54.行く人去る人見送る人










 最後のダンボールにガムテープを貼り、ふうと息を吐く。
これで全部だ。
ライオコットに持っていく荷物はスーツケースに詰め、残る私物は全てダンボールに放り込んだ。
改めて見回すと、今まであった物がすべてなくなった部屋はがらんどうで寂しく感じる。
物音ひとつしない家はもう自分のものではないような気がして、どこか余所余所しくも思えてくる。
もう、この家ともお別れだ。
次に帰る場所はここではなく、かつて住んでいたあそこだ。
両親からの手紙と電話によれば、ご近所さんは変わらずご近所さんだったらしい。
ちゃんの活躍も見たいけど、ママたち寂しいからやっぱり早く帰って来てねと話す母の声は寂しいと言っておきながらも嬉しそうで、
娘がいない間に新婚生活を再現していることがありありとわかってくる。
家族の仲がいいことは素晴らしいことだと思う。
いずれは自分も、両親に負けないくらいにラブラブな結婚生活を送りたいという夢もある。
そのあたりも考えてダーリンは選ばなくてはなるまい。
イケメンは好きだが、イケメンだけでは世の中生きていけないのだ。
吹雪を見てみろ、彼はイケメンだがとんでもないエロ眉毛だ。
アフロを思い出せ、奴は顔しか良くないただのナルシストだったではないか。
イケメンで男前できらきらしている人物など風丸しかいない。
もしかしたら風丸は、人間を超越した現人神的な存在なのかもしれない。
ありうる、なぜならば風丸は風丸だからだ。
俺実は天界から遣わされた天使か神だったんだとカミングアウトされても、風丸ならばあっさりと信じてしまいそうだ。
むしろ、長年の疑問が胸にすとんと落ちて、何度も頷き納得しかねない。





「・・・行きたくないけど引き取ってやるか・・・」





 いつ帰って来るともわからない場所に不要な思い出を残しておきたくない。
は自宅を出ると、豪炎寺家へと自転車を漕ぎ始めた。































 返してと言われ、思わず着てくれと口走ったことは謝る。
コスプレに興味はないから、変態という嬉しくもなんともない称号だけは付与してほしくない。
豪炎寺はにぎゅうと腕をつねられ、早くしてよと急かされていた。
突然やって来て何を言い出すかと思えば、メイド服返してである。
呼びもしていないのに自発的にが現れたことで喜びに浸っている時間もなく、てきぱきと用件だけ告げられた。
せっかく来たならゆっくりしていけと誘ってみると、そんな時間はないと即答される。
TPOを考えていないのはどちらだと思っているのだ。
豪炎寺はつれない態度しか取らないには見えないようにため息をつくと、自室へと案内した。






「なんで修也の部屋に入んなきゃなんないの」
「ここにあるからだ」
「えっ、まさか修也あれ着たの? そんな趣味あったわけ? やっぱ変た「違う」





 豪炎寺はの言葉を遮ると、部屋の入り口近くに置いてある紙袋を突き出した。
ここに置き去りにされた時から紙袋すら変えていない。
エプロンにすら触っていない。
は紙袋を受け取ると、豪炎寺の勉強机へと視線を向けた。
ああと小さく声を上げ、机上の写真立てを取り上げる。
なっつかしーまだ持ってたんだと感慨深げに呟くの肩越しに写真を覗き込み、豪炎寺はふっと頬を緩めた。





「覚えてるのか?」
「もっちろん! わー、ちっちゃい私も可愛い! ほんとちっちゃい、修也もちっちゃい!」
「今もは小さいだろう」
「修也が図体だけ大きくなっただけでしょ。ランドセルとか超懐かしいなー」
、ランドセルの存在知らなかっただろう。・・・どうして知らないんだったか」
「ただの文化の違いでしょ」
「同じ日本人なのにおかしなこともあるんだな」
「そうやってまた私馬鹿にしたでしょ。ほんと修也冷たい、優しくない」






 は、写真の中でにこにこと楽しそうに笑っている幼少時の自身を見つめた。
ランドセルを背負い、同じく笑顔を浮かべている豪炎寺と並んで小学校の校門前に立っている。
小学校低学年の頃はまだ近所の友人としか見ていなくて、また、周囲も人類皆同性だと思っていたから非常に付き合いやすかった。
5,6年生になってからはなにやら周りが急に色づき始め、何かと面倒になってきた。
だから学芸会では魔女役になったのだ。
あそこで意地を張って見た目そのままぴったりのお姫様役に就いていたら、間違いなく幼なじみライフは破綻していた。
子どもの好奇心は無邪気な分、残虐でもある。
は小学生とは思えない己が大人びた対処に今でも感心していた。






