47.もしもイナズマジャパンのご意見番が猫どころか虎の皮を被った選手と話したら










 先日のオーストラリア戦で感じたかもしれない違和感は、本当に気のせいだったのだろうか。
は、アジア予選二回戦に向け練習に励むイナズマジャパンを見つめ首を捻った。
綱海の新必殺技とそれの二番煎じのような豪炎寺の新必殺技ですっかり置き去りにしたまま忘れていたが、あの試合は後でビデオで確認してみるとなかなかどうして
虎丸がおかしな動きをしていた。
エースストライカーに遠慮したつもりなのか、自らのシュートチャンスを潰してまで豪炎寺にパスをして。
は良くも悪くも豪炎寺の実力に関しては円堂や久遠、鬼道たちの誰よりもわかっている自信があった。
エースストライカーだろうが、今の豪炎寺のパスを回したからといって必ず得点できるわけではないのだ。
FWならば豪炎寺でなくてもヒロトや吹雪がいる。
確かに、フィールドでボールを蹴っている彼はとてもかっこいい。
それは初めて出会った時から揺らぎようのない事実だから認めている。
しかし、だからといって何が何でも彼に任せる必要はどこにもないのだ。
は、豪炎寺とゴール前での連携練習を続けている虎丸を見つめた。
豪炎寺にナイスパスだと褒められ照れている。





「練習じゃきらきらしてんのに、試合じゃなぁんか変なんだよねえ・・・」
「私は、ちゃんはいつもキラキラ輝いてると思うけど」
「今ね、私の話してるんじゃないのよ冬花ちゃん。ほんと冬花ちゃん、いつの間に私の傍に来てるの?」
「うふふ、知りたい?」
「いんや、知るのが怖いからいい。そういや春奈ちゃんと秋ちゃんは? いないけどやぁだ、代わりに私がマネージャー業しなくちゃ」





 ドリンクとタオルを支給すべくベンチへと向かう。
冬花もストーカーのごとく後ろについてきているあたり、手伝ってくれるのだろう。
それにしても今日は暑い。
ジャージー焼けや短パン焼けをしそうなくらいに暑い。
我が身を守るために短パンの下にスパッツを履くようになったから尚更暑い。
はせっせとタオルを手渡しながら空を見上げた。
今すぐ冷たいシャワーを浴びたい。
なんだろう、最近は『脱ぎたい』と『シャワー浴びたい』としか考えていない気がする。
不審者が持つ不審者菌に感染して、露出狂の芽でも生えてきたのだろうか。





「あっつー・・・。シャワー浴びたぁい・・・」
「ねぇちゃん、今度一緒にお風呂入って背中の流しっことかしようよ。私憧れだったんだ、大好きな人の背中流すの」
「大好きって、そんなのダーリンにしてあげなよ。冬花ちゃん暑さでいつも以上に頭いかれてんじゃないの?」
「え? 私、ちゃんのこと大好きだよ? 一目惚れってこういうこと言うんだろうなあ」
「・・・よーしよくわかった。円堂くん、ちょっとそこに直りなさい」
「冬っぺ! 今度はに何言ったんだよ!」
ちゃんに一目惚れしたって言っただけ。守くんもちゃん、可愛いと思うでしょ?」
「えっ! あ、いやそうかもしれないけどほんと、なんで俺に・・・!」
「幼なじみカッコ仮の不始末の後片付けするのは幼なじみカッコ仮の役目って常識でしょー! ほんっともう何なの、モテ期もここまできたらただの・・・」





 猛暑の中怒りのボルテージを上げ頭に血を上らせたことがまずかったのか、急に視界が狭く、そして歪んでくる。
円堂の顔が2つにも3つにも見え、足元がぐらぐらする。
あ、まずい。これはいつだったか経験したことあるセルフ地震だな。
地球の重力に引きずられ後ろへと傾く。
昏倒したを、たまたま後ろで縮こまっていた緑川が慌てて受け止める。
鬼の霍乱だ。緑川は思わずそう呟いた。





