51.メンタル強度崩壊のおしらせ










 赤の他人とはいっても、昔から近所に住んでいて互いの家を行き来していればそれなりに家庭事情というものもわかってくる。
ずっと昔から抱え込んでいる問題なら尚更だ。
は豪炎寺の異変とその原因を極めて的確に把握し、そしてだんまりを決め込んでいた。
豪炎寺が彼の父と仲が良くないことは、以前から知っている。
息子を医者の道に進ませようとしている気難しい性格の父と、サッカーがやりたい豪炎寺は事あるごとに衝突してきた。
きっと、今回もまた揉めたのだろう。
なまじ医者にもなれそうなくらいに頭の出来が良いと大変だ。
豪炎寺が頭の細部に至るまでサッカーバカでサッカー以外は何もできない円堂のような単細胞馬鹿だったらいっそ諦めもついたのだろうが、
勉強もできたので期待を寄せてしまうのだろう。
数学はまだしも、理科については何がわからないのかすらわかっていないという状況にあるにとって医者とは、人間のようでそうでない存在に等しかった。
頭が良すぎて少しおかしいのかもしれない。
どこも悪くないの一度入院するべきだとは、とても常識人が発する言葉とは思えない。




「どうした! いつもの豪炎寺らしくないぞ!」




 爆熱スクリューをいともあっさりと正義の鉄拳で止められた豪炎寺が、円堂に檄を飛ばされ悔しげな表情を見せる。
悔しいと思っているのならばもっとちゃんとしろと発破をかけたいが、今の彼には余計なことを言わない方が良さそうだ。
良くも悪くも、自分の意見は豪炎寺家に大きな影響を与えすぎる。
そして、影響を与えた結果の未来に巻き込まれたくはない。




「あ、さぁん!」
「んん? どうしたの宇都宮くん」
「だーかーら、俺のことは虎丸って呼んで下さいっていつも言ってるじゃないですかぁ! と、ら、ま、る、ほら!」
「人の呼び名を変えるのはそれなりに緊張するの。私には、今でも思い出したくない名前にまつわる真っ黒な過去があってねー・・・」
「だいたい豪炎寺さんばっかりずるいんですよ! 俺、豪炎寺さんよりもすごいFWになりますから、だから虎丸って呼んで下さい! こういうの出世払いって言うんですよね!」
「私の話聞く気ないよね宇都宮くん。人のお話はちゃんと聞かないとろくな大人にならないよ」
ちゃんがそれ言っても説得力ないだろ」
「ちょっとあっきー、それどういうこと?」
「どうもこうも事実を言っただけだろ?」
「もう! 私に構ってほしいからってある事ない事言っちゃ駄目でしょ!」
「はあ!? あんたどこまでぶっ飛んだ頭してんだ!?」





 軽口を叩いたつもりが構ってちゃんと認識され、仕方ないなああっきーはとかなんとか言いつつ不動の元へ向かうの背中を虎丸は見つめた。
今日も駄目だった。
ここ最近ずっと虎丸呼びをせがんでいるが、その度に鬼道や不動に邪魔されている気がする。
鬼道はまだわかる。
彼はおそらく未だに有人くんと呼ばれることを期待していて、あわよくばねじ込もうと画策しているのだ。
試合ではいつも冷静で円堂とは別ベクトルに頼もしい鬼道だが、完全無欠に見える彼もの前ではただの恋する盲目男子だ。
一度その奇怪なゴーグルを外してみたらどうかと思ってしまうほどに、についてはとにかく視野が狭くなる。
不動の茶々についてはよくわからないし大した興味もないが、洞察力が鋭いが言うのだから彼はただの構ってちゃんなのだろう。
構ってちゃんだろうがハゲちゃびんだろうが、に構ってもらう点だけは羨ましくてたまらない。
年下のおねだり目線と哀願口調をもってしてもこれなのだから、今度は仕方がないが豪炎寺とタッグを組むことにするか。
虎丸は自らの願いを叶えるために、憧れてやまない豪炎寺を利用することをあっさりと決めた。





「だからほっとけって言ってんだろちゃん!」
「あーっ、そういうこと言うあっきーにはもう構ってあげません! わぁん風丸くん、ぎゅってしてーっ!」
「よしよし、おいで
「何だ何だ? 頭撫で・・・んじゃなかったな、ほら抱き上げてやる!」
「わっ、やったあ! ありがとう綱海くん、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなあ」
「じゃあ俺のことにーにって呼んでいいぜ!」
「にーに? それって沖縄の言葉? ありがとにーに、今日は私がよしよししたげる!」
はほんとに可愛いなあ。上から見ても下から見ても、どこから見ても可愛いなあ」
「風丸くんもどこから見てもかっこいいから私、いつもどこから見ればいいのかなってアングル悩んでるんだ!」
「そっか。じゃあお揃いだな俺たち!」




 きゃあそれ素敵、ねぇ今度お揃いの何か買いに行こうよ!
じゃあお揃いのミサンガとか作ろうか。
とんとん拍子にペアアクセサリーの話が進んでいく風丸とを見守っていた綱海は、きゃっきゃとはしゃぐ2人を前に何かを抑えきれず2人まとめて抱き締めた。
可愛い可愛い、かっこいいと言い合っている2人が一番可愛くてたまらない。
シーサーと同じように、彼らもまた悪を遠ざける守り神なのかもしれない。










































