どんなに努力をしても相容れない相性の悪い人間というのは必ず存在するらしい。
はネオジャパンという幻の日本代表チームを引き連れ本家代表組に試合を申し込んだ瞳子を、好きになれないでいた。
下克上の手伝いをしてやりたいという瞳子の気持ちはわからないでもない。
むしろ理解できたから、入院をしてリハビリを余儀なくされた風丸たちをキャラバンへ戻すべく手を貸したのだ。
手を貸して、キャラバンに戻してくれるように頼んだ。
頼んで、こちらの言い分も実力も見ずに却下したのはどこのどいつだ。
同じ事をやろうと思っていたのならば、どうしてあの時阻んだのだ。
は瞳子の前例を無視した横槍に苛立っていた。
ヒロトの姉だか母だか知らないが、嫌いなものは嫌いだ。




「ということで、イケメン源田くんが相手だろうが容赦なくゴール奪うこと。わかった修也」
「何を苛々してるんだ。人をそう睨みつけるな」
「だって嫌いなもんは嫌いなんだもん。何なのよあの監督、やぁっぱ私が子どもだったから馬鹿にしたんだ」
「だから何の話をしてるんだ」
「べっつにー? 大人は勝手だなって思っただけ!」




 将来大人になっても、絶対に瞳子のような無責任で自分勝手な大人にはなりたくない。
あれは反面教師というやつだ。
はむうと眉を潜めたまま豪炎寺の背中を叩いた。
背を見せられれば何があっても、どんな心境にあっても体は無意識のうちに叩くというコマンドを選んでいるらしい。
フィールドへ向かって豪炎寺を見送ると、はベンチにどっかと腰かけた。
苛々が伝わっているのか、いつもはちゃんちゃんとまとわりつく冬花も今日は大人しい。
おかげで今日はベンチも平和だ。




ちゃん」
「なぁにあっきー。あ、あっきー連続ベンチ記録更新おめでとう!」
ちゃん喧嘩売ってんの? ・・・風丸クンどっか行ったけど、ちゃん行かなくて良かったわけ?」
「私は必殺技とかのテクニカルサポートはできないからいいの。風丸くんだってそれわかってるし、だから私最近はこっちいたでしょ」
「何がなんでも風丸クンと一緒にいたいってわけじゃないのか」
「そういうこと。身の程弁えたことするのが私のお仕事です」




 だからあっきーも早く本気出すこと。
俺だって早いとこちゃんのお守りから解放されてぇよ。
本気の出し比べを語り合う不動との前で、ネオジャパンが1点を先制する。
相当激しい練習を続けてきたのだろう。
ネオジャパンの選手たちの動きは皆素早く、連携も卒なくこなしている。
まるで、日本代表になるためだけに強くなってきたようだ。
他校の必殺技を積極的に習得するその戦法はトリッキーといえばそうだが、あまりにも個性と新鮮味に欠ける。
既存の他人の必殺技のばかり頼らず、自分自身のひらめきで新たな必殺技を作り出す。
同じ厳しい練習をするのならば、新技開発に時間を割いても良かったのではないか。
は瞳子の采配にケチをつけた。





「でもイナズマジャパンも甘く見られたよねえ。所詮はお古の必殺技で勝てるって思われてんのかあ」
「お古の必殺技に点入れられてんだから、大きな口利けねぇけどな」
「ま、そりゃそうだ。円堂くんもそろそろ新しいキーパー技覚えないときついってことか。それがわかっただけでも今日の試合、収穫あったじゃん」





 百戦錬磨の円堂たちに既出の必殺技がそう何度も通用するとは思えない。
現に、円堂も2度目のグングニルとかいう必殺シュートはきちんとセーブしている。
ゴールにもう死角はない。
残るは攻めのきっかけだ。
はベンチから去って久しい風丸の帰還を待つことにした。
話を聞いたり見たりした様子では、かなり完成に近いところまで到達していた。
この試合で間に合えば、決勝では大きな戦力となる。
はイナズマジャパンが負けるとは露とも考えていなかった。
こんなところで戦いを終えるようなチームに加わったつもりはなかったし、自分の目は節穴でないと信じていた。





