なるほど、言われてみればそうだ。
冬花はいつも、どこからともなくの前に現れる。
虎丸がいるという商店街への道中も、何の前触れもなく突然冬花が現れた。
そしてさも当然のようににぴたりと体を寄せるのだ。
あのを怖がらせる存在がいるとは思わなかった。
豪炎寺は、いつになくこちらに助けを求めているを見下ろした。
ここはひとつ、牽制の意も込めて手でも繋いでおいた方がいいのだろうか。
ちゃんあのね、今度一緒に帽子買いに行こうよもちろんペアハットなんだけどねと嬉々として喋り倒す冬花に適当に相槌を打っているを見ていると、
なにやら双方がかわいそうになってくる。
一生懸命のアタックが実を結ばない冬花の努力には非常に共感する。
打っても響かないの相手は、根気良く取り組まなければとてもじゃないが長続きしない。
一方で、何やかやと言い寄られているの気持ちもわからないでもない。
興味の対象外のやかましい女子から迫られる時間ほど億劫なひと時はない。
おそらくも今はそんな感じだろう。
相当ストレスが溜まっているに違いない。





「私、ちゃんには白とか似合うと思うの。白に青のリボンとかどうかな?」
「うーん・・・・・・」
「あっ、でも私が青にするからそうなったらちゃんはピンクかな? 秋さんは緑!」
「そうね、今度みんなで探しに行こっか」
「秋ちゃんもついて来てくれるなら行ってもい「ひゅー! 可愛いじゃん彼女たちぃ!」うるさいやかましい、とっととどっか行って、ぶつわよ」





 けたたましく自転車のベルを鳴らしながら現れた不良を、は顔を見ることもせず一喝した。
初対面の相手にいきなり『ぶつわよ』とは、やはりかなり苛々しているらしい。
このままだと本当に張り手を飛ばしそうだ。
悪いことは言わない、不良だか非行少年だか知らないが早くの前から立ち去った方がいい。
円堂や豪炎寺の願いと忠告をあっさり跳ね返した不良が、おおっとなど大げさに声を上げ冬花の腕をつかむ。
性格はあれだが、所詮はただの女子中学生に過ぎない冬花の力では不良には敵わない。
厄介事になる前に穏便に済ませようと思いやや強い口調で手を離せと言うが、調子に乗った不良は聞く耳を持たない。
駄目だ、いい加減が切れる。
豪炎寺は心中でブチ切れカウントダウンを始めた。






「あぁん? 痛い目見たくなかったら引っ込んでな」
「あっれー? よく見たらお宅のチャリ、私見たことあるかも」
「はあ? ・・・げっ、お前あの時の・・・!」
「やっぱあるよねえ。不動くんと一緒に鉄パイプテイクアウトしてる時にいちゃもんつけてきたでしょ。ちゃーんとあの後溶接して修理したの?」
「・・・はっ、んなこた今はどうでもいいんだよ! それよりもこの女、このままでいいのかあ?」
「そうだよちゃん、早く私を助けて!」
「冬花ちゃんが好みならどうぞどうぞ。べっつに私に関係ないし行こ、修也」
「そんな・・・! 『私の大事な友だち・・・ううん、私の大切な人を手篭めにしようだなんてそんなの許さないわ! 私が相手になってあげる、かかってきなさいこの下衆男が!』って
 啖呵切って助けてくれるんじゃなかったの・・・!?」
「修也、おじさんに頼んで早急に冬花ちゃんのためにベッド用意させたげて」





 あらやだこの女の子たち、可愛いけど怖い。
腕をつかむ相手を間違えてしまった。
見た目が一番大人しそうな子を選んだのだが、とんだ見かけ倒しだった。
選ぶなら濃緑色の髪の子にすれば良かった。
ちゃんの意気地なし、でもそんなところも好きと叫び自力で手を振り払い、拘束していた少女が逃げ出す。
あ、しまった、もしかしてこの後マジでぶたれる?
チャリだけは勘弁してくれ、チャリには手を出さないでくれ。
思わず身構えた不良―――唐須を、ははあとため息をつき見下ろした。





「ナンパする相手間違えてんじゃないわよ。次ナンパする時は一番可愛い私にしなさい、わかった?」
「さすがちゃん、そうやって遠回しに私を庇ってくれるなんてやっぱり素敵・・・!」
「・・・ねえ秋ちゃん、今からでもイナズマジャパン抜けてもいいかな」
「私と音無さんでカバーするから! ごめんねちゃん、もう冬花さんと2人っきりにさせないから」
「うん、うん、ほんと私、今回ほど我が身に危険感じたことないんだよう・・・!」
「・・・豪炎寺、鬼道と共同戦線張った方がいいと思う。風丸も入れてどうにかしないとほんと、に申し訳ない」
「鬼道と相談してみる。円堂、お前は気にするな」




