4.おおぞら舞おうぜ!










 男たるもの、可愛らしい女の子には当然目がいく。
相手に彼氏がいようといなかろうと、潤いや安らぎを求めて人は美しいものを見たがる。
だがあれはいけない、あれだけは毒と棘しかない。
豪炎寺と半田は、生まれて初めて心が一つになっていた。
せっかく一体となれたサッカー部にあれはいらない。
あれは観賞用だ。



「豪炎寺! こないだののあれ、すごかったな!」
?」
「あ、風丸は知らないのか。ほら、後半始まる前にベンチに来て俺らにアドバイスしてくれた子だよ」
「ああ、あの可愛い女の子」
「俺さ、のアドバイス思い出して尾刈斗のゴーストロック破ったんだよ。すげぇよなあいつ!」



 だったらちゃんもマネージャーにしたらどうかな。
秋の提案に豪炎寺と半田は同時に駄目だと即答した。
どうして駄目なんだと訝しがる風丸に、重ねて駄目だと言い張る。
これといった理由を告げることもなく、ただひたすら嫌だの駄目だの反対だのと否定的な意見ばかりを繰り返す2人に、円堂と秋は顔を見合わせた。
彼女も豪炎寺と同じように訳ありなのだろうか。
しかし豪炎寺はともかく、なぜ半田までも。
そこまで考え円堂ははっと、病院での出来事を思い出した。
そうか、これは豪炎寺のわがままだ!



「とにかくあいつは駄目だ。マネージャーが務まるような繊細な子じゃない」
「そうそう! こそ見た目に騙されちゃいけない典型的な例で!」
「ちょっと半田、さっきから聞いてたら人の事散々言って何なの?」
「げ、・・・!? なんでこんなとこにいんだよ!」
「迷子拾ったから届けに来たの。円堂くん、この人入部希望の人みたいだからここに置いてくね」
「置くって俺は荷物かよ・・・」




 ひょろりとした長身の男を残し去ろうとするに、風丸は慌てて声をかけた。
豪炎寺と半田は何やかやと言っているが、大切なのは本人の意思だ。
彼女さえ諾と言えば外野の野次も関係ない。
は声をかけた人物を見て顔を輝かせた。
かっこいい風丸くんではないか。
今日はいいことがありそうだ、髪型トークとかさせてくれるだろうか。




はマネになる気とかないかな?」
「私が? でも秋ちゃんともう1人可愛い女の子いるから私はいらないよ、人数的にも」
「でも、みたいに的確にアドバイスしてくれる人も欲しいんだ。無理か・・・?」



 真剣な瞳で見つめられるときゅんとする。
うっかりはいと返事をしそうになる口に必死に制御をかける。
マネージャーなどやるつもりはさらさらない。
サッカーは外で観るから楽しいのだ。
汗臭い男どもの管理など、秋のように心優しい子ではないと無理だ。
は尽くすよりも尽くされる方が好きだった。
だから、たとえ風丸の頼みであろうと承諾することはできなかった。




「そうか・・・。残念だけど仕方ないな」
「ごめんね風丸くん。あ、でも私、風丸くんのこと応援してるから!」
「え・・・、それって」
「・・・、用が済んだなら帰れ」
「はいはいわかりました。じゃあねみんな」




 約一名を除いた部員全員ににこやかな笑みを投げかけ出て行ったを、円堂たちは無言で見送った。
なるほど、豪炎寺や半田が言うように少し変わった子のように思える。
彼女を勧誘するのはとりあえずやめておこう、彼女本人はともかく豪炎寺になんとなく申し訳ない。
本当に2人って仲良いんだなとのほほんと口にした円堂に、豪炎寺はぞっとしたのだった。





























 フットボールフロンティアに参戦することになった雷門中の記念すべき最初の対戦相手は野生中らしい。
相手に負けない高さを身につけるために特訓を始めたと聞いたは、例のごとくふーんと言うだけでほとんど聞き流していた。
どうやってあそこまで行く気だと尋ねられ、ようやく真面目にはぁと訊き返す。
なぜ観戦に行くことが前提になっているのだ。
少しはこちらの都合も考えてほしい。
毎週休日がサッカーで潰れていくのはやめてほしい。
何よりも、自分のスケジュールは自分で立てたい。



「なーんで私が行くってことになってんのよ。いいじゃん、今回は高さ勝負ってわかってんだから」
「・・・壁山が」
「壁山くんって誰」
「大柄な1年生DFだ。高所恐怖症でイナズマ落としが完成できない」
「・・・修也は私を何だと思ってんの?」



 高所恐怖症を克服する方法など知るはずがない。
それは自分との戦いで、他人の手助けでどうにかなるものではない。
特訓して特訓してなんとかできるのではないか。
少し頼りすぎだ、情けない。
豪炎寺はご機嫌斜めのを見つめぽつりと、風丸がと呟いた。
ぷいと横を向いたままの顔がぴくりと動く。
彼の名前を出せば釣れるのか。
気の良い友人を勝手に利用するのは大変心が痛むが、有事の際のほど頼もしい存在はない。
壁山の問題も、意外と解決してくれるのではないかと期待してしまう。




「俺が空中でオーバーヘッドキックをする特訓をずっと付き合ってくれたんだ。風丸の協力を無駄にはできないだろう?」

「・・・手伝ってもらって、ちゃんと蹴れるようになったんでしょうね」
「ああ。後は壁山と合わせるだけだ」




 気が向いたら行くとだけ伝えると、は思い出したように鞄から何かを取り出した。
はいと言われ強引に押しつけられたのは一冊の雑誌で、開かれたページにはぐるぐるとマーカーで囲まれている商品がある。
何だこれはと言うと、はにっこりと笑いかけた。
こういう笑みを浮かべる時はろくなことがない。
豪炎寺は長年の経験からわかってしまった。
回避する手段がないのがここ数年来の悩みだ。



「こっちとこっちで悩んだんだけど、こっちの方が似合うって言われたからこっちにしたの。
 このまま修也に流されてくの割に合わないから、髪留め1つで手を打ってあげようという大盤振る舞い」
「・・・これを俺に買ってこいと?」
「野生中の試合終わって一段落ついたらでいいよ。何色かあるみたいだから、色は私に合うやつ選んでね」




 じゃあ特訓頑張ってね修也くんと先程までの不機嫌さはどこへやら、一転して気持ち悪いまでの上機嫌になったに背中をぽんと叩かれ1人取り残された豪炎寺は、
手にしたままの雑誌を見下ろし深くため息をついた。
特別高いものではないし、確かに隣のよりもこちらの方が彼女には似合うだろう。
人のセンスやおしゃれに口出しをするつもりはないし、そもそも興味自体がない。
つけたければ勝手につけろと言いたいのだが、まさかよりにもよって買ってこいと言われるとは。
夕香のものならばともかく、男がそういった店へ入ることの難しさを果たしてはわかっているのだろうか、いや、わかっていないだろう。
昔は『修也くんが試合で得点入れるの見てるだけで楽しい!』と可愛い事を言っていたのに、時の流れというのは残酷だ。
人は大きくなるとこうも汚くなるものか。
豪炎寺は自分自身もまた、風丸を使ってを動かしたという事実を棚に上げ、やりきれなさに憤ったのだった。







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