は、自分が同年代の女子中学生のようにきゃいきゃいと明るく華やかに振る舞える人間ではないとわかっていた。
賑やかなのは好きだが、女の子たちと恋バナをするわけでもなく、アイドルを追いかけるわけでもなく、ライフスタイルは至って地味だと思っていた。
サッカーの観戦も特段熱狂することもなく、淡々と観ているのがほとんどだった。
楽しくないわけではない。
フィールドを駆け回る選手たちはかっこいいと思うし、豪快なシュートが決まった時や華麗なプレーを目の当たりにすると『わぁ』くらいは言う。
『きゃー』は言わないが、小さく歓声は上げているのだ、一応。
ただ、それは半田にとっては物足りなくて、彼が理想とするファン像からは遠くかけ離れていたらしい。
だからって、あそこまで全否定しなくてもいいじゃないか。
これでも傷つきやすい体質なのだ。
ちょっとドキドキしただけで眩暈がしてしまうのだ、比喩でもなんでもなく。




「・・・思い出したらムカついてきた」




 はちらりと試合会場を見やった。
さすがに顔は合わせにくいし、あまり存在を知られたくないので今日は私服で来ている。
そうまでして試合へ足を運んでしまうあたりは、見事に豪炎寺の術中に嵌っている気がする。
こうやってサッカーにどっぷりと浸かって、半田が言うような黄色い声の上げ方も可愛らしさの求め方も知らないまま今まで生きてきた。
空しい、今更サッカー観戦を外せば趣味らしい趣味がなくなる。




「御影専農のストライカーが修也のファイアトルネードやったってのもムカつく」




 ファイアトルネードは夏でも冬でも豪炎寺の専売特許だとは信じて疑わなかった。
事実、今まで彼に連れられ何度も試合を見てきたが、ファイアトルネードを使うような暑苦しい選手はいなかった。
何を勝手に十八番を奪われているのだ。
新必殺技よりもそっちの方にびっくりしてしまったではないか。
もしも試合でもファイアトルネードを打ってこようものなら、そのストライカーをぶん殴りたいくらいである。




「あ、ここは電波入るんだ・・・・・・。げ、何このメールの数」



 よほど心配されていたのか、メールの受信ボックスがびっしりと『修也』で埋め尽くされている。
まるでスパムメールのような同一人物の行列にいちいち読む気も失せ、一括削除をしようとボタンを弄る。
少し申し訳ないことをしてしまった。
別に無視をしていたわけではないと後で謝っておこう。
そう考えていると、メールの内容がどんなものか気になってきた。
は携帯を仕舞うと、大きく伸びをした。
制服ではない誰かが観客席へやって来る。
はそれが誰だかわかった瞬間、新たなる観客から顔を逸らした。
ドキドキする、落ち着け心臓、そうだ、こういう時こそ逃げるが勝ちだ!
はゆっくりと後退を始めた。
不審に思われないようにゆっくりゆっくり、できる限り自然に。
カシャーンと乾いた音がして、の鞄から突っ込んだだけだった携帯が落ちる。
やってしまった。私のバカ、こういう時の詰めが甘いってそういや修也にも言われてたっけ。
落ちた携帯に気付いたオニミチがゆっくりとそれを拾い上げる。
そう、オニミチくんは優しい人だった。
その優しさが今日は痛かった。




「ほら」
「す、すみません。ありがとうございます・・・」




 さすがに礼を言う時も俯いているわけにはいかず、帽子を取ってぺこりと頭を下げる。
偶然だなと言われ、は今度こそ帰りたくなった。
カモフラージュもすぐに見破られるとは、いっそ帽子だけじゃなくてゴーグルもつけてくるべきだったかもしれない。
しらばっくれるわけにもいかずこんにちはオニミチくんと言うと、オニミチの口元がふっと緩んだ。




「今日はサッカー観戦デートか?」
「いや・・・。・・・その、ドタキャンされてうろついてたら、たまたま雷門が試合やってるって知って・・・」




 嘘に上乗せする嘘には限界があった。
デートをドタキャンするような男とはそもそも付き合いたくない。
しかしオニミチ少年は本当に優しく、そして素直な性格の持ち主らしい。
部活に一筋で約束も破るとは酷い男だと言って同情してくれる。
はぎこちなく笑うと、また帽子を被り直した。




「オニミチくんはサッカー好きなの?」
「・・・そうだな、サッカーをやっている」
「・・・サッカー部なんだ?」
「ああ」
「そうなんだ・・・」



 帝国学園のサッカー部員。
そう聞いただけで笑顔を浮かべにくくなる。
あれだけ係わるなと言われ係わるつもりも微塵もなかったのに、よりにもよってサッカー部のピンポイントストライク。
しかし、豪炎寺はオニミチという人物を知らなかった。
知らないということは、レギュラーではなくて補欠の補欠くらいなのかもしれない。
だったらまだ大丈夫かもしれない。
こちらがボロを出さなければ、だ。




「サッカーのルールはわかるか?」
「うん、そのくらいは・・・。オニミチくんはどこの人?」
「MFだ。雷門は勝てると思うか?」
「まあ、自分とこの学校だし。でも相手も強そう」



 試合開始のホイッスルがなり、豪炎寺と染岡が前線に上がる。
がおかしいと感じたのはその直後からだった。
相手チームの動きに無駄がない。
まるで、そこに豪炎寺たちが来ることをわかっていたかのようにぴたりと張り付いている。
あまりに正確で気味が悪いくらいだった。
雷門のデータがどこかから洩れていたのだろう。
そうでなければ、ここまで精密には動けない。



