5.フラグの立て方










 今更ながら、我が友人は大した度胸の持ち主だと思ってしまう。
豪炎寺は、隣で雑誌片手にあれやこれやと品物を物色している俊足のDFを見つめた。
1人ではまず買いに行けなかった。
行かなくてまた、『修也の嘘つき甲斐性なし』と理不尽な怒りを買っているところだった。
本当にありがたい。
豪炎寺は不規則に揺れる水色のポニーテールを頼もしげに見ていた。




「あ、これじゃないかな。ほら豪炎寺、たぶんこれだ」
「そうみたいだな」



 風丸が指差した先には、色とりどりの同じ形をした髪留めが陳列されている。
先日にに押しつけられた雑誌に載っているものと全く同じだ。
これさえ買ってやれば、とりあえずあいつは大人しくなるのか。
500円かそこらで当分の彼女の休日を借りることができるのならば安いのだろう。
腑に落ちない点は多々あるが、今は目を瞑るしかない。




「風丸、こういう所に来てなんとも思わないのか?」
「さすがにこういう可愛いのは買わないけど、地味なやつならたまに買うし。ていうか、1人で来にくいんだったら本人を連れて来れば良かったじゃん」
「・・・その考えはなかった」
「ははっ、炎のストライカーもの前じゃただの幼なじみなんだ。でもこれ、2つ結びしてるにはいらないんじゃないか?」
「学校に来る時はあれで、家では下ろしてる。私服の時はポニーテールにする時もあるし、夕香の前だと三つ編みでお揃いにしている」
「よく知ってるんだな。じゃあこれは外出用か」




 何色がいいのかと悩み始めた風丸の隣で、豪炎寺は一番近くにあった黄色を適当に手に取った。
何色でも大して変わらないだろう、つけるのは同じ人なんだし。
風丸と一緒にいるとはいえやはり居心地は良くなくて、早く出たいがためにレジへ持っていこうとする。
しかし、豪炎寺の手の中の髪留めは風丸に没収された。




「なんでそうやって適当にするんだよ。もうちょっと真剣に選んでやれよ」
「どれも大して変わらないと思う」
「そんなことないって! ほら、ちゃんと考える」



 風丸は鏡を引き寄せると、例えばと言って青を手に取り自分の髪に寄せた。
次に黒を取ると、また同じように髪に合わせる。




「色によって全然受ける印象が違うだろ」
「風丸の場合は青より黒の方が目立つ」
「そういうこと。は明るい茶髪だから、黄色じゃちょっと目立たないだろ」
「風丸は何色がいいと思う?」
「うーん、俺があげるんならやっぱ青がいいな。ちょっと嬉しくないか?」

「・・・風丸、本当にに夢を見すぎだ。悪い事は言わない、とりあえず目を覚ませ」
「豪炎寺こそどうしてそんなにを悪く言うんだよ。そんなんだからもケンカ腰になるんだろ」




 もうちょっと優しくしてやればいいのにという風丸の忠告に、豪炎寺は閉口した。
確かにここ数年、特別優しくしたことはない。
だが、知り合った当初から女の子だからといってお姫様扱いをしてこなかったし、それに関しても何も言ってこなかった。
小学校低学年の頃こそ『ちゃん』と呼んでいたが、今そんな呼び方をすると気持ち悪がられるだけである。
豪炎寺だって、ちゃんなどと呼びたくもない。
豪炎寺は髪留めから目を離すと、ふと、隣のコーナーを見やった。
なんとなく気になってそちらへ向かい、品物を手に取る。
雑誌の商品よりもこちらのネックレスの方がに似合っている気がする。
派手でもないし地味でもないし、これならば文句も言われない予感がした。




「へぇ、それも可愛いな。豪炎寺、それに買ってやれば?」
「頼まれたものと違うのを買って叱られるのはごめんだ」
「じゃあ、髪留めは俺からのプレゼントにするから豪炎寺はそっち買えよ。そしたら大丈夫だろ」
「どうして風丸が買うんだ。そこまでしてもらうつもりは・・・」
「いいんだよ。サッカー部からのお礼と、これからもよろしくってことにするから。まあ、俺があげたいってのあるけど、色は青でいっか。豪炎寺は?」




 豪炎寺は、これまたいくつかの色があるペンダントトップを見下ろししばし黙り込んだ。
そこそこ目立つ色で、似合いそうなもの。
は元気だけはやたらあるから、大人しい色よりも華やかな方がいい気がする。
豪炎寺は躊躇うことなく赤を手に取った。
わかりやすい奴だなと風丸に笑われ、憮然とする。
わかりやすいとは何だ、銀に赤は目立っていいではないか。
少なくとも青よりもにはぴったりくる。
別に対抗心を燃やしているわけではないが。




「風丸、それをいつに渡すんだ」
「え? あーそうだな・・・、試合の日しか来ないしなぁ・・・。教室行って渡すよ、他にないし。あ、渡す時ちゃんと何か言って渡すんだぞ。
 いつもありがとうとか、これからもよろしくとか」
「・・・は俺の親じゃないんだが」
「あ、そっか。じゃあ・・・」




 これを渡した時、はどんな反応をするのだろう。
気持ち悪いだとか具合でも悪いのかといった珍妙な返答が返ってきそうな気もする。
そもそも渡すタイミングもつかめない。
教室で渡すなど言語道断だ。
これ以上円堂に吐き気がするような誤解をされたくなかった。



「じゃあな豪炎寺。いいか、できるだけ優しくだぞ!」
「もうわかった」



 風丸はいったい何と言ってに渡すのだろう。
いつもありがとう、これからもよろしく。
豪炎寺はそれをに向かって言う自分を想像し、眉をしかめたのだった。






風丸さんにも下心はあるかもしれない






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