49.トラウマティック・エイリアン










 つくづく、ファンに恵まれていると思う。
ファンというか守護霊というか守護天使というか、とにかくなくてはならない存在だ。
風丸は食堂でくるくる立ち動いているを見つめ、無意識のうちに笑みを浮かべた。
を見ているだけで心が温かくなる。
温かくなるのは、以前何度も救ってくれたことがあるからだ。
可愛いなあ、ほんとには可愛いなあ。
を見つめ呟いていると、鬼道にテーブルを叩かれる。
聞いているのかとやや強い口調で言われ、ああとぼやき我に返る。
悪いがまったく聞いていなかった。
今の時間は食後の鑑賞タイムだった。
風丸はすまないと謝ると、改めて鬼道へと向き直った。




「ごめん、見てた」
「わかっている。・・・アジア予選を勝ち抜き世界大会へ進むためには、より強力な必殺技が必要だ」
「確かに、今のままじゃ敵を抜くこともシュートすることも難しいな」
「ああ。風丸、日本代表を決める紅白戦でお前が綱海を抜こうとした時のことを覚えているか?」
「俺が綱海を?」




 そんなプレイはしただろうかと、先日の選考試合を思い出す。
あの時は代表に選ばれた一心で戦っていたから、いちいちのことを覚えてはいない。
どのプレイのことだろうかと首を傾げていると、背後からはいはーいと華やかな声が飛び込んでくる。
は椅子を引きずり風丸や鬼道が座るテーブルへとやって来ると、ちゃんと覚えてるよと笑顔で口を開いた。




「えっとね、あれは確か後半始まってすぐくらいだったかなあ。風丸くんすっごいスピードで走って、それで綱海くん吹っ飛んだよ!」
「そうそうそれだぜ! よく覚えてんなー! よしよし!」
「きゃー! だから頭ぐりぐりしちゃやーっ!」
「お、悪い悪い。けどの頭ってさ、いっつもちょうどいい高さにあるんだよ」




 綱海の手が届かない場所、つまり風丸の隣へとが逃げ込む。
風丸はちょっぴりくしゃくしゃになったの髪形を整えてやると、崩さないようにふわりとの頭に手を添えた。
わあいと無邪気の喜び擦り寄ってくるににっこりと笑いかける。
鬼道は一度大きく咳払いすると、あれを必殺技にすると風丸に告げた。




「あの風に更なる磨きをかければ、強力な必殺技になるはずだ。久遠監督にも自主練習の許可は取ってある」
「わかった、その必殺技を完成させればいいんだな」
「ああ。それから風丸、少しと近すぎやしないか?」
「そうかな、いつもこのくらいだよな?」
「ねー! 風丸くん練習するの? 新しい必殺技もかっこいいんだろうなあ!」
「よし、じゃあも一緒に行こう! 色々アドバイスとかしてくれ。あと、外に出るから着替えておいで」
「うんうんやるやる!」




 一足先に食堂から飛び出して行ったを見送ると、風丸もゆっくりと立ち上がった。
練習場所は鉄塔広場でいいだろうか。
河川敷のグラウンドを使うほどの広さはいらないだろうし、あそこならばも座って見ていられるので安心だ。
河川敷のベンチは日陰がないのがいただけない。
暑い時期もあるのだから、屋根をつけてやるべきだ。




「風丸、着替えるってなんでが?」
「俺はジャージーでいいけど、女の子のをあれで外歩かせるわけないだろ。円堂、そのくらい気が付かなくてどうするんだ」
「ああそっか! だってさ豪炎寺、鬼道」
「そういうことか・・・。ただ彼ジャージーをさせればいいというわけではないということか・・・」
「ほう、あれはお前が着せたのか豪炎寺。だったら俺は彼マントをに!」
「お待たせ風丸くん! あっ、そういえばあのねっ、こないだお店行ったら風丸くんのユニフォーム売ってたから買ったんだ! パジャマにしてるから今度サインして?」
「サインかあ、考えたことないなあ。考えたらに一番にするよ。だっては俺にできた一番最初のファンだもんな!」
「きゃあそれ素敵! ぎゅってしちゃお!」




 制服姿のにマントを着せかけようと伸ばした鬼道の腕をすり抜け、が風丸に抱きつく。
風丸さんとさんはレインボーループができたんですねすごいです!
いや、あれはお花畑っていう連携必殺技なんだよ立向居。
ボールもないのにすごいですと目を輝かせるお花畑初心者の立向居に、円堂は真顔で訂正した。





























 鉄塔広場までやって来たものの、具体的にどんな練習をすればいいのかぴんと来ない。
のサッカーにおける洞察力は戦術メインに発揮されるので、必殺技のような技術的な問題については素人同然だ。
風丸とは地面にしゃがみ込み、額を突き合わせ必殺技のイメージを膨らませていた。
ぶわぁってすっごい風が巻き起こったんだよと教えてくれるが、あまりにも抽象的過ぎて実感が湧かない。
連れては来たけど、今日はちょっと間違っちゃったかな。
うーんと首を捻り、なんとかして役に立とうと奮闘しているを風丸は見つめた。





