7.猫耳よりも鬼の角










 は、手渡された包みと手渡した人物を交互に見つめていた。
そういえばこの間の半田事件(と呼ばれるようになった)の時も教室に来ていたが、まさか本当に自分に用があったのか。
ゆっくりと包みを開けて中を確認し、の思考が停止する。
何なんだこれは。明日地球が滅亡したらそれはきっと自分のせいだ。




「え、なんで風丸くんがこれくれんの!?」
「欲しがってたって聞いたし、いつもありがとうって気持ちも込めてサッカー部から・・・という建前でプレゼント」
「いや、確かにこれねだったけど・・・・・・。ちょっ、修也、なんで人にたかってんの、風丸くん巻き込むことないじゃん! ごめんね風丸くん」
「違うんだ。サッカー部ってのは建前で、本音は俺があげたくて勝手に買ったやつだから豪炎寺をそんなに責めないでくれ。どうかな、青って好き?」
「うん、青も好きだよ。ありがとう風丸くん、大切にするね!」




 うわーうわーすごく嬉しいと満面の笑みを浮かべているはどこから見ても可愛らしい。
泣かされてもなんだかんだあっても結局試合に来ているとは、なんとも意地らしいではないか。
世間一般のよくいる女子のようにきゃあきゃあ騒ぎもせずミーハーでもなく純粋に応援してくれるは、風丸にとっては大切なファンだった。
豪炎寺には夢を見すぎだと窘められたが、風丸から見れば、豪炎寺こそに多くを求めすぎているように思えてならなかった。




「ほら、半田も風丸くんのこういうとこ見習わないといつまで経っても可愛い彼女できないよ」
「風丸、あんまりを甘やかすなよ」
「そうだ風丸。これ以上が手がつけられない子になっても責任取れるのか?」
「何だよ2人とも。を泣かせたり扱き下ろしたりしかできない奴に言われたくないよなー」
「ねー」



 あ、今、お花畑が見えた。
半田は、と風丸の周囲に花が咲き乱れているような錯覚に襲われた。





































 松葉杖生活というのはなかなか難儀なものである。
思うように身体が動かせず、日頃運動ばかりしている身としてはストレスしか溜まらない。
試合も準決勝を控えているというのにベンチで応援だ。
動けない我が身がもどかしい。
自分以外は誰もいない自宅が今日ほど広く感じたことはなかった。
トレーニングもできない今は暇すぎてたまらない。
動かないから腹も減らない。
ソファーに腰かけサッカー雑誌を流し読みしていると、手元の携帯が着信を知らせた。




『あ、修也? そろそろそっち着くから玄関の鍵開けといて」
「・・・わかった」



 きっともう家を出ているのだろう。
帰れとはさすがに言えないので、言われたとおり鍵だけ開けておく。
数分後、お邪魔しまーすと声を上げるの声と荷物を置く音が玄関から聞こえてくる。
はリビングへ入ってくると、やっぱりと言ってにんまりと笑った。



「その足じゃ家事できないだろうと思ってはるばる来てあげたんだから感謝してよね」
「頼んだ覚えはない。自分でする」
「あのねぇ、松葉杖ついて料理でもして手元狂ったらどうすんの。火傷しちゃったらサッカーどころじゃなくなるでしょ。あと、下手に動かすと感覚変わっちゃうんでしょ、そういう怪我って」



 口を動かしながらも、はてきぱきと台所に立って支度を始める。
最初からこちらの言い分を聞く気はないらしい。
お腹減ったとぼやいてるあたり、夕食を一緒に食べるつもりのようだ。
何を作る気なのだろう。冷蔵庫には何か入っていただろうか。
豪炎寺はぐるりと食品棚を見回した。
この状態でキッチンに入っても邪魔だどけと言われることはわかっているので、ソファーに座ったまま顔だけをに向ける。




、向こうの棚にパスタが入ってる」
「はいはいパスタねー。修也、2人前くらい食べる? ホワイトソースでいい?」
「いや、今日は1人前でいい。何か手伝うことは?」
「んー、じゃあテーブル拭いといて」




 振り返ることなく鍋と睨めっこをしているままのに、豪炎寺はわかったとだけ答えた。
自分でやると見栄を張っていても、実際にこうして任せてみるとほっとする。
そういえばまだありがとうと言っていなかった。
今日どころか、最後ににありがとうと労いの言葉をかけたのがいつの日だったか思い出せない。
試合に来るのも当然のように思っていた節がある。
憎まれ口を叩いているのはだけではないかもしれない。
豪炎寺は、鍋からパスタを掬い上げているの後姿を見つめた。
不思議と、今日はそこまで憎たらしく見えない。




