点を入れなければ、必殺技を完成させなければと焦れば焦るほどに上手くいかない。
せっかく虎丸が絶妙なタイガードライブをくれても、こちらが上手く爆熱ストームを打てない。
できないことに焦ればまた、更に精度が落ちてしまう。
こんなことではいけないとわかっている。
誰もが世界への切符を手に入れたくて全力で戦っているのに、自分だけが彼らについていけていない。
円堂たちを世界に送り出したいのに、気合いばかりが空回りして結局何の役に立てていない。
ストライカー失格だと思う。
ストライカーどころか、サッカー選手としても駄目だと思う。






「・・・・・・あの馬鹿」
、俺わかったよ。不動のことも豪炎寺のことも、たぶんはとっくに忘れてるだろうけど飛鷹のことも」
「忘れてない。そりゃ風丸くんほどじゃないけど、飛鷹くんのことだってちゃんと見てますうー」
「そっか。俺、豪炎寺と一緒に世界行きたい。だってそうだろ? 豪炎寺を世界に連れてくためにイナズマジャパン入ってくれたんだろ?」
「円堂くん、ただのサッカーバカから進化した?」
は久遠監督よりも俺らにとっちゃ身近な監督だからなー。何か伝えることは?」
「ない、ほんとにないっ」







 円堂はふうとため息をつくとベンチから立ち上がり、俯いて座ったままのの前で身を屈めた。
豪炎寺も頑固で融通が利かないが、も彼に負けないくらいに頑固だ。
似たもの夫婦ってこういうこと言うんだろうな。
お互い自分の主張曲げないで、それで結局仲がこじれて破局してしまいそうだ。
2人の未来が破綻してしまうのは別にどうでもいい。
まさか10年15年近く経って、修也がああなったのはお友だちだった円堂くんにも責任があると滅茶苦茶な押しつけ方はしないだろう。
されたら困る、どうにもしようがなくてお手上げだ。
いや、未来はいいのだ。
大切なのは今だ。
円堂は豪炎寺の気合いの動力源がだと知っていた。
素知らぬ、興味もないといったふうを装っているのに何かあればと幼なじみを気にかけ、挙句の果てには勝手に絶望したり嫌われたと思い込んだり。
豪炎寺のメンタルが弱くなったのは、彼がに依存しているからだと円堂は考えていた。
メンタルと強くする一番の方法は依存から抜け出すことではなく、ぶれない想い方をすることだと思っていた。
それを2人とも気付いていないのだ。
鈍感さもここまでくればただの凶器だ。
円堂は頑なに口を閉ざしたままのにもう一度声をかけた。






「知ってるだろ、豪炎寺にはが必要だって」
「でも修也、あっちから自分とはもう係わるなとか言ってくる。幼なじみ離れするいい機会なの」
「言わなくてもわかるっていうのは駄目なんだ。俺、風丸とそう思ってて失敗した。豪炎寺だってそれでいっぺん失敗した。また同じことするのか?」
「だ、だ、だって仕方ないでしょ! 円堂くんこそ知ってるでしょ、修也は思い込み激しい奴だって! 私が何言っても聞いてくれないの!
 サッカーやってる修也が好きだからずっと見てたいって言いたいけどきっと聞いちゃくれないし、お、お、お医者さんになっちゃやだって言っても困るだけだもん!」
「困らない、絶対に喜ぶし嬉しがる! 俺だったら、好きな子にそう言われたらスッゲー喜ぶしやる気出てくる! 豪炎寺って意外と単純な奴なんだよ、言ってほしいんだよあいつは!」





 言いたいことは好き放題なんでも言うだが、俺に対しては何も言わない。
円堂は先日の豪炎寺との会話を思い出し瞠目した。
豪炎寺はのことをきちんとわかっていたのだ。
ただ、わかっていても考え方があまりにも消極的だったから、物事をいい方向に捉えられなかったのだ。
確かに、は豪炎寺には何ひとつ言っていなかった。
本当に伝えたいこととは見当違いなことばかり口走っていたのだろう。
どうやらは不動とも似ているらしい。
天邪鬼なところなどそっくりだ。
円堂は無性に、鬼道との共通点も探してやりたくなってきた。