「むー、難しいー・・・」
「必殺技だからそりゃ大変だよ。ありがとう、一生懸命考えてくれて」
「必殺技は難しいからよくわかんないよー。鬼道くんは何て言ってたの?」
「風に磨きをかけるって言ってた。もっと早く走るってことかな?」
「なるほど」




 はよいしょとかけ声をかけ立ち上がると、持って来たサッカーボールをぽんと蹴り始めた。
以前、短い期間ではあったが半田にリフティングを習っていたので少しできるようになった。
ボールを落とさないようにゆっくりと慎重に蹴り続けていると、風丸が上手だなあと歓声を上げる。
お世辞でも嬉しい。
はへにゃりと笑うと、いつだったか秋が見せてくれたようにくるりと回ってボールを受け止めた。





「半田にちょっとだけ教えてもらってたっていうか無理やり生徒にさせられて、その時に覚えさせられたんだ」
「へえ。上手だなあ、可愛い可愛い」
「ほんと!? やった!」




 ボールを胸に抱え笑っていると、不意に突風が吹きの足元に落ちていた葉っぱが渦を巻く。
下から吹き上げたプチ竜巻に煽られ、のスカートがふわりと持ち上がる。
きゃあやだこの風やらしいとスカートを押さえぽこぽこと怒るを眺めていると、風丸ははっと気付いた。
そうか、これか。
風丸は着ていたジャージーを脱ぎベンチに座らせたの膝にかけると、頭にくっついている葉っぱを取ってやりながら偉いぞと褒め称えた。





「へ? なになに、私何かした?」
「必殺技のイメージがつかめた気がする」
「マジで!? すごいね風丸くん! えっ、いつ思いついたの!?」
に悪戯する悪い風見た時に。ちょっと冷えてきたからこれ膝掛けに」
「風丸くんありがとやっぱり優しい! そっかそっかあ、意地悪な風も風丸くんにかかればなぁんてことないんだ!」





 悪戯もたまには役に立つんだねとのほほんと笑うに、風丸も笑い返す。
あの時突っ立っていたを相手チームだと見立てる。
下から突風で襲えば、相手を吹き飛ばしボールを奪うことができる。
ということはつまり、回転力を磨けばいいということか。
風丸の頭の中で次々と練習メニューができあがっていく。
作りあがったメニューをに話すと、じゃあ重りがいるってことかあと尋ねられる。
さすがは飲み込みが早いだ。
こちらが何をしたいのかは的確に理解したらしい。




「どうする、私重りになって私の周りくるくる回る?」
「そんなことできないよ。だって必殺技が完成したらが飛んでっちゃうだろ」
「なるほど。そのくらい強い技なら私なんかあっという間に飛んでくかも」
「そうだろ。綱海に簡単に抱っこされるくらいは軽いんだから。が飛んでいったら捕まえるの大変そうだな」
「でも風丸くん足速いから、すぐに連れ戻してくれそう!」




 明日からは重りが要るなあ、袋の中に石でも入れてみる?
風丸とは合宿所へと並んで歩き帰った。



























 ゆったりまったりのんびりマイペースに見えて、実はあちらこちらを動き回っていそうだ。
ヒロトは鬼道と言葉を交わしてはノートになにやら書きこみ、こちらへやって来ては応援という名の発破をかけるを見つめていた。
夜も遅くまで部屋の明かりは点いているし、きちんと寝ているのか不安になる。
熱中症で倒れてしまうくらいに意外と体は繊細にできているのだから、もう少し体に気を遣った方がいいと思う。
そしてできれば、もしもにそうするだけの心優しさがあるのならば、鉄パイプはすぐに廃棄してほしい。
緑川が予想以上に怖がっている。
張り手どころかあんなの振り回されたら俺ほんとに星の死徒になっちゃうよと、夜な夜な怖がっている。
悪夢を見るので夜眠れなくて、仕方なく特訓も兼ねて夜間練習に励んでいるという。
切なすぎる訴えを聞いてしまったヒロトは、緑川の安全と安眠と平穏のためにもの早い段階での翻意を願っていた。
ヒロト本人としても、一度は撲殺の恐怖を覚えた鉄パイプは視界に入れたくない。




「ヒロト、どうした」
「うん、君の幼なじみのことでちょっと考えていてね」
が何かしたのか? すまない、後で俺からも言っておく」
「いや、何もしてないよ。さんってすごい子だよね」
「どうすごいのか、色々な方向に心当たりがあるんだが」
「サッカーだよ。・・・可愛いよね、さん」




 豪炎寺がぎょっとした、やや警戒心を抱いた顔でこちらを見つめてくる。
ああ、ライバルが増えたとでも思っちゃったのかな。
ヒロトは豪炎寺の誤解を解くべく言葉を継ぎ足すことにした。
生憎と、『観賞用』の幼なじみはこちらにもいるのだ。
豪炎寺だけが特別ではない。
むしろ、境遇としてはすこぶる彼に似ている。
同盟を結成したいくらいだ。





