48.おなまえドラフト会議










 チームメイトが起き出す前に、自主練という名の早朝ランニングをしよう。
静かで少しだけひんやりとした合宿所の階段を下りていると、玄関からほにゃららと男女の会話が聞こえてくる。
チームの中では口数が多いとはお世辞にも言えない豪炎寺が、人と話している。
相手はやっぱりあの人だろうか。
邪魔していいのかな。
ここは温かく見守っておきたい気もするけど、でもそうしたら音無に立向居くんは豪炎寺先輩派なのねとか、あらぬ誤解をされそうだし。
それに、ずっと玄関にいられたらこちらも出かけられないし。
よし行こう、邪魔とかそういうことは考えなかったことにして素通りしよう。
立向居は平静を装うと、黙って玄関へと歩き始めた。
人の気配に気付いたのか、豪炎寺がふと顔をこちらへと向ける。
立向居と豪炎寺が呟くと、彼にゴミ袋を突きつけていたも振り返る。
おはよう立向居くんとにっこり笑顔で挨拶してくると、いつもどおりのポーカーフェイスで声をかけてくる豪炎寺に立向居も慌てて挨拶を返した。
豪炎寺の手に握られたゴミ袋の存在に気が付きじっと見つめていると、どうしたんだと尋ねられる。





「ゴミがどうした?」
「あ、いえ・・・。どうするんですか、それ」
「どうって、ゴミ捨て場に捨てに行くだけだけど? あっ、もしかして立向居くん何か間違って捨てちゃった?」
「い、いえ! ・・・ドラマみたいだ・・・」
「「ドラマ?」」
「俺が住んでた福岡って、夜のうちにゴミを出しておくんです。そしたら収集車は夜に来て、カラスとかに荒らされずに済みますから。
 だから豪炎寺さんたちを見ていると、なんだかドラマの新婚さんみたいで・・・」




 しまった、本当に新婚さんのようにしか見えなかったからオブラートに包むことを忘れてうっかり正直な感想を口走ってしまった。
豪炎寺との気分を害したかもしれない。
慌ててすみませんと言って頭を下げると、頭上から明るい笑い声が聞こえてくる。
怒りがいきすぎて笑いしか出てこなくなったのだろうか。
そこまで怒らせてしまったのだろうか。
どうしましょう円堂さん。
俺、取り返しのつかないことをやってしまったかもしれません。
恐る恐る顔を上げると、がけたけたと笑い転げている。
笑うの隣では、豪炎寺が渋い表情を浮かべている。




「す、すみません俺、つい本音を・・・!」
「本音ぇ? ないないありえないって、だぁって私と修也まだ中学生! ねぇ修也」
「そこまで笑わなくてもいいだろう。立向居、俺たちはそんなにドラマみたいだったのか?」
「はい! あ、いや、その、老けてるとかそういうんじゃなくて本当にですよ! そ、それじゃあ失礼します!」








 それほどランニングがしたかったのか、早口で言い残し玄関から飛び出して行った立向居を豪炎寺とはぼうっと見送った。
練習熱心で真面目な子だが、少し一生懸命すぎやしないだろうか。
新婚さんだなんて冗談だとわかっているのに、立向居は必死になって肯定してくるのだ。
健気で可愛いねと呟き豪炎寺を顧みると、相変わらずむすりとした顔に出くわす。
まったく、手のかかる幼なじみだ。
こういう時ドラマの新妻は何をしていただろうか。
今まで見てきた多くのドラマの朝のお見送りシーンを脳内で高速再生させる。
ああそうだ、確かこんなことをしていた。
は豪炎寺の片方の肩を掴みちょいと背伸びすると、耳元に口を寄せた。




「ゴミ出しよろしくね、ダーリン」
「・・・そういうことを言われると、今は冗談だと聞き流せないし都合良く解釈するぞ?」
「ああ、そういやそうだっけ。そうそう、修也私のこと好きって言ってたね! いっやぁーごめん、すっかり忘れてた」
「・・・忘れた? 忘れたならおまじないからまたリプレイしようか? 忘れられなくなるくらいまで言おうか?」




