52.元かみさまとめがみさまと宇宙人










 やはり、相手が美肌泥パックで有名な国だからだろうか。
はグラウンドに完成していた泥のプール、もとい泥沼サッカーグラウンドにぼすぼすと木の枝を突っ込んで遊んでいた。
田んぼでも作り屯田制を導入するのかとも思ったが、苗は用意していないのでそうではなさそうだ。
土地所有者の雷門家に何の断りもなく突然運動場を水浸しにして、久遠はこの後どうするつもりなのだ。
イナズマジャパンの監督としてのギャラで払うつもりなのだろうか。
そもそも、彼はいくらギャランティーを貰っているのだろう。
は木の枝を泥にずぼりと突き立て顔を上げた。




「はっ、そういや私今日までただ働きじゃない? ご意見番ってかコーチなのにお給料もらってないじゃん!」




 これでも一応ご意見番として、また、友だちのいない不動の唯一と言ってもいい話し相手としてそれなりに活動してきたが、これはボランティアだったのか。
木戸川フレンドから聞いた話によると、世の中にはおじさんと適当な世間話をしたり相槌を打つだけで相当なお小遣いが手に入る超お得なアルバイトがあるらしい。
人懐こいから絶対稼げるよと誘われていたが、似たようなことをやっているこのイナズマジャパン内ではお捻りもチップも発生していない。
おじさん・現役不審者・元不審者の話し相手はただの中年親父よりも遥かに骨が折れる連中だというのに、何なのだこの骨折り損。
今からでも強請れば支給されたりするのだろうか。
強請るにしても、いったい誰を強請ればいいのだ。
響木か、理事長か、それとも久遠か。
下請けの中でもおそらくは孫請け程度のボランティアコーチのに、イナズマジャパンの内部構造は難しすぎた。





さん、何やってるんですか?」
「べっつにー? はあー、泥んこ遊びなんかして勝てんのかな、韓国に」
「監督はこれがいいって言ってますし、なんだかんだでキャプテンたちもやる気だしきっといけますよ!」
「春奈ちゃんはほんとに健気だよねえ。どっかの誰かと大違い」
「・・・豪炎寺先輩のことですか? お兄ちゃんも心配してました。お兄ちゃんにとっては絶好のチャンスなのに」
「鬼道くん優しくて友だち思いだから。ほーんと、どっかの誰かなんかさあ、こっちの気も知らず勝手にぐだぐだ言ってやんなっちゃう」





 は泥まみれになって枝をぽーんと外へ放り投げた。
べちょりと何かにへばりつく音がして、ゆっくりと振り返る。
ごめんねあっきーと謝罪の言葉を口にすると、不動はごめんじゃねぇよと叫びユニフォームに張り付いていた泥の枝を地面に叩きつけた。





「人に凶器向けるなって俺、何回言った!? あんたほんと馬っ鹿じゃねぇのちゃん!」
「枝は凶器じゃないもん。ちょっと投げたらたまたまあっきーに当たっただけだもん。嫌なら避ければいいのにもう」
「これは投げるものじゃありません! 目に入ったらどうしてくれるんだよ。ちゃん責任取ってくれんの、ええ?」
「いいよ別に。あっきー保護者代理だし、いざとなったら養ってあげようじゃない」
さん、何をさらっとプロポーズしてるんですか!? あ、相手は不動さんですよ!」
「私ほんとは尽くしてもらいたいけど、マジで好きな人にはなんでもやっちゃう気がする。ほら、私ってベースは天使じゃん? 大抵のことはまあいっかで許しちゃうんだよね」
ちゃんが天使? どこのどいつだよ、んな見てくれだけの判断で抜かした正真正銘のアホは」
「アフロ」
「・・・何、それ俺に対するあてつけちゃん?」
「ノン。マジでアフロ、残念なイケメン通称観賞用」




 なんだ、と似たような人種ではないか。
不動は見てくれだけは天使のようなの口から迸る『アフロ』への痛烈な批判を、武器となりそうな枝を処分しながら聞いていた。

































 しまった、寝坊した。
はダンボールで溢れ返る部屋で目覚め、とっくに明るくなっている外を見つめ戦慄した。
大事な日に限って寝坊してしまった。
いよいよもって終わる見込みのまるで立たない家の片付けをするために適当に理由をつけて合宿所から家へ帰ると、目覚まし時計をセットする間もなく眠ってしまった。
時刻はもう9時である。
今更どう頑張っても間に合うはずがない。
はばたばたとリビングへ向かうと、昨晩合宿所から勝手に拝借してきた夕食の残りとパンを取り出した。
う、急いで食べていたら喉にパンが詰まった。
とんとんと胸を叩き牛乳を飲み干すと、は先程から鳴り続けている携帯電話の通話ボタンを押した。






