豪炎寺との間で、また何かあったのだろうか。
円堂と鬼道はピリピリと痛いほどに張り詰めている豪炎寺との間に流れる空気に緊張していた。
豪炎寺、またに何かしちゃったのかな。
不安げに呟いた円堂に、鬼道はそうかもしれないなと答えた。
豪炎寺が失態を犯してから遠ざかることは、本来ならば願ってもない椿事だと思う。
しかし、そう物事は一筋縄ではいかないことを鬼道は充分に理解していた。
の心は、豪炎寺の言動ひとつで大きく揺れ動く。
悔しいがそれが事実で現実なのだ。
を生かすのも殺すのも、すべては豪炎寺の言葉ひとつなのだ。
鬼道はを見つめた。
風丸や虎丸とはいつものように話をしているが、豪炎寺とは驚くほどに会話がない。
どうやら今回は重症らしい。





、少しいいか」
「ん? なぁに鬼道くん」




 ぱたぱたと笑顔で駆け寄ってくるだけを見ていると、本当にいつもと何も変わらない。
少し大きいのか、新調した帽子を片手で押さえやって来たに鬼道は穏やかな視線を向けた。
どこでいつ買ってきたのか知らないがさすがはだ、帽子もとてもよく似合っている。
は審美眼も肥えているらしい。





「どうしたの鬼道くん」
「大したことじゃないんだが・・・・・・。豪炎寺と何かあったのか?」
「何もない日の方が珍しいけど」
「じゃあ質問を変えよう。豪炎寺の気迫がここのところ空回りしている。心当たりはあるか?」
「メンタル弱いせいでしょ。ったく、あれだけチームに持ってくなってご意見番命令したってのに」
「人は誰もが心に弱い部分を持っている。豪炎寺の弱さをフォローしてやるつもりはないのか?」
「駄目駄目、あの人今ものすっごく被害妄想入ってるから私が何言っても無駄。それに私、修也に優しい気の利く言葉なんかかけらんない」
「俺は以前、真帝国との戦いでのの叱咤激励にかなり立ち直ったが」
「鬼道くんは素直だから言い甲斐あるけど、度を越えた天邪鬼に何か言うほど私の言葉は安くありません」




 どうせ、安売りをしたって買いはしないのだ。
売ろうと思っていない時に限って言葉をせがみ、売りたいと思った時は見向きもしない。
需給バランスが崩れた市場は正常に機能しないのだ。
は円堂や虎丸と共に黙々と練習に励む豪炎寺をちらりと見つめ、すぐに鬼道に視線を戻した。





「私、難しいこと言ってるのかな」
「豪炎寺にか?」
「私は、何にでも全力で取り組んでる人が好き。でも、修也にそれは求めちゃいけないのかな。期待しちゃ駄目なのかな」
「誰だって、もちろん俺も好きな人の期待には応えたいと思う。だが、そう思えば思うほどに気合いが空回りしてしまう。今の豪炎寺の不調の理由はそこか」
「メンタルってどうやったら強くなるんだろ。張り手でも飛ばしてみる?」
「お望みとあれば、俺がボールをぶつけてやってもいい」




 ああ、鬼道くんのシュートは加減しても私が吹っ飛んじゃうくらいに強力だもんね。
あれは本当に申し訳ないと思っている、すまなかった。
一昔前の様々な意味で痛々しい思い出を懐かしみ、鬼道とはぎこちない笑みを交わし合った。






































 そんなに気になって大切に想っているのならば、どうして初めからもっと大切にしてやらなかったのだ。
円堂は河川敷のサッカーグラウンドで一人特訓を続けていたイナズマジャパンが誇るエースストライカーのカミングアウトに、言葉を失っていた。
サッカーをやめるとはどういうことだ。
医者になるために留学するとはどういうことなのだ。
円堂はなんでだよと叫ぶと、豪炎寺に詰め寄った。