「えっ、!? !?」
ちゃん、すっごく頭とか顔とか熱い・・・」
「熱中症かもしれない。緑川、悪いがを運ぶのを手伝ってくれ」
「えっ、俺が!? でも俺・・・」
「・・・寝てるは人畜無害だ」
「起きてる彼女が有害かもしれないっていう考えはあるんだ・・・」
「張り手を飛ばされたのは俺の方が先輩だ」




 の異変にさすがにまずいと思ったのか、冬花もあたふたと氷と救護室の支度のため合宿所へと戻る。
豪炎寺は緑川からを受け取ると、そっと抱え上げた。
体はじっとりと汗ばんでいるし、なによりも呼吸がきつそうだ。
大丈夫かなあと不安げな表情を浮かべ覗き込んでくる緑川には、安心しろと伝える。
今回は緑川が何かをしてが倒れたわけではなく、むしろ彼が背後に控えていたおかげでが頭を強打せずに済んだのだから、そのように沈んだ顔をする必要はないのだ。





「体調管理も仕事のひとつだというのには・・・」
「監督、今のあなたがやるべきことはの見舞いではなくて俺たちの指導です」
「・・・私がいなくとも別に」
「鬼道が言うとおりです。監督がいなくてもは大丈夫です。・・・そういうことを言ったりやったりするからおばさんに伸されるんだ」
「伸されてはいない。その証拠に私は怪我ひとつしていない」




 肉体の損傷どころか、人生に瑕がつきそうだったと久遠は知らないのだろうか。
ミサイルまで鬼道財閥の財力によって打ち込まれようとしていたと、久遠は気付いていないのか。
豪炎寺はなおもに近づこうと画策しているだらしのない大人の相手と牽制を鬼道たちに任せると、緑川を連れ合宿所へと入っていった。






























 荒療治にも程がある。
緑川は眠ると共にぽつんと取り残された医務室で静かに混乱していた。
オーバーワークだ少し休めと豪炎寺にずばり言い当てられ、練習に戻ることを禁じられた。
大丈夫だと言い張り意地でも戻りたかったが、生憎と指摘が図星だったので戻ろうにも戻る体力がなかった。
基礎体力と身体能力の強化が必要と言われ、張り切りすぎてしまった。
エイリア石を使っていない今は、普通の中学生として人一倍鍛錬に励まなければならない。
そう思っていると、いつの間にやら限界以上の運動をしていたらしい。
正直なところ、豪炎寺に止められていなければ今頃こちらも倒れていたかもしれない。
でも、だからってよりにもよっての看病を任せることはないだろう。
寝ているから大丈夫だと言われたが、起きたらどうすればいいのだ。
起きて、やだ緑川くんってあのカビ頭だったのとか言われたらどうするのだ。
・・・いや、言わないだろう。
言う前に問答無用で第二の張り手だ。
イナズマジャパンに入ってわかったが、このお嬢さんは常日頃からなかなか手厳しい言葉をさらりと口にする。
ともすれば口よりも先に手が出かねないが、弁解の時間など与えるはずがない。
永久歯と永久訣別してしまいかねなかった。






「・・・豪炎寺のこと、やっぱり好きなのかなー・・・」




 確かあの時も、豪炎寺を庇って仁王立ちしていた。
自らの危険を顧みず飛び出すことは、実はとても難しい。
同じ事をやろうと思っても、いざ現実を前にすると足は竦むし本能がやめろと警鐘を鳴らす。
そんな躊躇いをものともせずに庇ってみせたはきっと、豪炎寺のことが形はどうであれ大切だと思っているのだ。
2人の詳しい関係はよくわからないが、緑川は勝手にそう思っていた。
主語や目的語を省いた言葉でも会話が成り立っているのだ。
他人が聞けば暗号と思ってしまうような会話も、2人の間ではきちんとした形になっているのだ。
道理で夫婦にしか見えないわけだ。
喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったものである。