「遅くなってすみません!」
「風丸くん!」




 特訓の最後の追い込みをしていたのか、汗を掻き荒い息を吐く風丸が帰ってくる。
は風丸にタオルとドリンクを差し出すと、すぐさま選手交代の用意を始めた彼に試合のあらましを伝えた。
おまじないやってくれないかなと頼まれたので、今度はおまじないの本質をしっかりと踏まえ背中をぽんと押す。
土方をディフェンスに下がらせたことで移動範囲が広くなった風丸が、虎丸と交代するや前線へ猛然と上がり始める。
立ちはだかるDFに怯むことなく、風丸はより速度を上げDFの周囲を回り始めた。





「ふおー、速すぎて見えなーい・・・」
ちゃん、見えない必殺技に付き合ってたわけ?」
「ノン。私と一緒の時はまだ見えてたの。わぁん、なんか風丸くん超かっこ良さそうなのに見えないようー」
「仕方ありませんねえ・・・。後で僕が録ったビデオをスロー再生してあげますよ」
「わ、たまには気が利くこと言うじゃん眼鏡くん! じゃあそれ、スローで引き伸ばして再生用と保存用でブルーレイ2枚ちょうだい。費用は監督持ちで」
「・・・そんな出費は許さ「道也監督、駄目?」わかった、一番いいのを買ってきなさい」




 悪女だ、魔性の女だ。とんだ女狐だ。
そう呼ばれると久遠が絶対に嫌とは言わないことを見越して言っている。
不動はの新境地を見た気がした。
いつもへらへらふわふわちゃらんぽらんにしていると思いきや、人の弱味はしっかりと握って離さない。
だから円堂もヒロトも緑川もを恐れているのだろうか。
意外と強かな子だというのに、それでもあいつらはを好きだと言うのか。
狂っている。
のどこが魅力的なのだ。
自分勝手でわがままでつかみどころがない性格で、見ていて飽きさせない彼女のどこに惹かれるのだ。
不動にはわからなかった。
付き合ってみてわかるというのであれば、わかるまで付き合ってみたいという興味もあったが。





「ああでも眼鏡くん」
さん、随分と前から何度も指摘していますが僕は目金です!」
「そうなの? じゃあ目金くん、ビデオ録るならもうちょっと全体録ってよ。空中撮影とかやらないの?」
「逆に訊きますが、それをどうやって僕に録れと?」
「方法はお任せするけど、とにかくもうちょっと全体的な流れ見たいの。風丸くんは別カメラで個別撮りしてくれて全然いいんだけど」
「確かに、今のじゃ見にくいな」
「あっきーもそう思う? 目金くん、カメラスキルも世界レベルまで上げること、わかった?」
「はあ・・・・・・」





 目金に注文をつけていると、前半終了のホイッスルが鳴る。
てきぱきと後半の指示を与えている瞳子を見据えていると、鬼道に名を呼ばれる。
攻撃は安心だという認識は一致していたらしく、鬼道と顔を見合わせ笑い合う。
瞳子監督はと、鬼道は慎重に言葉を選びながら話し始めた。





「瞳子監督が嫌いなのか」
「あの人、昔の私と同じことやってるくせに私には駄目って言ったから好きじゃない」
「昔、か・・・」
「そう、昔。終わったことだから今更どうこう言っても仕方ないし私のことは別にどうでもいいんだけどさ、なんだかすっごく半田たちに申し訳ない」
「・・・考えすぎだ。が後ろめたい思いをすることはない」
「でも、私あの人見てるとやなの。子どもでいるのが嫌で、でも絶対にあの人みたいな大人にはなりたくないって思う」
はならない。なりそうだったら俺が止める。だからそう思い詰めないでくれ」






