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 弱小だの廃部寸前だのと散々に言われていたサッカー部は今はもうない。
雷門中の中でも地位はほんの少しだけ上昇し、ファンもできたらしい。
そのうち各選手のファンクラブなんかもできて、『先輩差し入れです!きゃっ!』なんていったむずかゆい光景も見られるようになるのだろうか。
誰が一番人気だろう。やはり風丸か我が幼なじみだろうか。
いや、半田も案外いけるかもしれない。
は隣の座席で猛然とノートに単語を書き殴っている半田を見つめた。
よほど部活が大変なのだろう、少し眠たそうにも見える。




「よし、終わった!」
「お疲れ様。あ、半田にもファンできた?」
「うーん、昨日話したあれ、実は他校の偵察だったんだよなー。ファンと思って損した」
「偵察って、なんだか大げさだね」
「他校もやっと俺らの実力を認めてくれたんだよ、きっと」



 でもやっぱファンは欲しいよなぁとぼやく半田に、はここにいるじゃんと言い返した。
貴重な休日をなんだかんだでサッカーに費やし、一人応援に来ている女の子がここにいるではないか。
確かに半田個人を応援したことはないが、一応ファンに入るのだろう。
の反論に、半田は隠すことなく失笑を浮かべた。




はファンって感じしないんだよなー。こうさ、横断幕持って黄色い声上げて応援するとか、そういう可愛い感じのをファンって言うんだよ」
「・・・・・・」
もさ、俺にファンって認められたかったらもうちょっと努力したり、友だち連れてきたりしてさ。・・・?」
「・・・・・・る」
「は?」
「・・・・・・」




 半田は黙って立ち上がったにがたりと椅子を引いた。
ほら、そうやってまたすぐに怒る。
からかうように言った言葉が聞こえていたのかいなかったのか、は無言のまま鞄を手に持つと教室の外へと出て行く。
いつもなら半田にファンなんて過ぎたるものだとかなんとか言いそうなものだが、今日こそ彼女に勝てたのだろうか。




「あれ、? ちょうど良かった、にさ・・・」
「・・・・・・」
? ・・・どうしたんだよ、なんで」
「・・・ごめん風丸くん、また今度でいいかな・・・」
!!」



 教室の入り口でと出くわした風丸の表情が、の顔を覗き込んだ瞬間曇る。
なにやらおかしな事になってきた。
半田は空っぽになった隣の席を見やり笑顔を引っ込めた。
こちらへ歩み寄ってくる風丸の目を直視できない。



「半田、と何かあったのか?」
がどうかした?」
、泣いてたんだけど」
「げ・・・・・・」



 やばい、女の子を泣かせた。
何が彼女を傷つけてしまったのかもわからない。
やっぱりお前に何かしたんだろ、何したんだよと風丸から詰問を受け頭の混乱を更に酷くしているところに、事件を最も知られてはいけなさそうな炎のストライカーが帰ってくる。
自分を見据えてくる鋭い瞳が怖くてたまらない。
もしかしてこれは、もう知っているのではなかろうか。
頼む風丸、今だけ静かにしてくれ。
お前がそうやって俺を責めてたら、豪炎寺にも必然的に俺が犯人だってばれちゃうじゃないか。
半田は泣きたくなってきた。
いや、元々悪いのはたぶん俺だけど、頼む、ひょっこり戻ってきてくれ!




「半田」
「は、はい」
「・・・今日、円堂の代わりにファイアトルネードを受けないか?」
「すみませんほんとマジ勘弁して下さい。滅茶苦茶怒ってんじゃん豪炎寺・・・」
「怒ってはいない。ふと、そう思っただけだ」



 だからそれを怒りと呼ぶんだ。
ほんとサッカー以外じゃ不器用な奴だなこのエースストライカー。
半田は、明日の朝一でに謝ろうと決めたのだった。






































 しかし半田の期待は外れ、は翌日学校へ姿を現さなかった。
その翌日も翌々日も、半田の隣はまるでが転校してくる前のように空っぽのままだった。
顔にこそ出さないが豪炎寺の機嫌もあまりよろしくないようで、イナビカリ修練場での訓練には鬼気迫るものがある。
2回戦で対戦することになった御影専農中のストライカーにファイアトルネードを真似されたのも発奮の一因になっているのかもしれない。
の不在は、意外なところで効果をもたらしていた。
まるでこうなることを予測していたかのような消え方に、怖くもあったが。




「豪炎寺くん、ちゃんどこか具合が悪いの? ずっと来てなくて私心配・・・」
「俺もよくわからない。ただ、木野が心配するような体調不良じゃないと思う」
「だったらいいんだけど・・・」




 心優しいマネージャーにはそう言ったものの、豪炎寺はそれなりにのことを案じていた。
あの日は、円堂たちと屋上での昼食を終え教室に戻ろうとしていた時に、が真正面からぶつかってきた。
向こうから一方的に、前も見ないでぶつかってきたというのに謝罪の言葉ひとつなく通り過ぎるの腕を豪炎寺は反射的に掴んだ。
長い付き合いとはいえ、最低限のマナーは守るべきだ。
やや強い口調で名前を呼ぶが返事はない。
代わりに、強引に腕を振り解かれた。
いつも大抵人を困らせているが、今日ほど聞き分けが悪いことはなかった。
いったいどうしたというのだ。
俯いたままのの頬から雫が落ちたのを見たのはその時だった。
あのが泣いている。自分でも泣かせたことがないのに、勝手に泣いている。
初めて見る幼なじみの異変に豪炎寺は立ち尽くした。
その日以来、とは会っていない。
メールをしても電話をしても繋がらない。
どこで何をしているのかもわからない。
学校にも来ないでみんなに心配をかけて、何を言われたらそうなるというのだ。
を参らせるとは、半田もなかなかしたたかな男だ。
どこもかしこもぱっとしない少年だと見くびっていたが、実は誰もが恐れおののく毒舌家だったのかもしれない。




「豪炎寺! 帰り雷雷軒寄ってこーぜ!」
「ああ円堂」



 気まぐれなのことだ。
何かあればきっと連絡を寄越すだろう。
豪炎寺は空腹を落ち着かせるべく、雷雷軒の暖簾を潜った。







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