「はいもしもしなぁに、今忙しいから後にして」
『はぁ? おまっ、そりゃ女は待たせてなんぼのもんかもしれないけど待たせすぎだろ!? 今どこだよ』
「マイホーム」
『・・・おい、今日は何の日だ?』
「イナズマジャパン対韓国のなんたらかんたら戦。えへ、今起きた。うっ、げほげほ」
『何やってんだよ、なんで今日に限って寝坊!? 間に合うのか、お前コーチだろ!?』
「間に合わせる、間に合わなきゃマジやばい」






 キャラバン乗ってかないならスタジアムまで一緒に行こうぜと誘われ、いいよと二つ返事で返せばこれだ。
相手が半田だから約束の20分や30分遅れても罪悪感は微塵も抱かないが、これが本当のダーリンとのデートだったら大失態だった。
半田で良かった、近場で手を打っておいて良かった。
はアニメのヒロインばりの早着替えで制服に身を包むと、ぱたぱたと家を飛び出した。
急いで鉄橋へと向かうと、橋のど真ん中で欄干にもたれていた半田にやっほうと声をかける。
こちらを向き片手を上げてくるが、穏やかだった半田の顔が携帯電話の時計を見つめた途端にさあっと変わる。
急げ走れ荷物貸せと半田に急かされ、朝の挨拶もそこそこに早朝ランニングに突入する。
ぜぇはぁと息が上がっているこちらを余所に半田は割りと平気な顔で、しかもどこか楽しそうに走っている。
やはり腐っても運動部、サッカー部員といったあたりか。
と一緒にいるとほんと暇な時ないなと失礼な発言をここぞとばかりにぶちかます半田にクレームの2つや3つ言いたいが、口を利く体力の余裕はどこにもなくて断念する。
信号に引っかかりようやく立ち止まると、半田は一度大きく息を吐きに向き直った。






「俺、色々考えたんだけど」
「色々って何よ」
「色々だよ。まあ、色々考えたことはまた今度言うとしてだ」
「今日言わないの? 言いたいことあるならさっさとずばっと言っちゃいなさいっていつも言ってるでしょ」
「俺が言いたいんじゃなくて、が聞きたいだけだろ。いい、このままちょっと焦らしとく」
「半田の分際で私のスワロフスキーのハートを弄ぶなんて10年早い」
「10年、ね・・・・・・」





 ぽそりと半田が何か呟いたが、の耳には聞こえない。
何て言ったのと尋ねようと口を開いた直後、信号が青に変わりまた走り出す。
もっとゆっくり歩きたいとごねると、誰のせいで急いでるんだと叱られる。
うっすらとゼウススタジアムが前方に見えてくると、半田はようやく速度を緩めた。





「ここじゃないけど、帝国スタジアムに前に来た時のこと覚えてるか?」
「あの時も走ってた、私たち」
「そうそう。がいきなり宇宙人試合やってるとか言い出すから走る羽目になったんだよ」
「何よぅ、それじゃ私が悪いみたいじゃん」
「言ってないだろ、そんなこと。・・・、ちょっと後ろ向け」
「ん? こう?」
「そう」





 敵に背中を向けるなと古今東西よく言われているが、半田は敵ではなく味方中の味方だから大丈夫だろう。
何をする気だろう、いきなりそっぽを向かせて。
時間がないのにたっぷりと背中を鑑賞している半田に、はたまらず声を上げた。
ぽんと軽く、けれども万感の思いの籠もった背中のおまじないを受けたのはその時だった。





「ずっとと馬鹿騒ぎしてたいって思ってたけど、世の中そんなに甘くないのな。・・・スタンドで見てる。俺が行けない世界に行ってくれ。あいつらを連れてってやれ。応援してる、
「半田・・・? やだ、何言って・・・」
「ファンクラブ会員ナンバーゼロからの熱烈なファンコールだよ、ありがたく黙って受け取れ!
 あ、言っとくけどなあ、風丸よりも俺の方が先にと仲良くなったんだからあいつはナンバーワンだからな!」
「・・・アイドルのお仕事は、ファンを喜ばせること。一番のファンにそこまで応援されちゃやるしかないでしょ!」





 本家よりも温かくて力強くて、とてもほっとするおまじないだった。
は半田へと向き直るとにこりと笑いかけた。
行ってくると告げると、行ってこいと笑顔で送り出される。
半田らしいぎこちない送り出し方と励まし方だったが、そんなところが大好きでたまらない。
はよしと一声気合いを入れると、集合時間から実に30分遅れでチームの元へと向かった。







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