 ゴミ袋を一度地面へ置き、背伸びしてゆらゆらと体勢が不安定でいるの体を抱いてみる。
腕の中のがげっといかにも嫌そうな声を上げ、逃れようともがきだす。
覚えてた思い出した今覚えたという支離滅裂な弁解には聞こえないふりをして、先程の仕返しとばかりにの耳元で好きだと囁く。
ぎゃあああと色気の欠片もない叫びをが上げる。
ああ、ひょっとして今日の目覚ましはこれか。
豪炎寺の予測どおり、悲鳴の数秒後に4つの窓がほぼ同時に開かれる。
今日も鬼道からの視線が痛い。
UVカットならぬ、鬼道カットができる日焼け止めはないものか。




「どうした! 豪炎寺、お前はまたに・・・、今度は何をした!」
サン、朝っぱらから騒ぐのほんとやめて。あんたどこまで俺の平穏ぶち壊せば気が済むわけ!?」
「あ、やっぱりか。今日も朝から元気いっぱいだな! おはよう、今日もたくさんよろしく」
「今、ちゃんがふしだらな男に襲われたって夢でお告げが・・・!」




 あちこちの窓から次々に声をかけられ殺気を向けられ、豪炎寺は渋々を解放した。
解放した途端にばっちんと背中を叩かれたが、強さの程度こそあれ背中は元祖おまじないエリアなので精神的苦痛はほとんどない。
しかし、いつの間にやら贔屓が増えたものである。
鬼道と風丸はまだわかるが、なぜ不動と冬花まで出てきたのだ。
特に不動、こいつはの何なのだ。
鬼道ほどではないが、豪炎寺は不動のことをそれなりに警戒していた。





「ほーんとモテ期って大変」
「1人に絞ればモテ期も終了だ。俺が片をつけてやる」
「修也にしろってこと? なぁんかさあ、今更修也にしても新鮮味も面白味もないのよ。なぁんにもない今の時点で新婚さんに思われるくらいに板についてるし」
「立向居はお似合いだって言いたかったんだ。いいじゃないか別に、昔から間違えられていたから誤解を事実にするだけだ」
「そういう妥協きらーい。ほら、んなことよりもさっさとゴミ出し行った行った」




 まだ何か言いたげな豪炎寺にゴミ袋を再び握らせ、ゴミ捨て場へと押しやる。
ついでにそのやらしい煩悩その他諸々も捨てて来いと言えば良かったと、送り出した後で考えつき後悔する。




「次から、マジで忘れてても覚えてるって言っとこう・・・。超至近距離でのイケメンはさすがに心臓に悪いや、くらくらする」




 我が幼なじみはもう少し、自分が実はとんでもなく見た目だけはイケメンだと自覚すべきである。
は未だに走り続けている立向居にそろそろ上がろうかと声をかけると、一足先に合宿所へと戻るのだった。


































 鬼道くんと呼ばれた気がして振り向くと、本当にお呼びがかかったのは大嫌いな不動でむしゃくしゃする。
不動くんと呼んでいたので無視をしていると、鬼道くん聞こえてなかったのとわざわざこちらへ寄って来て下手に気を使われる。
なぜゴールネットに向かって自分を呼んでいるのだろうと疑問に思いつつも駆け寄ると、またもや自分はお呼びでなかったようで円堂と話し込んでいる。
もう駄目だ、我慢の限界だ。
なぜこのチームはこうも似通った名字の子が多いのだ。
特に鬼道と不動、これはいつも聞き間違えてはストレスを溜め込んでしまう。
そろそろ何らかの手を打つ必要があるだろう。
鬼道はゲームメーカー特権で久遠を除いたイナズマジャパン関係者を招集した。
私的な恨みつらみと議題のため、不動とにも招集を伝えてはいない。
鬼道は集まったメンバーを前に、名前の呼び方について考えたいと告げた。