、今俺に言ったこと全部豪炎寺に言ってやれよ。言わなきゃいけない」
「なんで」
「言わないと、は絶対後悔する」





 キャプテン命令で友だちの頼み、絶対言ってやれと言い残した円堂がフィールドへと飛び出していく。
言ってやれと言われても、ベンチから豪炎寺がいるところまでどれだけ大きな声を出せば届くというのだ。
喉を潰す覚悟で大声で叫んでも、スタンドを埋め尽くした満員の観客の大歓声に遮られて聞こえないだろうに。
そんなのはただの叫び損だ。
は残り時間の少なくなった時計をちらりと見やり、豪炎寺へと視線を移した。
やる気がないのか、いつまでもぐずぐずとタイガーストームを失敗し続けている。
もう嫌だ、もう見ていたくない。
はベンチから腰を上げるとゆっくりとフィールドへと向かった。
大きく一度深呼吸する。
言わなくちゃいけないんだろうけど、でも、今更何を言えばいいの?
思ったことを伝えて、それでちゃんと伝わるって確証はある?
言って伝わらなかった時の悲しさはもう味わいたくない。
・・・いいや、たぶん私は、いくらなんでもそこまで甲斐性のない男を幼なじみにはしていないはずだ。
私の幼なじみは不器用で無愛想で甲斐性もないろくでもない男だけど、サッカーだけは誰よりも巧くて大好きな、トータルすると割といい男だ。
は両手を口元に宛がうと、呼び慣れた名前を力の限り叫んだ。
聞こえなくてもいい。
聞こえていないというのが前提にあるから、多少恥ずかしいことを言っても大丈夫だろう。
後でからかってきたベンチ組には、その部分の記憶を飛ばすくらいまでアイアンロッドをぶちのめせばいい。
は羞恥心をかなぐり捨てると、こちらに背を向けている豪炎寺におまじない代わりの檄を飛ばした。






「今の修也、正直ぜんっぜんかっこよくないしエースストライカーのオーラもこれっぽちも出てないけど、私、ちゃんとファンでいてあげるから!
 だから、ファン悲しませたりがっかりさせるようなプレイそろそろやめて本気見せて!」
「・・・・・・」
「・・・だ、大好き! サッカーやってるとこだけ、サッカーだけ! サッカーやってる修也のこと大好き!
 ずっと・・・・・・、ずっと、ずっと好きでいてほしいんなら、今日も、最後までかっこいい私の大好きなサッカーやってる修也見せて! ・・・見たいの、それ見たくて私ここまで来たの!」






 これが本当に言いたいことだったのかはわからない。
大声で叫べば、何もかもが言いたかったことのように思えてくるから不思議だ。
は肩で息を吐くと、ベンチに引き返した。
恥ずかしくて顔が上げられない。
我ながら、何と恥ずかしいことを言ってしまったのだろう。
今更恥ずかしくなってきて顔を伏せていると、隣に秋がやって来て優しく背中を撫でてくれる。
伝わったかなと恐る恐る尋ねると、これで伝わらなかったら豪炎寺くんは駄目男だよと励ましてくれる。
心優しい秋に駄目と言われると、本当に男としての魅力が皆無なようで洒落にならない。