 片付いた、片付けたと誰もが思っていたはずのあれはまだ、の中では何も解決していなかったらしい。
うやむやにしたまま時の流れに任せてしまい、そして今、ある種のトラウマとなって未だにの心に醜い傷を遺している。
傷をつけたのは瞳子だけではない。
今の今まで気付いてやればかったこちらにも非がある。
何をやっていたのだろうか。
何を見ていたのだろうか。
鬼道はうつむいたの顔を覗き込もうと背を屈めた。
不意にぱっと顔を上げられ、逆にどぎまぎする。





「ごめん、試合中に変なこと言っちゃって。それよりも鬼道くん、覚えてる?」
「何をだ」
「鬼道くんが初めて雷門で戦った時の相手チーム」
「忘れるものか。千羽山中だ。・・・まさか」
「千羽山中にこれといったシュート技はなかったでしょ。あるとしたらあれじゃない?」
「・・・あれを源田にやられると本家よりも厄介だ。しかもこの調子だと進化もしているだろう」
「風丸くんのスピードに対抗してDF変えてきたし、後半は守りに見せかけてあるタイミングで攻めるってとこかなあ」





 瞳子の作戦をいつになくびしばしと突いていくに、鬼道は目を見張った。
かつてこれほどまでにやる気に溢れ、かつ率先して物を言っていたがいただろうか。
瞳子を敵対視しているがゆえの饒舌さなのだろうか。
怒ったが怖いということは知っている。
怖いから、未だに緑川がに真実を告げられないというのも知っている。
いや、今日のこれは怒っているのではない。
本気だ、が本気を出している。
本気ののゲームメーク力を、鬼道は純粋に羨ましいと思った。
ご意見番という地位ですら、今のには物足りないのではないか。
そう思えてしまうくらいに今日のは冴えていた。





、ようやく本気を出したのか」
「本気? やぁだ、私の本気なんか大したことないよ」





 みんなして本気本気って言うけど、私の本気って何なんだろう。
は後半開始となりフィールドへ戻っていった鬼道を見つめると、再びベンチの定位置に腰を下ろした。




























 ネオジャパンのチームを率いて、日本代表イナズマジャパンに試合を申し込んだ。
それは間違ってはいなかった。
しかし、もう少し選手以外の情報も集めておくべきだった。
瞳子はイナズマジャパンのベンチに陣取りのんびりと試合観戦をしている、見覚えのある少女の存在に戸惑っていた。
ある時突然目の前に現れ、バックアップチームのみんなをキャラバンに乗せてあげて下さいと必死の形相で頼み込んできた正体不明の中学生。
彼女の素性も事情も実力も、すべてが疑わしかったためばっさりと切り捨てたはずなのに今ここにいる。
日本代表の一員としてちょこんといる。
なぜここにさも当然のようにいるのだろう。
瞳子はの存在意義を測りかねていた。
ここまででわかったのは、彼女が鬼道と対等に話をするということくらいだ。





ちゃん今日はピリピリしてんな」
「ピリピリしてるからあんまり刺激与えちゃやぁよ」
ちゃん以上に刺激的なことする奴、世界中探してもいねぇから」
「あっきーはほんとにお口が邪魔ねえ。今度そのお口、針と糸でくっつけてあげよっか。フランケンシュタインごっこがいつでもできるようになるじゃん」
「あんたはブラックジャックか。お医者さんごっこする時代はもう終わってんだよ」
「なぁんだ残念」




 不動とがごしょごしょと話をしている間に、久遠が選手交代を告げる。
話の邪魔をしてはいけないと久遠なりに気を利かせたのか、不動の代わりに飛鷹が抜擢される。
飛鷹の実力はよくわからないが、豪炎寺と鬼道、円堂も一目置いていたのでそれなりにサッカーができるようになったのだろう。
力を出し惜しみしてチームの輪を乱す不動よりも、常に全力プレイを心がける飛鷹の方が信頼はできた。
またもやベンチが決まった不動へのフォローの言葉も、いい加減回数が増えてきてネタが尽きたので今日は省略させてもらおう。