「名前の呼び方?」
「俺はここ最近ずっと、不動と呼ばれ方をに混同されている。の滑舌が悪いと言っているんじゃない。あいつが不動だからいけないんだ」
「でも仕方ないだろ、鬼道は鬼道で不動は不動なんだから」
「言っておくが円堂、お前の名前も少しわかりにくい。なぜならお前も『どう』の持ち主だ」
「そういえば鬼道くんってたまに何の意味もなくキャプテンのとこに行ってるよね。さんに近付きたいだけなのかと思ってたんだけど、本当に聞き間違えてたんだ」
「そうだったのか鬼道! ごめん、俺も吹雪が言うみたいにてっきりと話したいだけなのかと思ってた」
「否定はしないが、問題の本質はそこじゃない。・・・呼ばれ方を変えようと思う」




 鬼道は堂々と宣言すると、ぽかんとした表情を浮かべている円堂たちの顔を順に見回した。
呼び間違いは時間と労力の無駄で、ストレスをためるだけの愚行だ。
こちらの願いとしては、鬼道ではなくできれば名前で呼んでほしい。
に名前を呼ばれると考えただけでモチベーションが上がる。
いい加減もう嫌なのだ。
恋敵だけが愛しげに修也と呼ばれている現実が。
自分のその恩恵を受けたくてたまらないのだ。




「端的に言えば、俺もに名前で呼ばれたい」
「だったら俺も虎丸って呼んでほしいです!」




 虎丸がはいはいと高く手を挙げ鬼道の言葉を遮る。
さんからも虎丸って呼んでほしいです、そうじゃないと不公平ですと口を尖らせ主張する虎丸を鬼道は一瞥した。
今は虎丸の呼び方の話をしているわけではないのだ。
が虎丸を宇都宮と呼ぼうが水戸と呼ぼうが前橋と呼ぼうが埼玉と呼ぼうが、知ったことではないのだ。
話の腰を折るなと叱りつけると、虎丸はますます頑なになり虎丸がいいですとごねだす。
良くも悪くも小学生のわがままだ。
しつこく、そして鬱陶しくてたまらない。




「虎丸と風丸で被るから却下だ」
「俺は別に気にはしないけど。に呼ばれて聞き間違いすることとか絶対にないし・・・」
「それは事あるごとに不動と鬼道、そして円堂とで聞き間違える俺に対しての当てつけか、風丸?」
「いやそうじゃなくて、声質でわからないのか? 鬼道を呼ぶ時のの声は、不動や円堂の時よりも可愛い」
「生憎と、俺の耳はの声ならそれがたとえどんなに酷い罵詈雑言でも美しく聞こえるようにできている」
「微調整ができないんだね、鬼道くんの耳は。トゥントゥクがまずかったんじゃない?」
「自分の性格すら上手くコントロールできていなかった吹雪には言われたくない。とにかく虎丸の案は却下だ。そんなに呼んでほしいなら自分で頼め」





 話を強制終了させてもなお、ぶうぶうと文句を垂れる虎丸には無視を決め込む。
鬼道は咳払いをすると、改めて俺の呼び方なんだがと続けた。
第一希望は有人くんだ。
慣れるまでは毎度良くて呼吸困難、悪くて心不全になりそうだが健全かつ親密度も至って高い有人くん呼びはにぜひやってほしい。
第二希望は有人さんだ。
こちらは少し上級者という名の大人向けのように思える。
ひとたび呼ばれれば、たちまちのうちに新婚夫婦をイメージしてしまうだろう。
来るべき未来に備えてのイメージトレーニングだと思えばなんてことはないが、刺激が多少くん付けよりも強いので僅差での第二希望に据えた。
他にもあれこれと考えてみたが、最終的にはこの2つのうちのどちらかに落ち着くだろうから残りは胸のうちに仕舞っておこう。
鬼道は春奈に目配せした。
心得たとばかりに大きく頷いた春奈が、手にした模造紙をホワイトボードに磁石で張りつける。
大きな紙に並べられた名前呼び候補を目にした円堂たちの目がぎょぎょっと見開かれる。
鬼道は自身の用意周到さを自賛すると、有人くんはどうだと同意を求めた。




