韓国代表ファイアードラゴンには、龍をも操ると評される天才ゲームメーカーがいるらしい。
目金から情報を聞いていたは、韓国チームに指示を出しているアフロ頭を見つめた。
なるほど確かに、韓国代表は彼を中心にまとまっている。
今日はゲームメーカー対決なのか。
キャプテンマークをつけている鬼道にかかるプレッシャーは相当のものだろう。
はサイドを使い揺さぶりをかける鬼道の戦術に見事に対応している相手ディフェンス、そしてGKの動きにわあと感嘆の声を上げた。
さすがは天才同士の戦いだ。
頭を使いすぎて頭がぐるぐると混乱しそうだ。





「しっかし、まさか鬼道くんのゲームメークを味方が足引っ張っちゃうとはねー」
「誰のこと言ってるんだ?」
「飛鷹くんのことに決まってんじゃん。不良のお友だちと今朝やり合ったって聞いたけど何かあった?」
「俺たちの行く手を不良が邪魔してきて、そいつらを飛鷹の子分みたいな奴らが止めに入ったんだ」
「ふぅん、そういうこと。だから気合いが空回りしてるんだ」
「何かわかったのか?」
「見てればわかるでしょ、あのくらい。はっはーん、さては円堂くん、ほんとのほんとにただのサッカーバカだな? 駄目だよ、ただのサッカーバカじゃ今日は試合に出れないぞー」
「うわっ、に言われたらそうとしか思えなくなってきた! 俺ちゃんと見る、見てにゴーサイン出してもらう!」
「ゴーサイン出すのはちゃんじゃなくて監督だろうよ」






 飛鷹がキープしきれなかったボールを奪った南雲と涼野が、いち早くディフェンスに戻っていた吹雪の新必殺技に凍らされる。
不甲斐ない飛鷹や我が幼なじみに比べて吹雪はどうだ。
ボールを奪い返した直後に今度は土方との必殺シュートを決めと、今日は攻守に渡って大活躍ではないか。
これだけ活躍をすれば、韓国のアフロゲームメーカー・チャンスウとやらが黙って見過ごすわけがない。
の予想通り、チャンスウが吹雪を徹底的にマークするように指示を出す。
は靴を脱ぎベンチの上に立つと、爪先立ちでフィールドを見下ろそうとした。
ぐるぐると猛スピードで回っている渦の中がまったく見えない。
吹雪と綱海が取り込まれたのはわかったが、そこから先、中で彼らがどうなっているのかがわからない。
何が起こってるんだろうと呟くと、同じく渦を凝視していた不動が口を開いた。





「吹雪をDFたちが包囲して高速回転して、フォーメーション分断してるんだろ。ちゃんそこから降りて。ベンチの上に立っちゃいけません」
「てことは、綱海くんと吹雪くんはもしかして渦の中でも分断されてる? やばいじゃんこのままじゃ、下手したら2人事故起こす」
「えっ、えっ、どういうことだ?」
「拉致監禁されまくった私の経験から言わせてもらうと、ああいう狭っ苦しいとこに放り込まれると人はまともなこと考えらんなくなるの。私も窓に椅子ぶつけたりしたし。
 サッカーは制限時間もあるし、焦った2人が渦の中で取られたボール奪い返そうとしてごっつんすることもあるってこと」





 大丈夫かなあ、あの2人。
ベンチに座り靴を履き直していたが不安げに呟いた直後、スタンド中が悲鳴に包まれた。
激痛に顔を歪め地面に転がっている綱海と吹雪を見つめ、恐れていた事態が起きたと理解する。
は引き上げてきた2人を迎えると、比較的症状の軽そうな綱海に先程の技について尋ねた。





「あれ、中はどうなってんの?」
「俺と吹雪の間をあっちが高速回転して、あっという間にボール取ってくんだよ。取り返そうとしたら吹雪と・・・」
「なるほど。監督、いい加減言いたいことはずばっと言ったらどうですか。伝わる前にみんなを怪我させてるんじゃ、今度はみんなを呪いにかけてるようなもんじゃないですか」
、やめろって」
「どいつもこいつも自分ばっかり呪われたがりの幸薄い人ぶっちゃって。そういう人に巻き込まれるこっちの身にもなってよ。
 あんな天井がら空きのぐるぐる洗濯機なんか目じゃないくらいにきっついんだから」
さん、ぐるぐる洗濯機ではなくパーフェクトゾーンプレスです! 名前をつけるにしても、あなたはもう少しネーミングセンスを磨くべきです!」
「私充分お洋服選ぶセンスあるから、そんなオプションいらない眼鏡くん」
「だから僕は目金です!」





 もはや苛めの領域ですよさんと喚く目金には無視を決め込み、に嫌われたとショックを受け固まってしまった久遠の前を素通りすると、は鬼道の元へ歩み寄った。
そういうことかと尋ねられたのでこういうことと答えると、鬼道の顔ににやりと策士の笑みが走る。
余計な言葉を使わなくても意思の疎通が図れるようになって嬉しいと告げられ、はへにゃりと笑みを返した。