「木野先輩の言うとおりです! ここまでさんが言っても伝わらないんだったら、私豪炎寺さんに今まで以上に冷たく当たります! そしてお兄ちゃんにもっと発破かけます!」
ちゃん、男なんで所詮こんなものだよ。豪炎寺さんに見切りつけたらいつでも私のところに来てね。だってちゃんは私の運命の人だもん・・・!」
「冬花さん、ちょっと前からずっと訊きたかったんですけど冬花さんはさんの何なんですか? あんまり度が過ぎるようだったらライバル認定ですよ!」
「うふふちゃん、大人になったらオランダに行って一緒にチューリップに囲まれた新婚生活送ろうね」
「オっ・・・、やっぱりそうなんですね冬花さん! いけません、絶対に駄目です全力で拒否します!」
「秋ちゃん、2人が何話してるのかわかる?」
「私もよくわからないけど、わからなくていいことだと思うの」





 わやわやと揉め始めた春奈と冬花は放っておき、秋とは再びフィールドへと視線を戻した。
先程まで乱れていたチームの呼吸がぴたりと合っている。
動きに切れが戻り、何としてでも点をとろうという気迫が以前よりも増したように感じられる。
これならば、もしかしたらいけるかもしれない。
虎丸のタイガードライブを受けた豪炎寺に背後に、立派だがイケメンでもなんでもないマジンが現れたのを見ては思わず立ち上がった。
勝ったのと尋ねると、勝ったみたいと呆然とした声が同じく立ち上がっていた秋から返ってくる。
勝利の実感が湧かず電光掲示板に目をやると、そこには正しくイナズマジャパンの勝利が示されている。
世界だ。そう呟いた途端、はへにゃりと相好を崩した。
ベンチへと引き上げてくる風丸と鬼道を見ると、ますます顔に筋肉が緩んでくる。
は風丸が広げた両腕の中にぎゅうううっと抱きついた。






「おめでとう風丸くん! 新しい必殺技おめでとう! 今日もすっごくすっごく滅茶苦茶かっこよかった!」
「本当にそう思ってるのかな? 後半ちょっと、俺がいつもみたいじゃないって言ってたんだろ?」
「あ、う、それは」
「冗談だよ。ありがとうのおかげで俺たち連携できるようになったんだ。やっぱりはよく見てるんだなあ、よしよし」
「いっちばん見てるのはダントツで風丸くんだよ! あのね、眼鏡くんに頼んで風丸くんの活躍シーン編集してもらってんだ!」
「目金だよ。いい加減覚えてあげような」
「うんわかった!」





 風丸と試合終了恒例のハグをし、鬼道へ向き直るとありがとうと礼を言う。
それはこちらの台詞だと言い返されきょとんとしていると、鬼道は柔らかな笑みを浮かべを見つめた。






の言葉で不動が変わったし、チームも変わった。俺はまた妬いたがな」
「えっ、いつ焼き餅妬いたの?」
「・・・いつか俺がサッカーもろくにできないくらいに落ち込んだら、は今日みたいに励ましてくれるか?」
「もちろん! 鬼道くんにはいつでも励ましちゃう! ・・・と言いたいとこなんだけど、だからってわざと落ち込むのはやめてね」
「当たり前だ。そこまでしてに構ってもらおうとは思わない。しかし・・・、は豪炎寺のことが好きなのか? 豪炎寺に決めたのか?」
「へ? まさか、そんなわけないじゃん。・・・・・・げ」
「げ?」
「・・・もしかしてあれ、聞こえてたりしたとかそんなことあるわけないっていうか、ありだったら私は今すぐここから逃げ出したい」





 逃げられるものなら逃げ出したい。
聞こえないと信じていたからカミングアウトできたのだ。
聞こえているとわかっていたら、あそこまで素直にはならなかった。
なれるわけがなかった。
どうしよう、取り返しのつかないことをやってしまった。
は加入後もう何度目になるのかもわからない、イナズマジャパンから脱退したくなる衝動に襲われた。
どこまで聞かれていたのだろうか。
全部だとしたらもう、今すぐにでも両親の待つ実家へと飛んで帰りたい。
穴を掘ってでも入りたくなったの背中に、控えめに名を呼ぶ声が聞こえてきたのはその時だった。







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