「どうして俺じゃなくてあの飛鷹なんだ・・・!」
「円堂くんリベロに上げるからでしょ」
「ああ?」
「自分だけが考えたって思ってるのかもしれないけど。円堂くんをリベロに上げたら超アグレッシブなチームになるって考えたのはあっちの監督さんだけじゃないの。
 私だって、そんなのとっくに気付いてた」
「リベロにあげるってことは守りが薄くなる。ネオジャパンはそれを狙って全力で攻めてくるってわけか」
「あちらさんはそう思ってるんだろうけど、修也と鬼道くん唸らせた飛鷹くんの潜在能力舐めんじゃないわよ」
ちゃんの飛鷹買い被りが正しいとして、じゃあなんでリベロだ? やっぱ点取りたいだけなんじゃねぇの?」
「飛鷹くん入れて守り固めちゃ、飛鷹くんの出番なくなるでしょ。ああいう人は自分しかいないって頼られている時に本気出すの。ちなみに私もそう」
「・・・ちゃん、そこで本気出すのはちゃんのためには良くないと思う。あんた、それやってるといつか自分壊すぜ」
「あっきー優しい! そういうとこ見越して保護者代理にしたから、壊れそうな時はフォローよろしく」





 不安だ。
の後先顧みない行き当たりばったりの本気の出し方が不安でたまらない。
に何があったのかは知らないし知ろうとも思わないが、もしかしては既に自分を壊した、あるいは壊されたことがあるのではないだろうか。
言われてみればこの間は豪炎寺とギクシャクしていると零していたし、ひょっとしたら、よりにもよって幼なじみに壊されたのではないだろうか。
残酷すぎる。
あれだけ近くにいる人物に壊され、それでも傍にいると決めた選択が辛すぎる。
ああそうか、この子は本当に万事においてここぞという時の選択肢を間違えてしまう星の下に生まれてしまったのか。
普段自身がどれだけ不憫な目に遭っているのかを棚に上げ、不動はに憐憫の情を抱いた。





「お古の技も使いよう。源田くんの無限の壁を破るのは、壁用に作った必殺技じゃなきゃ」





 円堂がフィールドプレイヤーとなったのだから、あれしかない。
の予測どおり、V2に進化した無限の壁破壊用イナズマブレイクがネオジャパンのゴールネットに突き刺さる
正直、イナズマブレイクが世界レベルのGKに通用するとは思えない。
しかし、これはこれでいいのだ。
すべての技を中古で揃えたのではなく、状況に応じて中古を引っ張り出すそれは立派な戦術になるのだ。
はネオジャパンに勝利しベンチへと凱旋する円堂たちを笑顔で出迎えた。
お帰りなさいと今日の功労者風丸に抱きついていると、不意に女性の声でさんと名を呼ばれる。
ああ、忘れもしないこの声は。
はゆっくりと振り返ると、瞳子をひたと見据えた。




「どうも」
「あなたは・・・、あなたには悪いことをしてしまったわ。ごめんなさい、あなたがこういう人だとは思わなかった」
「知るつもりも微塵もなかった人に今更謝られてももう遅いんでいいです。私こそありがとうございます、あなたのおかげで私の将来の夢ができました」
「将来の夢・・・?」
「あなたみたいな無責任で、子どもの言葉だからって話も聞かない大人にだけは絶対になりたくない」
さん、いくらなんでも姉さんに言いすぎじゃ・・・!」
「言わせておけ。人は、溜め込みすぎると壊れる生き物だ。私のように爆発できる子ばかりとは思えない」
「・・・詳しいんだ、さんのこと。もしかして友だちになった?」
「お互い大変な幼なじみを持つと苦労するということで話が弾んだだけだ。・・・一度壊れた心は脆いと幼なじみに忠告してやることだ。そうでないと、次はもう元には戻らない」




 心も関係性も、何もかもが崩れ去ってしまう。
玲名は、風丸の背に隠れ瞳子をむうと睨みつけているを不安げに見つめた。






青い髪の人はかっこよくしたがる症候群って病気、知ってる?






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