「鬼道、その前に1つ質問してもいいか?」
「何だ豪炎寺」
は鬼道の下の名前を知っているのか? の携帯には鬼道くんと登録されているんだが、名乗ったことはあるのか?」
「どうなのお兄ちゃん、下ごしらえはできてるの?」
「・・・知っているという前提で話を進める。有人くんはどうだと思う?」
「イメージができない。鬼道は鬼道でいいだろう」
「・・・誰のおかげで俺がこんなにも必死になって名前呼びをしてほしいと思っているのかわかっていないようだな」




 鬼道と豪炎寺の間にバチバチと火花が散り、円堂は慌てて仲裁に入った。
普段はとても仲がいいのに、どうしてのことになるとこうも険悪な雰囲気に陥ってしまうのだ。
は男の友情をあっさりと引き裂いてしまう魔性の女なのか。
なぜだろう、最近はよく、は豪炎寺でも鬼道でもないまったく違う男と結ばれるような気がしてきた。
2人がこうして何の利益も生まない不毛な争いを繰り広げている間に、漁夫の利とばかりに第三者が横からを掻っ攫っていきそうな予感がしてならないのだ。
それが誰なのかはもちろんわからないのだが。




「どう思う、有人くんもしくは有人さん。答えてくれ風丸」
「悪くはないと思うけどちょっと固いんじゃないか? 愛称とかで呼んでもらうっていうのもありだと思うけど」
「愛称・・・」
「そうそう。例えばそうだな、ゆうくんとか」
「決めた、ゆうくんにする」
「えっ、そんなにあっさり決めていいのか?」
が誰よりも慕い懐いている風丸の意見だ。悪いはずがない」




 鬼道は赤色マジックを手に取ると、模造紙に『ゆうくん』と書き足した。
ゆうくん、いいではないかゆうくん。
にしか呼ばれないと思えば呼び名のレア度も☆5つだ。
ゆうくんゆうくんゆうくん。
鬼道はゆうくんと呼び笑いかけるを思い浮かべた。
場所がグラウンドでも教室でもなくなぜだか花畑のど真ん中だが、もしかするとここは未来の結婚式場の庭園かもしれない。
鬼道グループには確かこんな式場もあった。
ほわんととの幸せラブライフを想像していた鬼道は、立向居の場の空気をまるで読まない横槍で我に返った。
何だとぶっきらぼうに尋ねると、ゆうくんは駄目ですと立向居が進言する。
駄目とは、何がいけないのだ。
あからさまに眉を潜めた鬼道に、立向居は慌てて言葉を継ぎ足した。




「そのっ、俺の名前も勇気って言って、地元じゃ近所のおばさんたちにゆうくんって呼ばれてたんです・・・! せっかくの鬼道さんの呼び名が俺と被ってしまうのはどうかと・・・!」
「・・・変えた挙句、また人と被るのだけは避けたい。風丸、他にはないのか?」
「そうだなあ・・・。・・・あ」
「何だ」
「前に女子から聞いた話なんだけど、男の名前って小さい『や・ゆ・よ』が入ってたら可愛く呼べるって。
 それで俺、だからが豪炎寺のこと修也修也って呼んでるのがいつもよりもっと可愛く聞こえる理由がわかったんだった」
「確かにそれはあるかも。ちゃん、豪炎寺くんの名前すごく呼びやすそう」