 驚かれるかなとは思っていたが、ここまで驚かれるとは思わなかった。
は珍しく早い時間に帰宅していた豪炎寺の父に、近いうちに日本を発つことを告げていた。
息子に言うつもりは微塵もないが、今までお世話になってきた彼の父にも何も言わずに出て行くほどの非常識人ではない。
豪炎寺の父勝也は、手にしていた仕事道具と思しき分厚い医学書を足の上にドンピシャで落とすと慌ててそれを拾い上げ、冗談はやめようかとに笑みを向けた。





ちゃん、おじさんびっくりして心臓止まるかと思ったよ」
「ほんとの話だよおじさん。長い間いっぱいお世話になりました、ありがとうございました」
「いつこっちに帰って来るのかな?」
「いつも何も、私もパパたちも元々あっちが実家だから日本に来る予定ないです。だからおじさんとも夕香ちゃんとも、たぶん修也とも当分会いません」
「・・・修也にこのことは」
「言わないで下さい。絶対に言わないで下さい。修也は知る必要ないですし、言いたくないですから」
「・・・確かに、修也は本来ならちゃんに二度と顔向けできないような事をやってしまった。知る資格がないと思うのも当然だ」
「違うのおじさん、そうじゃないの。私はただ、修也に・・・」





 の言葉を遮るように、勝也は片手を上げた。
ちょうどいい頃合いなのかもしれないなと言われれば、思い当たることは1つだけだ。
遂に話し合いに決着がついたのか。
ついてしまったのか。
の不安顔に応えるように、勝也は神妙な面持ちで頷いた。
これが最良の道だと言われては、なるほど確かに選手生命が短く怪我をしたらお払い箱のサッカー選手よりも、手に職をつけた医師の方が安定した道だと納得せざるを得ない。
メンタルが破滅的に弱い豪炎寺が、ここぞという時のオペ中に失敗して医療事故を引き起こす危険性も大いにあったが。





「ドイツに留学させる。それが私と、妻の願いだ」
「そう、ですか・・・」
「止めはしないのかな?」
「だって私、豪炎寺家の人間じゃないですもん。それに私が何か言ったらおじさん、私を豪炎寺家の未来設計図に組み込んじゃう」
ちゃんが望んだ修也だ。ちゃんに責任を持って修也を見守ってもらいたいと思うのはおかしなことではない」
「私はサッカーやってる修也が好きです。でも私はサッカー以外の事やってる修也を見たことがないから、もしかしたらお医者さんやってる修也のことも好きかもしれない。
 私は、自分のことは自分でちゃんとぶれずに決めて、それに向かって歩いてく修也が好きです」




 一年前も、豪炎寺がサッカーをやめると自分で決めたから見捨てずに応援してきた。
雷門中サッカー部に入ってサッカーをまた始めると決めた時も、それが豪炎寺自身が決めた選択だったから背中を押した。
医学を志すと決めれば、それはそれで応援するかもしれない。
サッカーは取り持った縁ではないのだから、豪炎寺が豪炎寺である限り、は豪炎寺のことを見捨てるつもりはなかった。
たとえ、こちらが一度見捨てられていてもだ。





「ただいま」
「修也?」
「話があるから帰るように伝えていたんだ」
「そうなんですか。おじさん、さっき私が言ったこと内緒です、約束です」
「指きりげんまんでもしておこうか?」
「はい! えっと、指きりげんまん、嘘ついたらアイアンロッドぶちのーめす!」
「・・・ちゃん、おじさんのこと嫌い?」




 勝也の問いには答えず、は書斎を飛び出した。
玄関で夕香やフクと話している豪炎寺にお帰りなさいと声をかけると、驚いた表情で豪炎寺が名前を呼ぶ。
どうしたと尋ねられたのでちょっとご用事と返すと、そうかと言われふっと笑みを向けられる。
これから父に何か言われるのかわかっている寂しげな笑みだ。
思わず修也と名を呼ぶと豪炎寺は手を伸ばし、一瞬躊躇った後手を引っ込めた。





「後で話すから、しばらく待っててくれ」
「おう」




 フクに荷物を預け、父の部屋へと入っていった豪炎寺を見送る。
昔はサッカー観戦が大好きで亡くなった彼の母と共によく応援に来ていたのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
夕香の事故が全てを狂わせてしまったのだろうか。
確かにあれは痛ましい事件だった。
そして、事故が原因だというのならば、あの日一緒にいたのに守ってやれなかったこちらにも非があるということになる。
サッカーのせいで起こった事件ではない。
サッカーで悪事を企てる馬鹿がいけないのであって、サッカーそのものは何も悪くないのだ。
そこの辺りをわかって、その上でもう一度話し合ってほしい。
そもそも、留学するのは高校を卒業してからでも遅くはないはずだ。





さん、せっかくですからお夕飯食べていって下さい」
「わ、ありがとうございますフクさん! この匂いだと今日は肉じゃがかなあ」
「あったりー! お姉ちゃん肉じゃが好きなの? 私も大好き! いっしょだね!」
「ほんとだ一緒だ! わあ、おかわりしちゃおっかなー!」
「たーんと食べて下さい。・・・さんがいると旦那様も少し機嫌が良くなります」
「それが怖いんですよ、私なんかただの部外者で赤の他人なのに」




 それに、もうすぐいなくなっちゃうんだし。
はぽそりと呟くと、冷たく閉ざされた書斎を見つめた。







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