 豪炎寺に気にするなと言われても、当のは奇妙奇天烈な連帯保証人制度をフル活用してこちらに謝罪などなど求めてくるのだ。
女の子って怖いな、そういや夏未も最初の頃はやたらと怖かったっけ。
円堂は商店街の入り口で待ちかねていた春奈に抱きつき事の次第を報告している女子組を、複雑な思いで見守るのだった。
































 ベンチで不謹慎にも欠伸を連発する不動の剥き出しの頭皮に、柔かくチョップを落とす。
何すんだよサンと言われるが、それはこっちの台詞だ。
ベンチにいようがフィールドにいようがイナズマジャパンの選手なのだ。
ちゃんと試合観なよと叱りつけると、不動はぷいと顔を逸らした。





「ずっとそうやって観てたらまたぶっ倒れるって」
「確かに今日も暑いよねえ。日焼け止めしたけど首とか焼けそう」
「このクソ暑さの中ちょこまか動いて、あいつら体力保つのか?」
「あちらさんラフプレーばっかだけど、わざとそうやってるって感じもするしちょっと不安だよね」





 イナズマジャパンのアジア予選第二試合の対戦相手はカタール代表デザートライオンだった。
疲れを知らない体力と当たり負けのしない足腰の強さを持つ彼らに対抗できるように突貫工事に等しい体力強化を図ったのだが、
果たしてたった数日間の練習で太刀打ちできるのかといったらは自信がなかった。
カタールはとても暑い国だという。
年がら年中暑苦しい土地でサッカーをするデザートライオンと付け焼刃のイナズマジャパンとでは、底力が違うと思う。
先日の暑さごときでダウンしてしまった正真正銘か弱い美少女には何も言えないが、はラフプレーを受け全力疾走してと縦横無尽にフィールドを駆け回る、
特に中盤に不安を感じていた。
ひょっとしたら後半、スタミナ切れを起こしてしまうのではないだろうか。





「デザートライオンって個人技もいいんでしょ?」
「らしいな」
「じゃあ、吹雪くんのウルフなんとかが微妙に外されたのも考えのうち?」
サン意外と観てるじゃん」
「どうよ、見直した?」
「いいや全然。・・・サンが多少スペック高いことは人伝に知ってる」
「ん? 何か言った不動くん」
「何もねぇよ。ほーら、大好きな風丸クンのコーナーキックだぞ」
「あっ、ほんとだ! きゃー風丸くんいっけー!」




 とんとんと軽く2,3度ジャンプした風丸が勢い良くボールを蹴る。
大きく上がりすぎた軌道に風丸らしからぬミスを疑うが、ああという嘆息はたちまちのうちにわあという歓声に変わる。
1人でスタンドで観戦していた時はわあもきゃあも言わない物静かなファンだったが、人と一緒に観ているとテンションが上がる。
殊に風丸のプレイだとそれは尚更だ。
風丸の一挙一動にときめかない女の子など、それは女の子ではない。
そうだ、女の子は男の子にときめく生き物だ。
間違っても女の子に一目惚れはしない。
先日の冬花ショックを思い出し、はベンチの上でずーんと膝を抱えた。





サン、テンションの上げ下げ激しすぎ」
「そりゃ不動くんはいいでしょ、モテ期とか関係ないんだから」
「喧嘩売ってんのサン」
「保護者代理ならそれらしくちゃんと私守ってみなさいよ」
「一度も了承したことねぇんだけど」




 素早いパス回しで相手を翻弄し、あっという間に2点を先取した選手たちをは見つめた。
前半だけでかなり疲れているように見えるが、やはり暑さが疲労を更に加速させているのだろうか。
ハーフタイムとなりベンチへと戻ってきた彼らにタオルとドリンクを差し出すと、は鬼道に歩み寄った。




「前半いっぱい走ったけど、後半はいけそう?」
「奴らのプレイがあれなら、後半も充分凌げるだろう」
「だったらいいんだけど、なぁんか前半無駄にぶつかられて走らされた感じがしない?」
「確かにラフプレーは多かったな。だが、当たり負けをしたという印象はなかった」
「うん、負けてはなかったよ! ・・・でも後半、もしかしたらいっぱい選手代わるかも」
「わかった、考えておく」