 木野もわかるんだ。
わかるよ、あの『しゅーや』ってちょっと伸びてる辺りが可愛いんだよねとほのぼのとの修也呼びの考察を始めた風丸と秋を前に、豪炎寺がどやあと勝ち誇った笑みを浮かべる。
絶対的な中立の立場にいる風丸に尋ねたのが仇になった。
風丸は、に恋する男の敏感な感情とはまったく違う次元にいるのだ。
自分が思ったこと、感じたことを素直に口にするので敵にも味方にもなるのだ。
もちろん風丸は何も悪くない。
の友人である秋も悪くない。
2人はこちらと同じようにが好きなだけなのだ。
やましい思いがない分、彼らの方が清純な愛とも言える。





「俺の名前に小さなやゆよをつけると、有人きゅんか・・・」
「早まるな鬼道、それじゃに引かれる。俺でもわかる」
「ゆうきゃん・・・」
「それは何か違う気がする。明らかに鬼道じゃない」
「ゆうきょん・・・」
「やめよう! とりあえずこのミーティングやめてサッカーやろうぜ、鬼道!」




 ミーティングが大喜利めいたおかしな方向へ進み始めたことに気付き、危惧した円堂が模造紙をホワイトボードから撤去する。
鬼道が哀れで不憫でたまらない。
何が有人きゅんだ、何がゆうきゃんだ。
どうしてこんなことになったんだ。
風丸か、よりにもよって風丸が会議を屈折させたのか。
恐るべし風丸。
鶴ならぬ風丸の何気ない一声で、鬼道は今後数年に渡るであろう難治性のトラウマに罹るところだった。
円堂は未だにのんびりとのチャームポイントを秋と、いつの間にやらノート片手に会話に加わっていた冬花と話している風丸を見つめた。
いつからあんなに可愛いもの好きになったのだろうか。
性格は誰よりも男前なのに可愛いもの好きって、俺の昔なじみスッゲーマジでスッゲー。
スッゲー以外の賞賛の言葉が見つからない。






「ただいまー!」
サンいちいちうるさい」




 何処かへ不動と連れ立って出かけていたのか、鈍い光を放つ鉄パイプを片手に持ったと、おそらくは荷物持ちをさせられていた不動が食堂へと入ってくる。
イナズマジャパンカラーにするために青スプレー買ってきたからこれに塗るんだあと、鉄パイプとスプレー片手にきゃっきゃとはしゃぐに恐る恐る良かったなと相槌を打つ。
なぜまた鉄パイプなのだ。
また、何かのお気に召さないような出来事が起こったのか。
正直、ここ最近は主に監督父娘のことで心当たりがありすぎて何が原因か特定ができない。




「あっれー、みんなして1ヵ所に集まって大事なお話、ミーティング?」
「そんなところだ」
「ふぅん。私お呼ばれされてないけど、もしかして不動くんと一緒に仲間外れ?」
「違う! 不動は外したが、は呼べなかったんだ。気分を悪くしたようならすまない」
「いや、別にこっちはこっちで用事済ませてこれたからいいんだけど。なになに、何のお話してたの?」




 自分不在の中で行われたミーティングに興味を抱いたが、テーブルの上に畳まれた模造紙を捲ろうとする。
まずい、これを見られるのはに気味悪がられそうでまずい。
鬼道は慌てての手を押さえると、きょとんした表情で見つめてくるを真っ直ぐ見つめ返した。
どうしたの鬼道くんと尋ねてきたに、鬼道は意を決して口を開いた。




、鬼道と不動と円堂と、名前で呼びにくくはないか?」
「うーん、そうなの? あっ、もしかして聞き取りにくい?」
「たまに紛らわしいと思うことはある。そして、それは情報の伝達が上手くいかずあまり良いことだとは言えない」
「なるほど。じゃあどうすればいいんだろ、あだ名とか付けてみる?」
「さすがだ、冴えている。・・・、俺のことはゆ「ねぇねぇ不動くん、不動くんってリカオくんだっけ」






 ニックネーム案に合点がいったが、鬼道が要望を伝える一足先に不動へと名前を尋ねている。
リカオじゃねぇ明王だと相変わらずのぶっきらぼうな口調で答えた不動に、はじゃああっきーにすると宣言する。
ちょっと待てと、鬼道と不動は同時に叫びに詰め寄った。




