と名を呼ばれ、ぎこちなく背後を顧みる。
最悪のタイミングで最悪の人物が声をかけてきた。
あえて最悪のタイミングを狙ったのではないかという登場に、の中でむくむくとクレームワードが生成されていく。
クレームを口に出すことができなかったのは、豪炎寺が存外穏やかな表情をしていたからだった。
鬱々としたくらい表情ならば文句の2つや3つ言えたが、すっきりとした表情を見てしまえば何も言えなくなる。





「・・・何よ」
「ありがとう
「・・・は?」
のおかげで目が覚めた。俺はサッカーが好きだ。それは、どんな道に進もうと変わることはない」
「ドイツにもサッカークラブあるし、むしろあっちの方が日本よりもレベル高いしね」
「ああ。ありがとう、こんな俺でも見捨てずずっと応援してくれて。本当にありがとう、





 豪炎寺の口からこれほどまでに多くの『ありがとう』を聞く日が来るとは思わなかった。
最後の最後まで、人に感謝するということを知らずに旅立っていくとばかり思っていた。
もしかしたら今日を最後にサッカー選手としての豪炎寺修也はやめるから、それで今までのありがとうの総決算をしているのかもしれない。
そう思うと寂しくなってきて、ありがとうの言葉を弾き飛ばしたくなる。
あれだけ聞きたいと思っていたのに、いざ現実を目の当たりにするとなんとも居心地が悪かった。





「お兄ちゃーん!」
「夕香」
「お兄ちゃん、勝ったね!」





 スタンドの最前列へやって来て、にっこり笑顔で兄をねぎらう夕香を豪炎寺とは見上げた。
これから兄がどんな道に進むかわかっていない無邪気な笑顔が眩しくて、黙っていることが少しだけ後ろめたくなる。
兄が自ら選んだ道だからとすんなりと納得するのだろうか。
お父さんの頑固者もう知らないと怒れば即ち、夕香の反抗期に突入だ。





「これで彼らを世界に送り出すことはできたな」
「父さん」





 気難しい表情を浮かべた勝也がフィールドへ現れる。
豪炎寺家の問題に口は挟みたくないので逃げようと試みるが、勝也にそこにいてくれと言われると待機せざるを得なくなる。
人様の家の厄介事には首を突っ込みたくないのだ。
ドイツには行ってほしくないが、さすがにそれを言うとアウトな気がする。
は豪炎寺親子から2,3歩下がると、両手をぎゅっと握り締めた。





「父さん、ありがとう」
「お前の役目はこれで終わったな」
「・・・・・・はい」
「・・・しかし、彼にはまだお前の力が必要なようだ」
「え?」
「修也、お前はお前自身の道を歩いていくがいい。ちゃんも、修也が何かと迷惑と心配をかけてすまなかったね。今後とも末永く修也の面倒を看てやってくれ」
「おじさん、修也ドイツは? お医者さんは? ぶっちゃけ、今日の試合言うほど修也活躍してなかっ「、余計なことまで言わなくていい」
「だからちゃんと呼びなさいといつも言ってるだろう。そうかそうか、じゃあちゃんに心身共に鍛えてもらって大活躍させてもらおうかな」
「いや、私も修也のお守りだけやってる場合じゃないんで。鬼道くん風丸くんあっきー、見たい人いっぱいいて正直最近は前ほど修也見てない」






 この幼なじみ、どさくさ紛れに何をぺらぺらと人を傷つけているのだ。
俺を見てくれと頼んだではないか。
本気のプレイを見せてだのかっこいいサッカー見せてだの、つい先程まで絶叫していたのはどこの誰だ。
どうしてわかりやすい嘘をつくんだと詰ると、はむうと眉を潜めた。




「嘘なんか言うわけないじゃん。なぁにあのやる気ないプレイ、ほんっと見てて腹立った!」
「腹立ちながらもあれだけ叫んだのはどこのだ」
「む・・・。・・・あれ、そんなに聞こえてた?」
「前に言っただろう。他の奴らはともかく俺は、の声なら聞こえるって。愛情に溢れていてとても嬉しかった、ありがとう
「あ、あ、あ、あれなし! やっぱあれ嘘、かなり嘘言った!」
「エースストライカーのオーラがないっていうあたりか?」
「ノン! その後、大好きって言ったあたり! うわーきゃーもー、言わなきゃ良かった、ちょっと私消しかけたのだぁれ、円堂くん!?」
「うわっ、なんかよくわかんないけどほんとごめん、大それた事言ってごめん!」






 身の程弁えたこと言いなさいよ、もう!
だって俺キャプテンだし友達だし、結構権限あるはずなんだけどもしかしては治外法権なのか!?
豪炎寺一家を置き去りにしチームの輪に突っ込んでいったを見ていると、サッカーを続けられと共に世界へ行ける嬉しさがじわじわと体中に満ちてくる。
これで本当にに世界を見せてやれる。
これからも全力のプレイを見せてやれる。
ずっと一緒にいられる。
豪炎寺は父に深く頭を下げると、チームメイトの元へと駆け寄った。
俺世界に行けると宣言すると、おおっとどよめいた後に歓声と拍手が巻き起こる。
良かったなあ、良かったなあと我がことのように喜ぶ円堂にもみくちゃにされ、事情がまったくわからない者にもぐしゃぐしゃにされ、久々に心から笑い声を上げる。
楽しそうでなによりだ、笑顔の幼なじみが見れてこちらも恥じらい死ぬ思いをした甲斐があった。
はがやがやと賑々しく控え室へと引き上げていく円堂たちを見送ると、一人遅れてのんびりとやって来る不動の隣へと足を向けた。






「あっきーもおめでと! 初出場で初アシスト、さっすがあっきーやればできるじゃん!」
ちゃん」
「ん? なぁにあっきー」
「・・・ただいま」
「・・・あっ! うん、おかえりあっきー! そうだ、あっきー今日すごかったからハグする? する?」
「いらねぇよ、ガキじゃあるまいし」
「む、そんなこと言わなくていいじゃん! あっきーのいじわ「ちゃん」わっ!」





 のんびりと前を歩いていた不動が突然立ち止まり、振り返ったことには慌てて足を止めた。
だが、あまりにも唐突過ぎる急停止に追いつかず、不動にぶつかるべく体が前のめりに傾ぐ。
ふわりと両肩をつかまれ支えられたの額に不動が顔を寄せる。
気を付けとかねぇとあっという間に喰われちまうぞと呟き、肩から手を離した不動がにやりと笑う。
つかんでくれてありがたいけど何したのとせっついてくるにの額を、不動はちょんと指で弾いた。





「真帝国で俺の背番号がいくつだったか知ってる、ちゃん?」
「知らなーい」
「10番でした」





 こう言ってすぐに気付けばもまだまだ勘が鋭いが、彼女の勘の鋭さはサッカーでしか見られないからまず無理だろう。
それでいい、むしろそちらの方が都合がいい。
さて、これからどうやってかき回してやろうか。
不動は歩行速度をぐんと緩めたに、お家に帰るまでが遠征ですと呼びかけた。






試合の経過は、アニメやゲーム等でご確認下さい






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