「俺にも女の子の幼なじみいるんだ」
「・・・人間か?」
「人間だよ、それ傷つくよ割と。覚えてる? 俺のチームに玲名・・・ウルビダっていたの」
「もちろん覚えている」
「彼女、俺の幼なじみなんだ」
「・・・それは」
「仮にも父さんに向かって全力でボールを蹴り、まあそれは俺に当たったけど。だから、さん見てるととてつもなく彼女を思い出すんだ」




 あれか。あれがヒロトの幼なじみなのか。
豪炎寺は生まれて初めて、自分よりも酷い境遇に置かれている幼なじみ持ちに出会った気分になった。
ヒロトには悪いが、彼女の比べたらの方がまだ可愛げがある。
あそこまで性格はきつくないし好戦的でもない。
豪炎寺は先程とは打って変わって、同情の眼差しをヒロトへと向けた。
やめて、そんな目で俺を見ないでとヒロトがおどけたように言い苦笑する。
ヒロトは今度はぱたぱたとグラウンドから遠ざかっていくの背中を見つめ、口を開いた。





「玲名は昔からすごく可愛くてね、今じゃとても信じられないけどちっちゃい頃は将来は俺のお嫁さんになるって言ってくれたんだ」
「・・・言われたことがない・・・」
「まあ今も可愛いけど。玲名、ふとした時に見せてくれる不器用な優しさがすごく可愛いんだ。可愛いって言ったらぶたれるか蹴られるけど。
 だから、風丸くんがさんに可愛い連呼してるのを初めて見た時は怖かった」
「風丸だから許されるのであって、俺が風丸と同じ事をやると気味悪いと言われるだろうな」
「幼なじみなんてそんなもんだよ。それで俺、さんがイナズマジャパンに入ってからずっと彼女のこと見てたんだ。
 その結果、さんは可愛くてサッカーにも詳しいけど俺の玲名にはちょっと敵わないことがわかった」
「俺ののどこが負けたのか、後学のために聞かせてもらおうか」
「いいよ、それはね・・・・・・」




 ゆっくりと、力強く宣言しようとしたヒロトの後頭部にどこからともなく飛来したサッカーボールが直撃する。
しゅうううと煙をあげボールが地面に転がり、ヒロトも頭を抱えうずくまる。
何が起こったのだ。
豪炎寺はボールが放たれたであろう場所へと視線を移した。
が額に手をかざしこちらを見下ろしている。
なのか。
今の強烈すぎるシュートはが放ったものなのか。
サッカーができないはずだったのだがまさか、ちょっと見ない間に特訓していたのか。
そうか、俺のためにサッカーを。
豪炎寺は胸が熱くなった。
今度、ファイアトルネードを教えてみよう。
連携必殺技も教えてみよう。
豪炎寺の熱い視線に気付いたがひらひらと手を振る。
は一度姿を消すと、青い髪の少女の手を引き再び現れた。
よろよろと起き上がり、少女の姿を見たヒロトが固まった。




「れ、玲名・・・。俺に会いに来てくれたんだね! 嬉しいよ! 好きだよ、君のその見え隠れする俺への愛情と優し「黙れヒロト! わざと忘れ物をしていった男が何を抜かす!」
「きゃあ玲名ちゃんかっこいい! やっぱ私も修也にはあのくらい厳しくすべきかな?」
「下心を抱く男に隙は見せるな。自分が思っているその倍の厳しさがちょうどいい」
「なるほど、勉強になるー! 私もやってみよ!」
「ヒロト、今すぐお前の幼なじみの歪んだコーチを止めてくれ。は刷り込みが激しい子なんだ!」
「どうにかなるならこうはなってないよ豪炎寺くん。いやでも、こうやって並んでみてるとますます俺の玲名がさんに勝ってるってわかるなあ・・・」
「だからそれはどこなんだ」
「スタイル」




 なるほどと納得しかけた頭に慌てて違うだろうとツッコミを入れ、豪炎寺は改めてこちらへ玲名と共にやって来るを見つめた。
話を聞かれていなくて良かった。
聞かれていたら確実に、ヒロトは出血多量で星になっていた。
は玲名ににこっと笑いかけると、これが私の幼なじみだよと紹介を始めた。




「サッカーやってる時だけは超イケメンなんだけど、それ以外はダメダメダメンズ。玲名ちゃん、さっきの基山くんみたいにどごってやって修也も良くなるならやって?」
「やっても治らない馬鹿につける薬はない。ほう、お前が・・・・・・」
「・・・何か」
「いいや。ヒロト、お前の単細胞さにはほとほと愛想が尽きた」
「尽きたとかなんとか言ってるくせに来てくれちゃって、そういうとこ好きだよ」
「自分勝手な都合の良い解釈をするな、気味が悪い反吐が出る。今日は姉さんについてきただけだ。・・・そうやって腑抜けた事ばかり言っていると、代表の座から引き摺り下ろされるぞ」
「え・・・? 姉さん・・・?」





 玲名が見据えた先を豪炎寺とヒロト、が見つめる。
近寄りがたい冷ややかな雰囲気を撒き散らす長髪の女性が、ゆっくりと少年たちを引き連れグラウンドへと降りてきた。







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