鬼道は驚いていた。
転校生として雷門中サッカー部に送り込んだスパイから情報を受け取ったわずか数十秒後に現れた少女に戸惑っていた。
再会が嬉しくないといえば嘘になる。
どちらかといえば嬉しい。
嬉しいのだが、タイミングの問題で焦ってしまう。




「オニミチくんこんなとこで何やってんの?」
「・・・散歩だ」



 偵察をしていただとか、スパイから情報を受け取っていたなどとは口が裂けても言えない。
しまった、彼女も雷門の生徒だった。
マンモス校だというのにピンポイントで知り合いに合ってしまうとは運命のようだ。
私服もかっこいいねーと暢気に褒めているを、鬼道は眩しいもののように見つめた。
授業が終わってそれなりの時間が経っているだろうにこんな時間まで残っているとは、どこかの部に所属しているのだろうか。
吹奏楽部でフルートとか似合うかもしれない。
元気だから、チアリーディング部でもいいかもしれない。




「こんな時間まで部活か?」
「ううん私は帰宅部だよ」
「今日は彼氏と一緒じゃないんだな」
「え? ・・・あ、ああうん、あの人部活の事しか考えてないから」




 そういえばそんな設定にしていた。
は当時の自分の設定を思い出しぎこちなく笑い返した。
そうだ、確かこの少年はしつこかったのだ。
しつこくて途中で怖くなって、サッカー部との関係でボロが出るのを防ぐために強引に幼なじみを彼氏にしたのだった。
知り合いだからと気軽に声をかけたのが失敗だった。
とりあえず、散歩の邪魔をしてはいけないという名目でとっとと離れよう。
は、鬼道が知れば悲しくなるくらいにオニミチを警戒していた。




「じゃあオニミチくんまたね。お散歩の邪魔してごめんね」
「おい、待ってくれ・・・・・・!」




 オニミチが何か言いかけていたようだったが、聞こえないふりをして退散する。
触らぬ帝国に祟りなしだ。
オニミチ個人の事は特になんとも思わないが、やはり帝国の人間と係わるのは少し怖かった。
何を急いでいるのか慌ただしく駆け去っていったの背中を見送り、鬼道は名前と小さく呟いた。
今日も名前を訊けなかった。
相変わらずオニミチと呼ばれそれに応えてしまったし、本当に名前に縁がない。
また会えるだろうか。今度こそ、せめて名字くらいは教えてほしいし訂正したい。
鬼道に課題が1つ増えた。































 最後まで野生中の応援に行くことを渋っていたが、やはり今日は行かなきゃ良かった。
ジャングルを抜けてはるばる応援に来たというのに、理事長代理とかいう美少女に嘲笑された。
確かに雷門中サッカー部は精強とはいえないが、弱小チームを応援してもいいではないか。
応援だなんて大層なことうふふふふなどと笑われて、嬉しいわけがなかった。
ここはなんとしてでも勝ってもらわねば困る。
前半の不調が何だ、イナズマ落としが決まればいいだけじゃないか。
幸いにして途中出場の転校生DFは、帝国のディフェンス技を惜しげなく披露してくれるようだし。




「に、兄ちゃん!」
「サク・・・・・・」
「あの、さっき知らないお姉ちゃんから、『雲の形が食べ物に見えたらずっと空を眺めていたいよね』って兄ちゃんに伝えろって・・・」




 壁山はぼんやりと空を見上げた。
言われてみれば、今日の雲はソフトクリームの形をしている。
見ているとお腹は空きそうだが、楽しくはある。
弟に訳のわからない伝言を託した『知らないお姉ちゃん』の意図するところはよくわからない。
そもそも、それらしき女の子がどこにも見当たらない。
行くぞ壁山と円堂に声をかけられ、気乗りしないままイナズマ落としを発動させるポジションへと移動する。
今でも高い所は苦手だ。
どうしても下を見てしまい、豪炎寺と上手く連携することができない。
このままではいけないとはわかっていても、現状を打開できそうになかった。
それでも、先程言われたことがどうも気にかかる。
下よりも空を見たら楽しい気分になれるのは確かだ。
空を見れば怖くない。―――――だったら、上を向いて跳べばいいだけなのだ。





