は宇都宮虎丸という少年のことは何も知らない。
やけに目がキラキラとした、けれども変なところで消極的な子だとしか思っていなかった。
豪炎寺の話によれば、ここぞという時にシュートをせずにパスを回してくるよくわからない選手らしい。
そのくらい見ていればわかる。
彼は確かにパスは上手い。
鬼道の代わりを見事に務め上げているあたり、相当の技術を持っている。
少なくとも、ベンチで拗ねている協調性のない不動よりも虎丸を投入した方が良かったと言えた。
彼の奇特な謙虚さが裏目に出ることもありそうで、怖くもあったが。






「なぁに鬼道くん」
「綱海の必殺技は本当に未完成なのか?」
「いやあ、綱海くんずーっとサーフィンやってたけど私にはどこから必殺技の練習かわかんなくてさ。鬼道くんも知ってるでしょ、私技術は全然だって」
「ああ、は戦術ができれば充分だ。・・・監督は本当にこれでいいと思っているんだろうか・・・」
「宇都宮くんの投入は良かったと思うよ。あの子ちょこまかすばしっこいから、中盤のボール支配率は安定してるし。あとは修也たちなんだけどねー」
「爆熱ストームは通用していないな・・・」
「あれ、修也が1人で作ったから駄目なのよ。やっぱ私が隣で叱咤激励してあげないと修也駄目なんだね」
「・・・豪炎寺には早く自立してほしいものだ」
「だよねー」




 豪炎寺の爆熱ストームに見切りをつけ、頼みの綱海の新必殺技にすべてを託す。
先程から何度も挑戦しているが、まだ相手の海域で泳がされているという状態らしい。
海についても、もちろん必殺技についてもほとんどわからないには綱海が別の世界で戦っているように思えてくる。
海に一緒に行ったとはいえ、海中での彼は別世界の人だった。
竜宮城に住民票を置いているのではないかと思うほどに、彼は海と一体化していた。




「海の男って言うよりも、海は俺のものって言った方がかっこいい気がする」
?」
「そうだそう、そういうことか。綱海くーん、世界中の海は綱海くんのものだって思っちゃいなよー!」
「あ?」
「太平洋も大西洋もインド洋も、カリブ海だってみんなみーんな綱海くんのもの! 自分とこのお庭で泳いでるって思ったらのびのびできるよー!」
「なるほどな! ここが俺の庭なら俺に乗れねぇ波はねぇ! 海は俺のもんだー!」
「そうそう! 珊瑚礁もぜーんぶ綱海くんのものにしちゃえー!」




 どこの独裁者の叫びだろうか。
鬼道は隣で綱海に向かって叫んでいるの言葉に額を押さえた。
海は個人の所有物ではない。
国家が200海里ほど管理しているものであって、間違ってもひと昔前の海賊たちのように個人が好き勝手にテリトリー認定できるものではない。
はそのあたりをわかっているのだろうか。
いや、わからないまま思いついたことをそのまま口に出しているのだろう。
物事を率直に言うのはの長所だ。
多少心にぐさりと刺さることはあっても、大抵が事実だったり的を射ているから反論もしにくい。
しかし、今日ばかりは訂正を入れた方がいい気がする。
今、が話している相手はあの綱海なのだ。
このままだと本当に海はすべて自分のものだと思いかねない。
鬼道はを窘めるべく口を開きかけた。





、海は誰のものでもな「きゃー! すっごい綱海くん、それが新しい必殺技!?」うわっ!」




 完成した綱海の必殺技がゴールに刺さり、が喜びを抑えることができず鬼道に抱きつく。
すごいねすごいねきゃあとはしゃぐにそうだなと同調したいが、突然の熱烈ハグに思考回路がショート寸前だ。
こ、ここはこちらも喜びを表現すべく腕をの背中に回さなければ。
しかし足首の痛みが全身に回ったのか、体が思うように動かない。
顔も熱くなってくるし、手も震えてくる。
まずい、これは久々に意識が飛ぶ。
飛ばしてもいいかな、このノリでいくとに膝枕くらいはされそうな気がする。
から解放されてもなおほわほわと夢見心地だった鬼道は、修也と叫ぶ愛しい少女の声に我に返った。
この上なくいい夢だったのに、恋敵の名前を聞いた途端に冷や水を浴びせられた気分だ。