「・・・あれ・・・?」
「どうした?」
「ううん、なんでもない」



 前に見た時よりも、チーム全体の動きが俊敏になったように感じる。
練習を重ねた成果なのだろう、チームの技術、体力が向上していた。
初めこそ不安だったパス回しも上手く機能するようになったし、先程のドラゴントルネードは惜しかった。
データにない動きに相手も戸惑っているようだし、隙を突けるチャンスも増えそうだった。
守備を終えた御影専農が猛然と攻撃を始める。
シュートを打ちそうなのは、先日ファイアトルネードをぶつけたストライカーのように思える。
だが、それにしては背後の動きがしっかりしている。




「違う、あのストライカーはフェイントで逆からくる・・・けど、間に合わないだろうなー・・・」




 鬼道は、隣で一緒に観戦していた少女の独り言に瞠目した。
ちょうど自分が考えていたものと同じだった。
まぐれにしては的を得すぎているが、彼女は何者だろうか。
予言どおり1点を奪われ、の口からああとため息のような声が漏れる。
そして思い出したようにこちらに顔を向け、負けちゃうかもと寂しく笑う。



「サッカー部に知り合いがいるのか?」
「クラスメイトにサッカー部員はいるよ。だから頑張ってほしかったんだけどね」
「雷門はこのままだと負ける」
「このままだと、ね・・・」




 前半が終わると、はくるりとフィールドから背を向けた。
どこへ行くと尋ねるオニミチに休憩とだけ告げ姿を消す。
確かにこのままでは残り45分間も退屈な試合を展開されて負けてしまう。
そんな試合を観に来たわけではなかったし、第一、負けてほしくなかった。
化粧室で鏡と睨めっこをしていると、外が騒がしくなる。
円堂たちと相手チームが言い合いをしているらしい。
サッカーは楽しむものだと叫ぶ円堂に、そうだそうだと心の中で同調する。
静かになった時を見計らい廊下に出る。
制服ではなく目立つので、適当に誰かに伝言だけしたい。
どうしたものかなと立ち止まって考えていると、背後から不意に腕を強く引かれた。
突然の襲撃をしてきた犯人が誰なのか特定することもできないままロッカールームに連れ込まれ、壁に押しつけられる。
何をするんだと犯人を見上げ非難しかけると、と力強く呼ばれた。




「今まで何をしていた。どうして何も連絡しなかった」
「ごめん、ちょっとここ、電波の入りが悪くって」
「何を言われた。泣くほど酷い事を言われたのか?」
「まぁそれは後で話すから・・・。そんなことよりも、このままじゃ残り45分も意味ないよ」



 言いたいだけ言って落ち着いたのか豪炎寺はから離れると、わかっていると呟いた。
もたもたしている時間はない。
は先程までの試合の流れを思い出すと、修也と声をかけた。




「円堂くんの性格ってよくわかんないけど、相手があんなふざけた事してるんだったら円堂くんも相当おかしな事すると思う。
 無理なお願いも聞いたげて。修也たち、なんだかフットワーク軽くなってるからだいたい何でもできそうな気がするんだよね」
「わかった。終わったら絶対に来い。訊きたい事もたくさんあるし、3発くらいなら半田を殴ってもいい」
「修也は私を何だと思ってんの?」




 は苦笑すると、いつものように背中をぽんと押した。
さて、すぐに観客席に戻らなければオニミチに怪しまれる。
慌ただしく戻ってくると、オニミチがもう始まるぞと教えてくれる。
相変わらず苛々するような時間が続いているが直に終わる、そろそろ終わる。
ゴールを飛び出し敵陣へ突っ込んでいく円堂で、流れが変わったと確信する。
逆転をした時は思わずやったと叫んでオニミチの手を握ってしまう。
潔白症だったのか、握られた手を呆然と見つめているオニミチに構うことなく観戦していたのテンションが通常に戻るのには、大して時間はかからなかった。
































 半田は戸惑っていた。
また泣かれたらどうしよう。
今度はどう言って謝ればいいのだろう。
何を考えているのかわからないの顔を見ているだけで緊張してくる。
なんでこいつ、今日に限って制服じゃないんだよ。
余計緊張するっての。
あのとえっとしか言わない半田に痺れを切らしたのか、はあのさぁと言って話し始めた。




「言っとくけど私、今日は試合観てて『やった』って言ったからね。半田くんかっこいいとか半田くん素敵とか言ってほしいんなら、人に頼らず自分でそう言ってくれる彼女を探すこと」
「あの、ほんとごめん・・・。まさか泣くとは思わなくて・・・。しかも学校休むし、ほんと俺どうしようかと・・・」
「女の子は繊細にできてるんだから、そこらへんもう少し気を遣わないとモテないって」




 本当に一言一言いちいち余計なおまけがついてくる。
半田は何が楽しいのか、今度はにっこりと笑っているを見つめはあと息を吐いた。
彼女の相手は疲れる。サッカーの試合並みに神経を使う。
小石を投げればマグマの塊が返ってくるし、かといっていが栗を投げつければ豆腐が返ってくる。
女の子って難しい、誰かマニュアルをくれ。
このままでは女性恐怖症になりそうだ。




ちゃん、お休みはどうしてしてたの? どこか具合悪いの?」
「心配かけてごめんね秋ちゃん。両親がケンカしちゃってママに連れられて家出してたんだけど、携帯は家に忘れちゃってさ。
 あ、もう仲直りしたんだけど、娘よりテンションの上げ下げ激しい親持つと苦労してばっかり」




 普段は仲良しなんだけど、娘巻き込んじゃ駄目だよねーとのほほんと言うに、もっと半田にまつわる大事件を予想していた秋たちは拍子抜けしたのだった。






一般人の侵入を許すとか、そういうセキュリティの問題は無視の方向で






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