「ん・・・・・・」
「ひっ・・・!」




 ベッドの中のがくぐもった声を上げ、緑川は思わず椅子から立ち上がり壁際まで後退した。
どうしよう、本当に起きてしまったのだろうか。
いや、起きてもらわなければこちらとしても不安なのだが、2人きりの時に目覚めてしまったのか。
むーと唸り声を上げながらがむくりと半身を起こす。
頭が痛いのか、片手はずっと頭に添えたままだ。
緑川は慌てて冷凍庫の中から氷嚢を取り出すと、おっかなびっくりに突き出した。




「はい、これ・・・・・・」
「ん? あ、ありがと! えーっと・・・」
「緑川、緑川リュージ」
「そうそう緑川くん! んん? なんで緑川くんここにいるの?」
「看病させられてるっていうか何と言うか・・・。も、もう大丈夫?」
「うん、なんか頭がガンガンするけど平気だよ。ところで私、なんで寝てるの?」
「熱中症で倒れたから、豪炎寺と2人で連れて来たんだ」
「へえ! なんだかいっぱいありがとう! そっかあ、道理で暑かったわけだよねー」
「ぼっ、帽子とか被ったらいいんじゃないかな。あと、水分補給もこまめに摂ったり・・・」
「ふむふむなるほど。緑川くん詳しいねー!」






 へにゃりと微笑まれ、緑川はぎこちなく笑い返した。
恐怖の対象が、熱中症でややくたびれてはいるが今できうる限りの最高の笑顔を見せている。
こんなに笑顔が素敵な子なのにあれなのだ。
一介の女子中学生の力とは思えないほどに凄まじい威力を誇る張り手を飛ばしてくるのだ。
笑顔に油断してはならなかった。
この子は、笑顔の裏にとんでもない化け物を飼っているのだ。
緑川は、ともすれば引きずり込まれそうになるのゆるゆるとしたテンポから逃れるべく気を引き締め直した。





「緑川くんもあんまり根詰めて練習しちゃ駄目だよ。頑張りすぎたら本番で使い物にならなくなったりしやすいから」
「うん・・・」
「まあ、かくいう私も宇都宮くん観察してたらバターンしてたんだけどね。実は2回目なのよ、バターンするの」
「二度あることは三度あるって言うし、気を付けた方がいいよ」
「そうする。・・・にしてもうーん・・・、緑川くんみたいな喋り方するキチガイ、前に会ったことある気がしたんだけどなあ・・・。
 緑川くんってもしかして「ちゃん、目が覚めたって今私の直感が!」






 が話の本題を尋ねようとした直後、冬花がばあんと大きな音でドアを開け医務室へ乗り込んでくる。
直感って何だそれ、まあ何でもいいけど久遠さんナイスアシスト!
緑川はほっとした表情を浮かべると、冬花の乱入で明らかにうろたえているを見捨て部屋から飛び出した。
待って緑川くん私を1人にしないで、せめて風丸くん呼んできてようと譲歩でもなんでもない救援を求めているようだから、風丸が暇をしていたらそれとなく伝えてみよう。
このまま何もせずにいては、また別件で恨まれそうな気がする。
女の恨みは買わないに越したことはないのだ。
触らぬ神に祟りなし。
緑川はお決まりの諺をぽそりと呟いた。





「あう、待って緑川くん!」
ちゃん、もう大丈夫? 汗掻いてるなら着替える? こっちのジャージーの方が似合うよ?」
「ちょっ、言ってる傍から脱がしちゃやー! 着替えるなら自分でやるからっ、何そのビデオカメラ!」
「春奈ちゃんのちょっと借りたの。これでちゃんの寝顔とか着替えるとことか撮ろうと思って」
「春奈ちゃんが知ったら超怒るって! きゃあああ私にそんな趣味はないきゃあああ!」





 おちおち休んでもいられない。
はおそらくは冬花が用意したであろう制服を引き寄せ胸に抱くと、避難場所へと逃げ出した。
どんどんと乱暴にドアを叩くと、うるさいという言葉と共にゆっくりと開けられる。
わずかに開いた隙間に体を滑り込ませすぐさまドアを閉める。
どうしたんだと声をかけられ、は荒い息の中避難と答えた。