「もう10年経つんだな」
「まだ9年」
「10年経ったら、記念に何かするか?」
「どんなことするの?」
「・・・サッカー?」
「いつもやってるじゃん、サッカー。ていうかサッカーしかしてないでしょ、このサッカーバーカ」
「サッカーバカの俺が好きなんだろう?」
「うじうじ悩んでぐずぐず弱音吐くよりか、サッカーでもなんでもいいから没頭してる方がましってこと。・・・本当にもう平気? 吹っ切れた?」





 これでまた悩んでいるとでも答えたら、今度こそ本当に鉄パイプでぶちのめしてやる。
スプレーで塗装したイナズマジャパンカラーの鉄パイプは、向こうへの荷物には詰めず手元に残している。
スーツケースには長さの問題で入らなかったが、手荷物として持ち込もう。
イナズマジェットとかいう特製飛行機で行くらしいので、多少の無理は通るはずだ。
そうだ、荷物といえば南の島に水着は必要なのだろうか。
持って行くかどうか秋たちと話していて、結論が出ないまま別れてしまった。
いるのだろうか。
いるなら買いに行かなければならないのだが、果たして南国の暑く厳しい日差しに乙女の柔肌は耐えられるのだろうか。
買うとしたらどんな柄でどんなタイプにしよう。
は一度豪炎寺を見上げていた顔を、彼の返答を聞く前に下へと引っ込めた。




「風丸くんなら青って言いそうだけど、鬼道くんはまた紫って言いそうだなー・・・。いっそ黒にして小悪魔に変身してもいいけど、やっぱ私天使だからキャラは変えちゃまずいなー・・・」
「何を言ってるんだ。俺は赤がいい、譲歩してオレンジだ」
「独り言に入ってこないで」
「俺が質問に答えようとしたら急に話題を変えたのはの方だ」
「ああそうだっけ? で、答えは?」
「もう平気だ。もうぶれない、俺はサッカーをやる」
「あっそ。メンタルが強くなって私も肩の荷が下りました、めでたしめでたし」
「俺の話を聞く気があるのか?」
「ない。今日の私の用事はこれ引き取りに来ただけだから」





 は紙袋を持ち上げると、豪炎寺にくるりと背を向けた。
これもダンボールに詰めておかなければ。
そこまで考え、はっと思い留まる。
しまった、ダンボールにはすべてにしっかりと封をしてしまった。
今更また開けて、嵩張るメイド服を突っ込むキャパシティはどこにも残っていない。
紐で縛り上から押さえつけ、ようやく飛び出す中身に蓋をしたのだ。
あんな格闘は二度とやりたくない。
引越しなどもう二度とごめんだ。






「ん?」
「世界大会、楽しみだな」
「うん! はあー、イケメンいるかなー。絶対金髪碧眼のイケメンとかいるよね、超楽しみ」
「俺たちのサッカーをサポートしに行くんだ。わかっているのか?」
「サッカーやってるイケメンを見に行くの。風丸くんが人間じゃなかった時用に、人間のイケメン探しとかないと」
「風丸はれっきとした人間だ。宇宙人はヒロトと緑か・・・なんでもない。とにかく、風丸は霊長類ヒト科の男だ。風丸に対して失礼なことを言うな、風丸だって怒るんだ」
「風丸くん神様か天使かもしれないじゃん! あんなにかっこよくてきらきらしててかっこよくて、とにかくかっこいい人が人間なわけなーい!
 神様じゃないなら私推薦する。風丸くん私と一緒でマジ天使」
「俺は人間以外の奴を幼なじみにした覚えはない。は人間だ、どこからどう見てもただの人間だ」
「こーんなに可愛い女の子をただの人間呼ばわりするとかひっどい!」
「・・・人間なんか、皮一枚剥げば骨格はみんな似たようなもので区別なんかつかなくなるんだ。だから見た目で物を決めるのは良くない」





 金髪碧眼も黒髪黒目も所詮は同じ人間だ。
豪炎寺はまたもやぶすくれた表情を浮かべ、もう修也なんか知らないと捨て台詞を吐き家を出て行ったの背中を見つめ深くため息を吐いた。







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