豪炎寺の入部で、サッカー部は少しギクシャクした様子になってしまった。
どうすればいいんだよと半田に迫られたは、さぁと答え手元の雑誌に再び目を落とした。
さぁって何だよと今度は怒鳴られるが、生憎とはサッカー部員ではないしマネージャーでもない。
ただの帰宅部にクレームを言われても困るのだ。



「ねぇ半田」
「何だよ」
「こっちとこっちならどっちの髪型が似合うと思う?」
「あー、こっち?」
「やっぱり? いやー、雷門って校則緩くていいよね」
「話を逸らすな、まず俺の話を聞けよ」




 ばさりと読みかけの雑誌を閉じられ、はようやく顔を上げた。
人がせっかく美の探究をしているというのに、それをさせぬとはどういう料簡をしているんだ。
そんなの知らないと言うと、半田はそんなわけないだろと切り返してくる。
そんなわけないとはどういうわけだ。
そう尋ねると、半田は染岡がと口を開いた。




「染岡くん? 誰それ、私サッカー部は半田と円堂くんと秋ちゃんと修也しか知らないんだけど」
「ごつい顔したFWの。FWってどこかわかるか? 豪炎寺と被ってんの!」
「だから?」
「だからって・・・。染岡には染岡のドラゴンクラッシュがあるし、今更豪炎寺は・・・」
「ついこないだまで部員足りなくてわぁわぁやってたのに今度はいらないなんて、サッカー部も面白い事言うよね」



 やってられない、聞いていられない。
身内のゴタゴタを人に押しつけないでほしい。
確かに豪炎寺のサッカーはずっと見てきたが、だからといって彼をどうにかしろと頼まれるいわれはない。
チームなら解決しろと逆に怒りたいくらいである。



「そもそも部員とシステムのやりくりなんてチームで考えることでしょ。私に言われてもさぁ」
「・・・そうだよな、サッカーろくにわかんないに言ってもわかんないよな。・・・ごめん」
「そういうこと。ま、修也悪い子じゃないからそこは信じてあげてね」



 そうは言ったものの、彼の性格からして雷門イレブンに馴染むのは少し時間がかかりそうな気がする。
分別はあるので無茶な戦い方がしないと思うが、せっかくの久々の舞台はまともにしてやりたい。
ギスギスした環境ではサッカーもやりにくかろう。
変に不器用だからな、そういうとこ損してるんだ。
は教室に戻ってきた豪炎寺の背中を、激励の意も込めて叩いた。





























 不気味な学校だと、試合を始めてから何度も思った。
ディフェンス陣は理解不能のブロック技で足止めされいとも易々とゴールを割られるし、それなりの威力がある染岡のシュートも簡単に止められてしまう。
序盤の攻勢はどこへやら、点数はいつの間にか逆転してしまい相手を追いかける展開になっている。
せっかく入部したというのに初試合で廃部とは、なんとも縁起の悪い話である。



「や、やっぱり呪われてるっスーー!!」



 前半を終えた時点で壁山を初めとした1年生たちは怯え始めているが、呪いなはずがなかった。
豪炎寺はそもそも呪いやお化けといった類のものは信じない。
人間相手にプレーをしているのだから、人間ができうる限りの攻撃しかしないはずだ。
呪いなどそのような非科学的なものがあるはずがない。
豪炎寺はちらりと部室の外を見やった。
なんだかんだ言っても出場する試合はすべて観戦するのことだ、今日もたぶんどこかにいる。
目的の人物はすぐに見つかった。
相手も視線に気付いたのかひらひらと手を振っているし、それどころか部室へと近付いてくる。
適当な事を言うか誤魔化すかしてベンチにまで侵入したのだろう。
ハーフタイムが終わり外へ出ると、は円堂たちににこっと笑いかけた。



「あれ、? こんなとこまで応援に来てくれたのか!」
「うんまあそんなとこ? あっちの監督のぶつぶつ文句がうるさくって」
「文句?」
「聞こえてるでしょ、『マーレトマーレ』ってずっと呪文みたいに。あれ聞いてると身体が固まっちゃうんだよね」
「へぇ?」



 わかったようなわかっていないような、曖昧に頷く円堂に頑張ってねとエールと送る。
それぞれのポジションについていく選手を見送っていると、豪炎寺が声をかけてきた。




、あのキーパーは・・・」
「修也、私の指をよーく見ててね」



 は豪炎寺の言葉を遮ると、人差し指をぴんと立てた。
そして豪炎寺の顔の前でくるくると指で円を描き始めた。



「修也は私にアイスを奢りたくなる。修也は私にアイスを奢りたくなる。修也は私にアイスを奢りたくなーる。どう? 奢りたくなったでしょ?」
ちゃん、試合始まっちゃうから」
「うん、もう終わるから秋ちゃん。くるくる回ってたり変な動きしてる奴に目がいっちゃうと感覚狂うでしょ。だったらそれを見なきゃいいだけなのよ」



 はそう言い終えると豪炎寺の背中をいつのようにぽんと押した。
上からがおすすめと付け加えると、そのままベンチから離れていく。
ただの雑談のようにも聞こえるが、実は試合に関わる大切な話だったのかもしれない。
ちゃんってちょっと変わってる。
秋はそう呟くと、後半開始のホイッスルと共に走り出したイレブンたちへ目を向けたのだった。





























 は河川敷のサッカーグラウンドを橋の上からぼうっと眺めていた。
試合が終わるとよほどの事がない限り、すぐに立ち去る。
試合はきっちり最後まで見ているのだから、咎められるいわれはなかった。
冷たいと言われることはたまにあったが。



「あれ、?」
「半田かー、お疲れ様。お化けの仕業じゃなくて良かったね」



 帰り道なのか、少々汗臭い身体を引きずった半田がの隣へやって来る。
何してんだと尋ねられたので別にと答えると、冷たい奴だと笑われる。
冷たくて結構、暑くてたまらない今の半田にはお似合いだろう。



「円堂に言ってたあれってさ、ゴーストロックを破る方法だったんだろ?」
「そうかもねー」
「すげぇよ、監督みたいだった」
「ありがと」
「・・・なぁ、の初恋の人って豪炎寺?」

「半田真一くんに問題です。半田真一と豪炎寺修也の似ているところをできるだけ多く挙げなさい」
「あ? えっと・・・・・・サッカー・・・?」
「顔も声も性格も半田に全然似てない修也が初恋の人なわけないでしょ。あれはただの腐れ縁」




 男は顔じゃないの、中身なのと熱弁を奮うの言葉を聞き、半田は笑った。
ちょっとだけほっとした気がする。
自分に似ている男がどんな男なのかずっと気になっていた。
うっかり豪炎寺だなんて言われていたら、頑張って似せようにも限度があった。
普通の女の子とちょっと、いや、かなり違う彼女のことだから、初恋の人とやらもよっぽどの変人なのだろう。
変人に似ているのはあまり嬉しくなかった。




「あ、そういやさー、風丸くん? あの人かっこいいよね!」
「・・・さっき男は顔じゃないって言ったの誰だ?」




 とりあえず風丸に逃げろと忠告しておこう。
半田は我が道を歩み続けるを見つめ、小さくため息をついたのだった。






幽谷キャプテンの視界はどうなってるんだろう






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