「避難って、誰から逃げてるんだ」
「冬花ちゃん。ほんとやばいってあの子、私近いうちに冬花ちゃんに食べられる!」
「どんな被害妄想してるんだ・・・。それよりも具合は? もういいのか?」




 豪炎寺はベッドに腰かけ呼吸を整えているの額に手を当てた。
全力疾走をしたせいか顔がうっすらと熱いが、熱中症は治ったらしい。
大した予防もせず外で突っ立っているからだと叱りつけると、外にいないと見てらんないでしょと返される。
本当にああ言えばこう言う口うるさい子だ。
人の話を大人しく聞くということを知らないらしい。




「あー疲れた。 修也、ちょっと着替えるから後ろ向いてて」
「・・・わかった」
「振り返っちゃ駄目だからね」
「そんなことしない」





 豪炎寺が背中を見せたことを確認し、はジャージーに手をかけた。
うっかり自室に戻って着替えてみろ。
絶対に冬花がやって来る。
看病という名のセクハラをされる。
思わずはあとため息をつくと、ドアを見つめたまま豪炎寺がまたどうしたんだと尋ねてくる。
こちらの命令どおり後ろを向いている彼がとてつもなく紳士に見えてくるあたり、いよいよ冬花に毒されているらしい。





「修也って意外と紳士だったんだー」
「何だいきなり」
「だってこっち向かないもん。おかげでゆっくりのんびり気楽にお着替えできるんだけどさ」
「できるだけ早く着替えてくれ。ここは俺の部屋なんだ」
「乙女の身だしなみチェックに文句言わないの!」




 ジャージーの中に着込んでいたインナーを脱ぎ、制服に手を伸ばす。
豪炎寺、虎丸の居場所わかったってよという声と共に勢い良くドアが開かれる。
行こうぜ豪炎寺と叫んだ円堂の声が途切れた。





「え、・・・、な・・・、ピンク」





 ちょっと待ってくれ。
何なのだこの状況。
どうしてが豪炎寺の部屋で下着姿になっているのだ。
豪炎寺の奴まさか、医務室と見せかけて自分の部屋にを運んでいたのか。
ってほんとに着痩せするっていうかああなるほど、だから大きめのジャージーで。
円堂はとてつもなく低い声で自身の名を呼ばれ、身を硬くした。
まずい、豪炎寺が本気で怒っている。
何も見ていないなと尋ねられ、しっかり見てしまったがこくこくと頷く。
忘れる、忘れるからこれ以上俺に絡みの問題を押しつけないでくれ。
今回のことは俺が悪かったけどさ!





「なんか俺、また邪魔・・・したよな・・・!? ごめん豪炎寺、今日の夕飯のサラダ、リンゴ多くしてもらうように秋たちに頼んどくから!」
「わあ円堂くん、修也がリンゴ好きってよく知ってるね! ねぇ見た? 見たよね?」
「見たけど忘れた! それよりも、なんでここにいるんだ・・・?」
「お宅の幼なじみカッコ仮のおかげでおちおち休んでらんないのよー。あ、修也もういいよこっち向いても」





 は鏡で身だしなみの最終チェックを終えると、豪炎寺の背中をとんと叩いた。
円堂の突然の乱入には驚かされたが、本人が忘れると言っているので大丈夫だろう。
それに円堂はサッカーバカだから、すぐに女子の下着姿など忘れるはずだ。
仮に見たのが冬花なら良くて日記、悪くてブログに記されていそうだが。





「・・・円堂、何しに来たんだ」
「あ、そうだった! 音無が虎丸の居場所突き止めたってさ! だから豪炎寺も一緒にどうかと思って」
「俺も行く」
「じゃあ私も行きたい」
も? 具合はもういいのか?」
「冬花ちゃんのおかげでいい具合にクールダウンできたから大丈夫。ほんと円堂くん大変だよねー、あーんなぶっ飛んだ幼なじみカッコ仮いたら」





 その言葉は、の口からだけは聞きたくなかった。
円堂は豪炎寺の隣でぶうぶうと今日の出来事と愚痴を垂れているを、引きつった笑みを浮かべ見つめた。







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