
人格と女子の好みを疑われるところだった。
どうしたものかと物言わぬ妹に相談していると、病室の外で物音がした。




、遅い・・・」
「へ・・・? ・・・よ、よぅ豪炎寺!」

「・・・・・・入れ」




 ぎこちない挨拶をするサッカー部のキャプテンの登場に額を押さえる。
どうしてここに彼がいるのだろう。
いつの間にストーキングされていたのだろうか。
どうして俺の周りにはろくな奴がいないんだ。
何のためだかはるばるやって来た円堂を無下に追い返すわけにもいかず、渋々中に入れる。
サッカー部の事はあれから少し気になっていた。
やはりサッカーが忘れられないのだと思う。
ボールを受けた時は久々の感触に心沸き立つものを感じたし、シュートを決めることに快感さえ覚えた。
何も衰えていなかった。それが豪炎寺をより苦しめていた。




「無理に誘ったりしないから、さ」



 妹のこと、事故のこと、サッカーのこと。
円堂に話せば話すほどサッカーが恋しいと思ってしまう。
だが、サッカーはできない。
誰かと約束したわけではない。自分自身への戒めだった。




「ははっ、なんか来たのが俺でごめんな!」
「いや、あれはいい間違いだ」
「そうなのか? でもはっきり「ごめん修也! 今日サラダにリンゴ入れたげるからほんとごめん!」

「「・・・・・・」」
「あれ、円堂くん?」




 病院で出していい最大限の音量と共に病室に飛び込んできたに、豪炎寺と円堂は硬直した。
サラダにリンゴって、夕食作ってあげてるって、豪炎寺って意外と可愛いっていうか、え?
円堂の頭がフル回転する。
サッカー以外ではほとんど動かさない頭を一生懸命使い導き出した答えは、邪魔したなの一言と共に退散するというものだった。
元々勝手に部屋に入ったのだから、これで合っているはずである。
また明日ねと暢気に手を振り円堂を見送ると、は疲労の色が濃く見える豪炎寺の顔を覗き込んだ。




「どうしたの? やっぱ久々に身体動かしたから疲れてるんじゃない?」
「・・・もういい。帰るぞ」
「え、今来たばっかなのに。夕香ちゃんまたね、久々に見た修也のファイアトルネードかっこよかったよー」



 相変わらず暑苦しくてねぇと下らない報告を続けるを部屋から追い出す。
場を和ませようとしているのか素で言っているのかは、長く付き合っていてもよくわからない。
それがなのだろう、今更改善を期待してはいけない。
橋の上を並んで歩いていると、豪炎寺が不意に口を開いた。




「この間の俺を見てどう思った?」
「うん、かっこよかったよ。『俺が豪炎寺修也だ!』って感じだった」
「何だそれは」
「修也はどこにいても修也だったってこと。フィールドに出たらサッカーの事しか考えない修也は、やっぱりサッカー馬鹿だと思った」



 帝国のこととか見られてるとか、そういうこと気にせず本気出せるってあたりすごいよねと続けると、は立ち止まって豪炎寺を見上げた。
眼下に広がるのは河川敷のサッカーグラウンド。
中学サッカー界を代表するストライカー豪炎寺修也の再出発点としては少々華やぎに欠けるが、雷門だからこそ得られる強さもあると思う。
決して優秀ではないメンバーたちと泥まみれになりながら頂点を目指すのも悪くはない。
そういう彼も見てみたいと思う。



「夕香ちゃんの目が覚めた時、お兄ちゃんサッカーやってって言われたらどうする?」
「・・・無様な姿は見せられないな」
「言うと思うんだよね、夕香ちゃんサッカー好きだから」

「・・・はどうだ」
「私? ちっちゃい頃『ちゃんもびっくりするようなシュート技見せてやる!』って言われた身としては、もっともっとびっくりするような必殺技見るまでは応援するしかないでしょ」




 記憶力は良いんだからねーと自慢げに言うに、豪炎寺は苦笑した。
理由はどうであれ、応援してくれる人がいるだけで勇気が湧いてくる。
もう一度始めよう。
豪炎寺は、ようやく自身の目が前を見据えたのを感じた。







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