「ちょっと修也、FWがお仕事放棄してどうすんの! 綱海くんマークされちゃってるじゃん!」
「まずいな・・・、パスを回そうにも全員にマンツーマンディフェンスか・・・」
「む・・・。これじゃどうしようもないじゃん」
「ああ。だが・・・見ろ、壁山を」
「壁山くん?」
「監督にこっぴどく叱られて、ランニングを重点的にさせられていたんだ。が来る前だったから知らないだろうが、その練習が活きているようだ」
「へえ! 監督すっごーい! ねえ、鬼道くん監督のことちょっと見直した?」
「まあな・・・。・・・見事な采配でした監督。あなたはチームを駄目にするような監督じゃない」
「良かったですねぇ監督。ついでに呪いも解けたんじゃないですか? これでも解けないんだったらいっぺんお祓いしてもらった方がいいと思います」





 お祓いをしてもらうなら、呪いと一緒に不審者成分も削ぎ落としてほしい。
父娘で行くつもりなら、娘のストーカー壁も治してほしい。
はドリブルで相手を振り切り虎丸にパスをした壁山を満足げに見つめた。
守ってばかりだった壁山が、単身前線へ上がるようになった。
コンバートが激しいチームだから、やがては壁山もMFとして活躍する日が出てくるかもしれない。
向上心の高い子だ、試合が終わったら頭を撫でてあげよう。
そう考え、ははっと気が付いてしまった。
身長がどう考えても壁山に届かない。





「あうう・・・、身長・・・」
「俺は今のが好きだが、は背の高い男が好きなのか? だったら俺は毎食牛乳を飲もう」
「鬼道くんじゃ足りないよう・・・!」
「伸ばす! もっと伸ばすからそうあっさりと切って捨てないでくれ、!」
「ジャンピング撫で撫では命中率下がっちゃうし・・・」
「だからさっきから何を言ってるんだ、・・・」




 ご褒美の撫で撫でを受けられない壁山からのパスを虎丸が受ける。
守備を強化しているビックウェイブスからスライディングタックスを仕掛けられるが、持ち前の身軽さでさらりとかわし豪炎寺へとパスを繋ぐ。
虎丸のプレイにちくりと違和感を感じるが、今はあるかどうかもわからない疑問に頓着している場合ではない。
時間的にもこれが最後のシュートチャンスだ。
チャンスには強い豪炎寺だが、またあの通用しない必殺技を放つつもりなのだろうか。
マジンなんぞ出して、そんな第三者に頼らずとも我が幼なじみは立派なストライカーなのだ。
先程の綱海のシュートで何かコツを掴んだようだし、掴めたのならそれを今すぐやってみろ。
の無言の圧力が届いたのか、空中でやたらとくるくる回転した豪炎寺が炎を纏わせたシュートをゴールへ放つ。
やればできるではないか。
でもやっぱり、私の激励がないと上手くいかないんだな。
は2対1と逆転勝利を収め引き上げてきた綱海に駆け寄った。





「すごいすっごい、ほんとにできたね新しいやつ!」
「おう! これもがアドバイスしてくれたおかげだって!」
「そ? ま、綱海くんすごかったからよしよししたげる!」
「じゃあ俺も、うらうら!」
「きゃー! だからあんまり強くぐりぐりしたら縮むからやー!」