 日頃から規則正しい生活を送り適度に鍛錬を積んでいる鬼道ですら、いつもよりも息が上がったいた。
鬼道でこうなのだから、他の選手たちはもっときついはずだ。
仮に選手を入れ替えたとしても、後半組とフル出場組の呼吸が合うとは思えない。
かといって、フル出場組のペースに合わせていると確実に相手に攻め入る隙を与えてしまう。
比較的動いていなかったFW陣も時間が経てばシュートの威力も精度も落ちてくるし、そうなると追加点は見込めない。
守ってばかりの戦いは辛い。
後半はMF、DFに枠ギリギリの選手入れ替えがありそうだ。
はそう予測を立てた上で、後半出場となりそうな面子を見やった。
虎丸が不安だ。
今日もあの腑抜けたプレイをするつもりなのだろうか。
するとわかっていれば、出場前に張り手を飛ばしたいのだが。






「ん」
「虎丸だが」
「カットしてパス繋ぐのは宇都宮くん上手だからたぶん交代する。今日もあんなだったらあれぶち込んどいて」
「わかった。は体はいいのか? あまり無理はするな」
「平気平気。もう、私の心配じゃなくて自分のこと見れば? 修也も結構疲れてるでしょ。炎だけじゃなくてマジンも呼ぶから疲れるんだよ」
「驚くかなと思ったんだけど、は嫌いか」
「べっつにー? まあ、私はマジンに頼るくらいならもっと可愛いペンギンさんとかライオンさんがいいって思ってるだけ」
「ライオン出したかったんだ。でもマジンしか出て来なかった」
「円堂くんに返品しておいて、そのマジン。それかマジンはマジンでもイケメン連れて来い」





 ハーフタイムが終わり、豪炎寺の背中をぽんと叩きフィールドへ送り出す。
FWを3人に切り替え攻撃的になったデザートライオンが、後半開始早々攻め上がる。
前半とはまるで違う荒々しくタフなプレイに耐えきれず、次から次にディフェンス陣が突破される。
シュートされるたびに円堂がゴールを死守しているが、それもいつまで続くかわかったものではない。
何度目かのデザートライオンの攻撃を受けた後、緑色のフィールドに違う緑が倒れこむ。
倒れたまま動かない緑川をベンチに収容し、変わりに栗松を投入する。
栗松は元気いっぱいだが、彼のプレイについていけずパスが上手く繋がらない。
こうなるとは薄々感付いていたが、やはり実際にそれを見るともどかしくなる。
センタリングに反応した綱海と力勝負で挑み押し切った相手FWが強烈なヘディングを綱海もろともゴールに叩き込み、あっという間に1点が奪われる。
選手を代えなんとか追加点を加えたいが、北国育ちの道産子吹雪が必殺技をあっさりと止められたことにショックを覚えたのか疲れが溜まりすぎたのか倒れると、
は無言で立ち上がり虎丸の前へと向かった。





「監督、宇都宮くんですよね」
「そうだ」
「・・・宇都宮くん、サッカー好き?」
「はい!」
「そ。じゃあ楽しいサッカーやってる?」
「え・・・?」
「どうなの? 大好きな修也たちとサッカーしてて楽しい?」
「楽しい、です」
「ほんとに? 本気のプレイしてなかったから私、容赦なく張り手飛ばすからね。結構痛いらしいから油断しちゃ駄目よ、私の張り手」




 確かにあれは痛いと、横になったまま緑川がには聞こえないくらいの大きさでぼそりと呟く。
事情を知るヒロトが微かに笑い、緑川の頭を撫でる。
噂には聞いていたがそんなに痛かったのか、あの張り手は。
我が幼なじみが放った渾身のシュートといい勝負をしそうだ。
はフィールドへと向かう虎丸にもう一度話しかけた。
何をやるかわかってるよねと尋ねると、はいと元気な声が返ってくる。
返事だけは立派だ。
虎丸は、やるべきこともきちんと理解している。
ただ、足りないだけなのだ。





「相手のパスをカットして前線まで送ります。そうですよね?」
「お疲れモードの修也にパス送んなくていいから、自分で決めてきて。
 いつまでもふざけたプレイばっかりやってたら私も修也もマジ切れするし、修也かなり苛々溜まってボール宇都宮くんにぶつけかねないから」
「でも、俺よりも・・・」
「そりゃいつもの修也だったら宇都宮くんよりもかっこよくて強いシュート打つよ。マジンはいただけないけど。
 でも、見ての通り今の修也はそんなに強くないから、エースストライカーの座を奪っておいで」





 言いたいことは言って若干発破もかけたが、虎丸はわかってくれただろうか。
いいや、彼はまだこの期に及んでもわかっていないようだ。
絶好のシュートチャンスをふいにしてあくまでも豪炎寺にパスを回し、得点の機会を奪い。
勝ちたい気はあるのだろうか。
サッカーを楽しみたいと思っているのだろうか。
実家の手伝いと両立してでもサッカーを諦めない情熱を持っていて今日は最愛の母も応援に来ているというのに、それでもなおサッカーを冒涜するのか。
苛々する。やはり、先に張り手を飛ばしておくべきだった。
もっぺんアイアンロッド引っこ抜いてこようかなあとぼやくと、隣に座る不動がぎょっと目を見開いた。