「わかってたんなら余計なお世話だったかも」
「いいや、の一言で納得した。さすがはだ、よく見ている」
「見てるの私だけじゃないけど、まあ口下手だから私が代わりに全部言ってるだけ」
「よく意味がわからないが・・・。とにかく、パーフェクトゾーンプレスの攻略法がわかった以上はもう点はやらせない。次は俺たちの番だ」
「そうそうその意気! 南雲くんのことはそうでもないけど、アフロだけはめしゃめしゃに潰してきてね」
「わかっている」





 フィールドの戻る鬼道たちを送り出し、再開した試合を注意深く見つめる。
鬼道とこちらの考えは的中していたらしく、空中でのパスを主体とした連携を前にパーフェクトゾーンプレスは意味を成さなくなる。
ヒロトの流星ブレードこそGKに阻まれてしまったが、これだけ巧みにパスが繋がれば次のチャンスもすぐに出てくるはずだ。
パスが繋がった先に待ち受けるのが、今日も調子の悪そうな豪炎寺だというのが大いに不安だったが。
決まるシュートも決まらないような気がしてくる。
こんな思いにさせるエースストライカーにその称号は相応しくない。
鬼道からのボールが虎丸へと渡る。
今日は本番なのだ。
最後の日くらい、いや、最後の日もかっこいいところを見せてほしい。
の願いは、ゴールネットを大きく逸れた軌道にあっけなく打ち砕かれた。





「豪炎寺・・・・・・。なあ、あいつ」
「私に訊かないで。あんな修也、私が好きなサッカーバカの修也じゃない」





 サッカーバカならバカらしく、試合の時は最後までサッカーのことだけ考えていればいいのだ。
成功する兆しのないタイガーストームを横目に、着実に進化を果たしていたアフロディのゴッドブレイクがファイアードラゴンに大きな追加点にして勝ち越し点をもたらす。
さらに鬼道と土方が相手の速いパス回しに翻弄され、激突してしまう。
せっかく噛み合い動き始めていた歯車が、絶対的だったはずのエースの不調が伝染して少しずつ崩れてきている。
これでは勝てる相手にも勝てない。
前半終了のホイッスルが鳴りベンチへと引き上げてきた選手たちを、は不安な思いいっぱいで見守っていた。
鬼道の足の具合も気になるし、オーバーワークで疲れ気味な緑川も気になる。
絶賛大乱調中の豪炎寺のことももちろん気になる。
張り手を飛ばして元に戻るのならば、こちらの手が痺れて感覚がなくなるまで叩いてやりたい。
それで治るのならば、本当にやっている。






「後半は不動、お前が出ろ」
「は・・・!?」
「ほら、だから言ったじゃんあっきー今日は出れるよって」
「不動はジョーカーだ、敵は不動を知らない」
「待って下さい監督! 不動が出るなら俺も出ます、出させて下さい!」
「鬼道、お前は土方とぶつかった時に膝を痛めているだろう。庇っていると悪化する」





 氷で右膝を冷やし始めた鬼道をベンチに残し、はイナズマジャパンに加入後初めてまともにアップを始めた不動に声をかけた。
何だよと返事だけは返してくれる不動の背中に、ぽんと手を添える。
行ってらっしゃいと呟くと、何だよそれと笑われる。
笑うことはないではないか。
はむうと眉を潜めた。




「出かけるわけでもないのに行ってらっしゃいって、普通ここは頑張れだろ」
「これから頑張るっていうか、もうとっくの昔からいっぱい頑張ってる人に今更それ言ったら失礼でしょ。お友だち増やして帰ってくること、わかった?」
「やだね」
「あっきー」
「どうしようと、どう思おうが俺の勝手だ。誰と仲良くなろうが友だち作ろうが、ちゃんにいちいち指図受けたくない」
「そりゃそうだけど、「ちゃん、あんたもいい加減言いたいこと言ってこいよ。言ってやれよ、ちゃんが言って変わる奇特な奴だって世の中いるんだよ」




 『奇特な奴』の1人に、確実に自分も入っている。
学校であれサッカーであれ、温かな言葉で送り出してくれる人など今まで誰もいなかった。
力がなければ認めてもらえず、見てもらえないとばかり思っていた。
力を知らなくても無邪気に接してくれる人がいるということを、不動は最近ようやく知ることができた。
信じて、笑顔で送り出してくれる人がいる。
たった1人ではあるが、ちゃんと見てくれているかけがえのない人がいる。
そしてそんな彼女はおそらくサッカーにだけは洞察力が鋭い、己が持つ剥き出しの優しさに苦しめられている不器用な子だ。
人の心配をしている余裕など、彼女にはどこにもないはずなのだ。





ちゃん」
「なぁにあっきー、忘れ物?」
「あんたのその背中叩くやつ、俺は好きだぜ」
「あっきーの気合い次第ではハグもついてくる」
「あっそ」





 行ってらっしゃいともう一度手を振って送り出され、冗談めかして行ってきますと返す。
はああ言ったが、不甲斐ない連中と手を組むつもりは微塵もない。
望むのは勝利、ただそれだけだ。
不動の日本代表戦デビュー戦が幕を開けた。






たぶん俺も、奇特で物好きなで人のこと言えない奴なんだろうな






目次に戻る