サン、あんた馬鹿も休み休み言わねぇといい加減俺も切れるから! サン自分が何言ってんのかわかってんの、ああ!?」
「そうだ。なぜよりにもよって不動の呼び名を変えるんだ。変えるなら俺のことを今この瞬間から有人くんもしくは有人さんと呼んでくれ!」
「何よぅ2人とも、呼び方紛らわしいっていったの鬼道くんたちでしょー! 鬼道くんとあっきー、これなら間違えないじゃーん」
「選択肢を間違ってんだよサンの場合は!」
「そんなことないもん、あっきーの『あ』と『き』は明王くんの『あ』と『き』。ほらビンゴ!」




 確かにビンゴだ。
鬼道の怒りが不動へと向けられ、それに怯むわけにはいかず不動は空元気でふんぞり返った。
俺だって被害者だ、むしろ俺の方がより被害者だと声を大にして主張したいが、鬼道にだけは弱味を見せたくないので泣き言を言うわけにもいかない。
つくづく損な役回りだ。
不動はまた、と出会ってからもう何度目になるかもわからない人としての一般常識をかなぐり捨てることにした。
人間、いよいよどうしようもない時は自暴自棄になるらしい。





サンがその気なら、俺だってサンの呼び名今から変えてやるよ!」
「そうなの? いいよ別に、不動くんにサンって呼ばれるとなんか一之瀬くんに呼ばれてるみたいで秋ちゃんとうずうずしてたしちょうど良い」
「お望みどおりとびきり嫌になるような呼び方にしてやるよ、シャァン!」
「は? ちゃん?」
「げ・・・」
「ふぅんちゃん。いいんじゃないかな、そう呼ぶの不動くんだけだからなんか新鮮!」




 しまった、舌を噛んだだけなのにまさかのちゃん付けに決まってしまった。
ちゃんって何だそれ、男に呼ばれて気味悪くないのか。
不動はまたもや殺気を感じ鬼道へと視線を移した。
今日は寝ずの番をした方が良さそうだ。
寝込みを襲われそうで、たった一つしかないかけがえのない命が緊急のサイレンを鳴らしている。





「・・・、俺のことは・・・」
「鬼道くん? 鬼道くんは鬼道くんじゃ駄目? 私鬼道くんってずっと呼んでるし、また下手に呼び方変えてご迷惑かけるの辛い」
「有人くんと呼ぶつもりはないのか・・・?」
「有人くん? なんだか新婚さんとか彼氏さん呼んでるみたいでちょっと恥ずかしいからやだ」




 さすがは変なところで勘が冴え渡るだ。
こちらの思惑など端からわかっていたのかもしれない。
わかって上で回避をしてこちらの作戦の裏をかくとは、やはりにはゲームメーカー、戦略家としての天性の素質がある。
鬼道は改めて、自身がを好きになった理由を再確認した。
付き合えば付き合うほどに好きにさせるとは、の魅力タンクは無尽蔵らしい。




「駄目、鬼道くん?」
「・・・わかった、今までどおりでいい。その代わり、今度からもう少し俺の名前を意識して呼んでくれ」
「そう言われると意識せざるを得ないってわかってて言ってるよね、鬼道くん」




 別に、今の鬼道くん呼びが気に入らないわけではない。
また今度、例えばがあっきーなどというふざけた呼び方に飽きた時に改めて提案すればいいのだ。
鬼道は春奈と徹夜で完成させた模造紙をビリビリに引き裂くと、うっすらと笑いゴミ箱へと突っ込んだ。






























 「
「何ですか監督」
「私のことは道也監督と呼んでもらって構わない。もしくは道也さんと」
「呼ぶ予定はどこにもないです、久遠監督」






そりゃ、鬼道さんも累計100話もやってれば名前で呼ばれたくなる (アドレスバー見てね)






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