女性向けの洋服屋に入ったのは、これが初めてだ。
今までは入る必要もなかったから素通りしていたが、いざ入ってみるとそのあまりの服の多さに戸惑ってしまう。
女の子も色々大変なんだな。
この膨大な数の中から自分に合う服探すのって超時間かかりそうだけど、もしかして安易にここ来ようって言わない方が良かったんじゃないかな。
半田は服の前でうーんと悩み考え込んでいるを見つめ、己が進言の無謀さを悟った。
自らが可愛くなることにおいては妥協を許さないが、さっさと物を決めることなどありえない。
服ではなくて、それが帽子だったとしてもだ。




「むー・・・、半田はどういうのが好き?」
「別になんでもいい。女子の服にいちゃもんつけて、文句言われるの勘弁したいし」
「あのねえ、そういう気のない返事絶対言っちゃ駄目だからね。そんなんだから彼女どころかモテ期も来ないのよ」
「大多数の中学生にモテ期はないんだけど。あと、俺は帽子買ってやるって言ったんだけど、なんで服? いいじゃん服はどうせジャージーなんだし」
「だったら帽子もいらないじゃん」
「そっちはいるだろ。ったく、熱中症で倒れたって聞いた時はびっくりしたんだからな」





 風丸からが倒れたとメールをもらった時は、それはもう驚いたものだった。
倒れるほどの根を詰めてコーチ業をやっていたのかとか、監督は何をやっているんだとか、呆れと怒りの感情に交互に襲われたものだった。
大したことはなかったと知らされほっとしたが、のことだ。
教訓を顧みず、また同じ事をやりかねない。
半田はどこまでも無鉄砲で考え知らずのを守るため、帽子をコーチ就任祝いとして贈ることに決めていた。
帽子だけだ。
服まで買ってやる義理もお金も持ち合わせていない。




は暖色系が好きだったよな」
「あれ、半田意外と詳しい? うんうん赤いの好き」
「豪炎寺の影響だろ。今日着てるのも明るい色だし。ほら、これいいんじゃないか明るくてリボンひらひらで」
「じゃあそれにする、決めた」
「・・・早くね?」
「だって半田がこんなにいっぱいある中から選んでくれたんだもん。半田のセンスを信じる」




 それに可愛いからこれにすると笑顔で帽子を手に取ったに、半田はもう一度これでいいのかと念を押した。
後で知らないところでこっそり返品されては困るので、レシートはきちんとこちらで保管しておこう。
ほんとはあっちが良かったんだけど半田の顔を立ててあげたなどというオフレコはごめんだ。
半田の念押しに、はしつこいと言い放った。




「明日からちゃんと使うから大丈夫だって! それに私、何着ても大体似合うから平気」
「ほんっと滅茶苦茶な事しか言わねぇな!」





 わいわいがちゃがちゃと賑やかに会計を済ませ店を後にした半田との様子を試着室の中からそっと観察していた冬花は、ばっとカーテンを開けると守くんと呼びかけた。
この服ちゃんとのデートの時に似合うかなと何度訊いても気のない返事しかしなかったので何着も試着していたが、そうこうしているうちにターゲットは外へ出てしまった。
冬花は渋る円堂の手をつかむと、ストーキングを再開すべく店を飛び出した。
右へ行ったのか左へ行ったのか、それすらわからない。































 よく考えなくてもそうだった。
が何の打算もなしにただ、デートに誘ってくるわけがない。
半田はパフェを口に運びながら淡々と話を続けるに、ちょっと待てと制止を求めた。
意味がわからない。
もうすぐいなくなるとは、いったい何の話をはしているのだ。
半田はにどういうことだよと訊き返した。




「どうもこうもそういうこと。私、あっち帰るから」
「帰るっていつの話だよ。てかどこに、木戸川か?」
「イナズマジャパンが負け次第? ああでも、アジア予選突破したらそのまま海外行くから雷門には戻んないよ」
「だからどこに帰るんだよ」
「・・・ア・・・・・・」
「は!? ちょ・・・、嘘、だろ・・・?」
「嘘つくわけないでしょ、こんなとこで」





 はパフェをすくうスプーンの手を止めると小さく笑った。
嘘ならばこんなに寂しい思いをすることもなかった。
自身も、初めて向こうに帰ると聞いた時は嘘だと思ったのだ。
嘘だと思って現実を受け入れることができなくて、けれども両親が一足先にあちらへ帰ってようやく理解できた。
たまに家に帰って荷造りをしていると、ますます帰るんだという思いが強くなった。
今までありがとねと半田に伝えると、半田はありがとじゃねぇよと声を荒げた。
あまりにも大きな声だったため、イナズマアイス店内の客の何人かがこちらへと振り返る。
半田は小さく咳払いすると、なんでと呟いた。