 ぐりぐりと押さえつけられるように頭を撫でられたが悲鳴を上げる。
きゃあきゃあ騒ぎながら風丸の元へ避難し、改めてハグと撫で撫でをせがむ。
によしよしする時はこうやるんだぞと実演つきで解説する風丸に、なるほどそうなってんのかと真面目に綱海が頷く。
何だあの奇妙な光景は。
頭を撫でるのにマニュアルがあるなど思いもしなかった。
マニュアル通りやらなければには触れないのか。
そうだというのならばそのマニュアル、言い値で買いたい。
むしろ、他の連中の手に渡らないように買い占めたい。




「わかったか綱海」
「おう!」
「綱海くんぐりぐり潰すんだもん。髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃうのやだ」
「ああ、それは一番やっちゃいけないことだな。髪のセットは意外と時間かかるって綱海も知ってるだろ」
「あー、そういうことか! ごめんな、俺今度から別のことするわ」
「別のこと?」
「んー、だって頭撫でんのは風丸がいいだろ。何がいい?」
「うーん・・・、じゃあじゃあ!」




 は綱海の耳元に口を寄せると何事か囁いた。
そんなことでいいのかと綱海がきょとんした表情で尋ねると、はそれがいいと笑顔でねだる。
今度は何事かと気が気でない豪炎寺たちなどまるで意に介することなく、にっと笑い頷いた綱海がをひょいと抱え上げる。
高ーいと無邪気に歓声を上げると、は満面の笑みで壁山の頭を撫で始めた。




「今日の壁山くんすっごくかっこ良かったよ! イナズマ落としの時もそうだったけど、壁山くんすごく勇気あって頑張り屋さん!」
「う、嬉しいっスー! 俺、もっともっと頑張るっス!」
「そうだよ! 壁山くんいっぱい走ったらその分いっぱい修也たちにボール回せるもんね! いっぱい走ったらご飯ももーっと美味しくなるね!」
「うおおおおおお、なんか燃えてきたっスー!」





 トトロ的な精霊と天使が戯れている。
今のは綱海に抱え上げられているので地に足がついていないし、まさにマジ天使状態だ。
良かったなあ壁山、俺も一緒に撫でてやると言って風丸も加わったので、トトロが天国に迷い込んだようにも見えてくる。
トトロ、このまま嬉しさで胸いっぱいになって昇天するんじゃなかろうか。
もしかして、は昇天させる気で褒めているのだろうか。
そうとしか思えないくらい、今のは優しさでできていた。
日頃の辛辣な言葉を容赦なく吐き出し、周囲を恐怖と畏怖に陥れる彼女と同一人物とは思えない。
ご褒美タイムが終わり、が地上に降りるべく下を向く。
の真下にしゃがみ込んでじいっとこちらを見上げていた吹雪と目が合い、とりあえずなぁにと尋ねてみる。
吹雪は立ち上がるとにっこりと笑みを浮かべ、見えそうで見えなかったよと告げた。





「ん? 吹雪くん何の話?」
「短パンの中の話。太腿までは見えたんだけどその先がね・・・。ギリギリって言うのも好きだけど、やっぱり一度は見たくなるじゃない?」
「・・・・・・」
「吹雪、爆熱スクリューの精度を上げるためにも明日から受けてみないか?」
「やだなぁ豪炎寺くん、結局見えてないんだからいいじゃない。ガード固すぎるよー」
「ずるい吹雪くん・・・。私もまだ見たことないのに、やれば良かった・・・!」
「冬っぺ、冬っぺがに何かやるたび俺が叱られるからやめようぜ!」
「吹雪くん、ぶっていい?」
「ぶつのはやだよおぉぉぉ! 僕にもぎゅっとして撫で撫でして?」
「し・ま・せ・ん! 修也、吹雪くんにあれぶつけといて」
「2回目だがわかった、やっておく」




 がイナズマジャパンの一員になってくれたことはとても嬉しいし頼もしいが、なにやら無意味に嫉妬する時間だけが増えた気もする。
の貞操が心配だ。
鬼道は吹雪のセクハラに耐えかね風丸に再び抱きついたを不安げに見守った。






高い高いは健全なスキンシップです






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