サン、あれまだ持ってんの!? 鳥除けにリストラしたんじゃねぇの!?」
「土を落とせばまだまだ現役復帰できるよ。それに錆びてたらまた新しいの拾ってくればいいし」
「あの倉庫、こないだ解体されてたぜ」
「うっそマジで!? じゃあまた新しいとこ案内してよ不動くん」
「そんなもん振り回さなくても、それこそ鬼道クンと幼なじみクンに守ってもらえよ」
「守ってもらうどころかその真逆のことが起こったから欲しいの。不動くん知らないだろうけど、私と修也意外とまだギクシャクしてる」
「あれでギクシャクなら、今までどれだけ夫婦してたんだあんたら」





 後半も終盤になっても勢いが衰えないデザートライオンに攻め立てられ、必殺のミラージュシュートを弾いたもののコーナーキックを与え再びピンチに陥る。
ショートコーナーで意表を突かれ同点とされ、は改めて虎丸を見つめた。
これからロスタイムだ。
延長戦に突入すると勝ち目はない。
まだか、まだふざけたプレイを続けるつもりなのか。
相手ゴール前へとボールを持ち込むもパスを回してきた虎丸に切れた豪炎寺が、強烈なシュートを虎丸へとぶつける。
いつかやるだろうと確信していたが、ようやくやった。
腹にぶち込むかと思っていたが当たったのが肩だったあたり、豪炎寺も相当疲れているのだろう。
いつもの彼なれば狙い過たずど真ん中にお見舞いしている。
ベンチからはよく聞こえないが、フィールド上で豪炎寺や円堂がなにやら虎丸に話しかけている。
どうせふざけるなとか馬鹿にするなとか、本気出せとかいった発破をかけているのだろう。
本当に、きちんと自分の力を発揮してほしかった。
力の出し惜しみをして世界一になれるほど世界は甘くない。
日本中の最高のプレイヤーが全力を尽くしてもなお得点を与え、阻止されてしまうのが世界なのだ。






「不動くんも本気出さないといつまでも試合出してもらえないよ」
「だったらサンも本気出せよ。あんた実は全部知ってただろ、あいつが本気出してないことも後半潰れることも、前半のラフプレーが作戦だったことも」
「・・・ということを、気付いててもお口に出さない不動くんもまだまだ出し惜しみ。不動くんってほんとゲームメーカー。
 たぶん監督、不動くんとのベンチトークで私の実力見極めてたんじゃない?」
「間接的にはサンのせいで俺はベンチだったと。サン、あちこち早く成長してくんねぇかな」






 円堂たちの言葉で虎丸がようやく奮起したのか、以前とはまるで違う凄まじい動きを見せ始める。
ディフェンス3人をゴボウ抜きし、激しいチャージも難なくかわし、態勢を崩されても倒れない天性のボディーバランスを活かしあっという間にゴール前へと躍り出る。
必殺技のシュートがゴールに突き刺さった直後に試合終了のホイッスルが鳴る。
まったく、最後の最後まで人を苛々させ焦らしやがって。
は嬉々とした表情を浮かべ帰って来た虎丸に一言言ってやろうと思い腰を上げた。
さぁんと言って飛びついてきた虎丸を慌てて受け止める。
俺頑張ったんですよぅ褒めて下さい撫でて下さいとせがむ虎丸に戸惑い、豪炎寺へと視線を向ける。
渋い顔をしてこちらを見つめていた豪炎寺が、むっすりとしたまま口を開く。





「何か余計なこと言っただろう、
「へ?」
「エースストライカーの座がどうとかとか・・・」
「ああ言った言った。ていうかなぁにこの宇都宮くん、随分と甘えたさん」
「まだ俺、小6なんです! 小学生なのにこの頑張り、あのシュート、すごくないですか!?
 エースの座なんてすーぐにいただいて豪炎寺さん越えてみせますから、そうしたらもっと俺のこと褒めて下さい!」
「私、別にエースの嫁でもなんでもないんだけど。いや、そりゃずっと昔世界で一番くらいにすごいサッカー選手になったら結婚考えてもいいよとは言ったけど」
「じゃあ俺、世界一のプレイヤーになります! 俺、まだ本気出してませんからね!」




 何に対してどんな本気を出すというのだ。
豪炎寺とは虎丸を間に挟んだまま、顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。






私はこの原作の本、読んだこともないしこれから読むつもりもない






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