「でっきたー! はい修也座って座って。私お腹減ってんだから」
、今日はあ「急いで作ったけど、だからって不味いとか言ったら怒るからね」
「言わないから安心しろ」
「そう? ならいいけど。いただきまーす」



 ありがとうの5文字を言わせるタイミングすら与えてくれないに、豪炎寺は憮然とした。
言おうと努力はしているのだ。が言わせてくれないだけなのだ。
美味しいかと訊かれ、美味しいには変わりないので若干不機嫌さを残したままああとだけ答える。
ありがとう、そう言ってもらえると作った甲斐あると喜ばれ、先程の不機嫌な返答を撤回したい衝動に襲われた。




、半田に何を言われた」
「あ、今それ訊くの?」
「後で言うと言ったのはだろう。言いたくないなら強要はしない」
「いや別に、今になってみれば大した事じゃなかったんだけどさー」



 私はサッカーファンじゃないんだって。
はパスタをフォークに巻きつけながら淡々と豪炎寺に告げた。
どういうことだと突っ込まれ、半田に言われたままの言葉を聞かせる。
全部聞き終えると、豪炎寺はそうかとだけ答えた。
聞きようによっては、半田の言葉は残酷極まりない言葉だった。
が泣いてしまったのもわかる気がする。
突然そんな事を言われたら戸惑ってしまうだろう。
ましてや、のように毎試合欠かさず訪れている者に対しては。




「ま、半田の言うとおりなんだよね。私ってサッカー観ててもほとんど何も言わないし、試合が終わったらさっさとスタジアム出る薄情者だし。
 修也だって私のこと、ファンだとは思ってないでしょ?」
「ファンだとかそうでないとか、考えたことがなかった」
「そうだよね、だって修也にとって私はどっちかっていうと試合のナビゲーターだもん。
 素人の意見なんて聞いてどうすんだろうってずっと前から思ってたけど、風丸くんダシにしてまで私呼ぶもんね」



 それで呼ばれちゃう私も私なんだけどさぁと続けると、は皿を持って立ち上がった。
今更観戦スタイルを変えようとは思わないし、変えられる自信もなかった。
応援してもファンとは思われない。
それはそれで寂しい気分だったが、世間に認められなくても応援はできる。
楽しいサッカーは好きだ。それさえぶれなければ後はどうでもいい。




「・・・試合会場で俺たちを応援してくれるのはだけだと俺は思う。誰かに応援されてプレーすると調子も上がる。できれば来てほしい、これからも」
「やだ、修也がそんなに真面目に言うなんて珍しー。ほんと気にしなくていいんだよ、いまさら改まって言われると逆に戸惑うってか。やっぱ怪我すると気も弱くなるのかな」




 がしゃがしゃと食器を洗いながら笑って言うに、豪炎寺も少しだけ頬を緩めた。
のことだ、きっと自分なりの答えをとっくに見つけているのだろう。
図太い神経というかポジティブ思考というか、とにかく悩み事とはほとんど無縁なが羨ましい。
食器を洗い終え今度は洗面所へ向かおうとしているの背中に、豪炎寺は声をかけた。




「悪いが今日は送ってやれない。気をつけて帰るかおばさんたちに迎えに来てもらって・・・」
「え? 今日私、修也んちにお泊まりするんだけど。あ、修也今日お風呂入る? シャワーにする?」
「風呂がいい。・・・じゃなくて、泊まりって何言ってるんだ」
「ママが、『夜道を1人で帰るの危ないから修也くんとこに泊めてもらいなさい』って。修也がノリツッコミしてるとかすごくウケるんだけど」




 お風呂沸かしてる間にお布団敷いてと勝手にスケジュールを立て始めたを、豪炎寺はすかさず止めに入った。
何を言ってるんだこいつ、いや、こいつのお母さん。
1人娘をほぼ1人暮らしの男の家に泊まらせるって、どこまで幸せ者というか世間知らずな。
だいたいだ。
こういう時だけ大人しく従って、いつか本当に事件に巻き込まれそうな危機感のなさだ。
誘われても絶対に半田や風丸の家には泊まりに行くなとしっかりと教え込まなければ。
信用されているのは嬉しい。嬉しいが、根本的に何かがおかしい。
別にをどうこうしようとは露とも思っていないが。




「怪我人には優しくするのが基本だから、今日は特別に修也に一番風呂を譲ってあげよう」
「ここは俺の家だ。あと俺の部屋には絶対入るな、近付くな」
「はいはいわかったわかった。いやー、修也んちのお風呂広くていいよねー、入浴剤入れちゃお」



 駄目だこいつ、人としての何か大切なものが完全に未発達のままだ。
豪炎寺はせっせと布団を敷き始めたにかける言葉を探すことを放棄した。







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