「壁山!」
「はいっス!!」




 あ、あの雲はたい焼きみたいで美味しそう。
そう思った瞬間、豪炎寺の身体は今までのどんな時よりも高く舞い上がっていた。




























 は、壁山の弟たちとはかなり離れた場所で観戦していた。
新しい必殺技を見たが、思ったよりもびっくりしなかった。
完成する前から技の内容を聞いていたからかもしれない。
びっくりするような技を見るまでは応援すると約束してしまっているので、まだまだ応援する日々は続きそうだった。
そして、今日は姿を現さなかったというのに、当然観戦していたがごとく話を振ってくる幼なじみが気持ち悪くてたまらない。
どこからくるのだ、その自信は。
風丸がいなければ笑顔ではいられない。




「風丸くんって足がすごく速いんだね」
「陸上部だったんだけど、助っ人でサッカー部に入ったんだ。円堂に熱意に乗ってさ」
「へぇ! でも運動神経いいんだね、羨ましいなー」
はスポーツやってないのか? も結構できそうな気がするけど」
「やだ、風丸くんってば」



 恥ずかしそうに笑う姿はどこからどう見てもただの女子中学生で、見ているこちらも頬が緩むのを抑えられない。
こんな表情もできるのならば、なぜ自分には見せようとしない。
風丸に嫉妬しているわけではないが、なんとなく面白くない。
面食いだったわけではないのだが、は風丸のどこが気に入ったのだろう。
体のいいおもちゃのような気に入り方をした半田とは、扱いがまるで違った。




「あ、私おつかい頼まれてたんだった。じゃあね風丸くん。修也、ちゃんと忘れないでよね」




 ひらひらと手を振って豪炎寺たちとは違う道を選んだを見送ると、豪炎寺ははあと大きくため息をついた。
訊きたいことが訊けなかった。
風丸のせいではない、のせいだ。
本当にいつもいつも、予定通りの行動をさせてくれない。




「可愛いじゃないか。ちょっと元気なだけで、俺はああいう子割と好きだけど」
「風丸、それは本気で言ってるのか?」
「ああ悪い、お前の彼女奪うようなことしないから」
「・・・風丸、それこそ本気で言ってるのか?」
「え、違ったのか!?」




 てっきりそうだと思っていたと、豪炎寺にとっては死刑宣告のような風丸の言葉を聞きもっと頭が痛くなる。
もしも部員全員もそう思っていたら、これからは試合にを呼びにくくなる。
顔を合わせれば憎まれ口しか叩かない彼女など世界中どこを探してもいないだろうに、誤解というのは恐ろしい。
いちいち否定していくのも辛い。
少し依存しすぎただろうか。反省しなければ。




「ところで、何を忘れちゃいけないんだ?」
「・・・今日の壁山へのアドバイスもそうだったが、見返りに髪留めを買ってこいと言われた」
「買ってやれよそのくらい。俺らのお世話になってるんだし、マネでもないの休日をサッカーで潰してるんだぜ」
「店に入るのが辛いってことをあいつはわかっていないんだ」
「じゃあ一緒に付き合ってやるから来週買いに行こう」




 思いがけない風丸の申し出に、豪炎寺はぱたりと立ち止まった。
まさかそこまで気を回してくれるとは思わなかった。
なんていい奴なんだ風丸一郎太。
あんな、わがままをそのまま人の形にしたようなのためにそこまでしてくれるとは。
ありがとうサッカー、サッカーのおかげでかけがえのない素晴らしい友人に恵まれた。




「そういやってほんとにスポーツできないのか?」
「サッカーボールはまともに蹴れない。・・・石蹴りは得意だ」
「何だよそれ」




 豪炎寺もも面白い奴だなと言うと、風丸はくすくすと笑った。






風丸さんは悪意も敵愾心もなく、素直に言いたいこと言ってるだけ






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