「なんでそういう大事なこと今になって言うんだよ。なんでお前、いっつも大事なこと言うタイミング遅いんだよ!」
「いや、今回は割と早いと思ったんだけど」
「遅ぇよ! あいつらがアジア予選終わるのってもうあとちょっとの話だろ。あんな遠いとこどうしろって言うんだよ」
「でも飛行機直行便出てるし、半日ちょっと浮いてれば着くらしいし」
「なんで、そんなにあっけらかん? 寂しいとかそういうこと思わねぇの?」
「いや、思ってるよ。だぁい好きな親友と離れるのは寂しいですよー?」
「だから大事なとこでいちいち茶化すな!」




 もっと早く教えてくれていれば、もっとたくさんの思い出を作ることができたのに。
憎まれ口ばかり叩かず、例えば今日だってもっと楽しく遊べたかもしれないのに。
次があるからと、次の機会に取っておいたこともたくさんあるのに。
待ち望んでいた次がもう来ないことに半田は絶望した。
つい3ヶ月ほど前のことだ。
これから先10年20年経っても、ずっとのわがままで破天荒なあれこれに付き合ってやろうと決めたのは。
決意のわずか3ヶ月後にこんなことを言われるのならば、初めから誓いなど立てなかった。
日本ならまだしも、パスポートも持たない半田にとって海外は遠すぎた。





「・・・豪炎寺、この事知ってるのか?」
「ノン。だから前も言ったでしょ、何かをカミングアウトできるほど修也はメンタル強くないって」
「でもあの時と今とじゃ何から何まで違うだろ。それにあいつだってあれで懲りたはずだよ、それでも言わねぇの?」
「あれがあったから、逆にもっと言えなくなったの」

「・・・は?」
「・・・修也、私がいないと駄目って言った。私が傍にいてずっと見てるからサッカーできるって言った。これからもずっといてくれって言った」
「あの馬鹿野郎・・・・・・」
「修也、私が思ってた以上に私に依存してた。そうだってのに私が帰るって話したら、修也またサッカーできなくなる。だって修也、メンタルほんとに弱いんだもん」
「じゃあほんとに言わないのか・・・?」
「私、サッカーやってる修也好きだもん。サッカーだけ考えてればいいよ、修也は。・・・それに、あっちはあっちで問題抱え込んでるし」




 以前も言わなかったから、今回も何も言わずに去っても特に問題はないはずだ。
いつまでも一緒にいられるとはさすがに思っていないだろうし、いつか訪れる別れが急スピードで突然やって来たというだけだ。
これからまだまだ先が長い人生のうちのたった9年間だけ似たような時を過ごした幼なじみのことなど、何か特別なことをしなくてもすぐに忘れる。
頭の中がサッカーだらけのサッカーバカの彼ならば尚更、1年と経たずに記憶の彼方に置き去りにするだろう。
それはたぶん、こちらも同じことだと思う。




「風丸には?」
「言わない。だって寂しいもん」
「鬼道は?」
「鬼道くんも今はそれどころじゃなさそう。いやあ、あっきーとの折り合い悪くてさ」
「たぶんお前も原因の1つだと思うぞ。あっきーって呼び方もいけないと思う。・・・なあ、なんで俺?」
「だって半田は親友でしょ。親友は有効期限ないから言っといた方がいいかなって」
「俺があいつらに言いふらすとか考えてないわけ? 俺、口軽いかも」
「半田が言ってそれマジなのって訊かれたら、私全力で否定するから。そしたら半田の信用ガタ落ちだよね」
「さすが日本代表コーチ、抜かりはないってわけか」





 本当に、心の底かららしいと思った。
一見隙だらけで付け込む穴はたくさんありそうだというのに、ギリギリのところでしっかりと壁を作っている。
幼なじみも、親友でさえも崩すことのできない難攻不落の要塞だ。
だが、そうやって1人で抱え込むからああなったのだ。
それもこれも周りが皆、メンタルが弱いからだ。
本当にが頼りたいと思っている奴が他の誰よりも頼りないから結局、の負担が大きくなってしまうのだ。
どうやらの男運の悪さは相当のものらしい。




「私、マジでかぐや姫だったのかあー。やっぱアジアンビューティーだもんねぇ」
「だからかぐや姫は宇宙人なんだって。あーあ、誰かツバメの貝殻とか宝石の枝とか持って来ねぇかな!」
「半田の帽子は地球土産か! あ、ひょっとして敵の首級!」
「お前はどこの戦闘民族だよ!」




 いや、バーサーカーって点なら当たってるかもしれない。
そんなこと言う半田にはここのお会計も頼んじゃおパフェおかわりー!
パフェ食べたいなら私が食べさせてあげる、はいあーんしてちゃん。
どこからともなくひょっこりと特大パフェ片手に現れた冬花を目にした半田とは、そそくさと席を立った。






ファイアートルネードを受けても灰にならないユニフォームこそ、火鼠の皮衣






目次に戻る