「なんでそんなことになるんだよ!」
「前から父さんには言われていた。早くサッカーをやめて学業に専念してほしいとな」
「だからって今やめなくても!」
「・・・・・・俺は、サッカーで壊したんだ、を。だからできない」
・・・? がやめろって言ったのか!?」
「違う、はそんなことは言わない。言わないだけかもしれないが」
「言わないのは思ってないからだよ! 豪炎寺が一番知ってるはずだろ。は思ったことはすぐに口に出して、それで俺たちびびらせてるって!」
は俺に対しては何も言わない。でも言わなくてもわかる、の心は俺から離れている」
「そうじゃないだろ!」




 豪炎寺が言うようにの心が離れているというのならば、なぜは今イナズマジャパンに加わっているのだ。
風丸も鬼道も秋たちもいるが、一番の理由が豪炎寺自身の存在だと気付かないのか。
どこまで盲目で、いや、現実から目を背けていれば気が済むのだ。
独りよがりの勝手な憶測で調子を狂わせ人に八つ当たりをし、これではあの時とまるで変わらない。
そこまで考え、円堂の脳裏にふと嫌な予感がよぎった。
もしかしてもう、あの時と同じ事態に発展しているのではないだろうか。
だからは豪炎寺を関心の外へ押しやっているのではないだろうか。
恐れていたことが起こってしまった。





「豪炎寺、ほんとにそれでいいのかよ!」
「もう決めたことだ」
「決めてんならとっとと行けよ。行って、もう二度とに近付けなくなるんならそれでちょうどいいじゃん」
「は・・・っ!?」





 並んで座っていた円堂と豪炎寺の影の間に、不意ににゅっと黒い影が割り込む。
声に驚き思わず振り返ると、それで縊り殺そうとでもしていたのか、麻紐を手に持った半田が仁王立ちしている。
まずい、よりにもよって本人よりも厄介な人物が現れてしまった。
円堂がなんでここにと尋ねると、半田が買い物帰りと短く答える。
荷造りするのに紐がないと、まるでこちらに非があるかのようにクレームもとい窮状を訴えてきたの使い走りとなってホームセンターに紐を買いに行ったらこれだ。
聞きたくもないうじうじじめじめ、カビでも生えそうな豪炎寺の弱音を耳にした半田はあっさりと我慢を捨てた。





「豪炎寺が何思おうと勝手だけど、自分の人生に巻き込むのやめろよ。お前の人生はお前だけのもんで、の人生とは別物なんだよ」
「巻き込んだつもりはない。これは俺の決断だ」
「そうだとしても、それ決めた理由が絡みのことなら結局一緒だっての。なに、豪炎寺はに一生かけても消せない罪悪感渡したいわけ?」
「罪悪感って何だ」
「そのままの意味。あいつなら、自分が壊れかけたせいで豪炎寺はサッカー辞めざるを得なかったとか、そういう頓珍漢な勘違いする。
 刷り込みと思い違い激しいなら絶対に勘違いして、でもって今度こそマジで壊れる」





 何度壊せば気が済むのだ。
親友が壊される前に、いっそ向こうを壊してやろうか。
体格から技術から何から何までこちらよりも数段各上の豪炎寺を相手にすると壊すどころか返り討ちに遭いそうだが、半田は返り討ちにされても構わないくらいに豪炎寺を憎んだ。
更生したと思っていたのに、ばっさりと期待が裏切られた。
以前は期待するだけ無駄だとぼやいていたが、まさしくその通りだ。
人として生きていく上での知識や処世術についての学習能力が欠如しているとしか思えない。
イナズマジャパンのことなど見捨てて、早く豪炎寺から離れた方がのためにいいとすら思ってしまう。
がどんな思いでいるのかも知らないで、よくも抜け抜けと弱音が吐けるものだ。
やはりこいつは悲劇のヒーローになりたがる、歪んだ夢の探求者だ。





「円堂、今日俺と会ったことには内緒にしといてくれ」
「・・・わかった。半田、そんな紐持ってどこ行くんだ?」
のとこにちょっと縛りに。ほんと縛りたくなるよ、あいつ見てると」
「えっ・・・!?」
「じゃあ俺急ぐから。またな円堂、決勝戦も観に行くからな!」





 口ばかり動かして手はちっとも動かさないの口に、猿轡でもしてやりたい。
半田は紐を鞄に突っ込むと、河川敷を後にした。






あいつ守れるんだったら、10年でも20年でも俺の人生やるよ






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