駄目なものは駄目なのだ。
どんなにごねてもおねだりしても、無理なものはもう無理なのだ。
半田は出発直前になっても駄々しか捏ねず、挙句大人を困らせているを必死に窘めていた。
おそらくはとまともに話す最後の機会になるから、少しはしんみりとした雰囲気になるだろうと予想していたこちらが浅はかだった。
いつでもどこでも、まるでそれが義務であるかのように一悶着起こすにしおらしさなど求めてはならなかったのだ。
これもらしいと思ってしまえばいいのかもしれない。
最後の最後までらしく賑やかで滅茶苦茶で、そして当たり前のように自分へ責任と面倒事を押しつけてくる。
こんな日々とも今日で最後だと思うと、いつまでも振り回されていたいと名残惜しく思ってしまうのだから相当な中毒だと思う。
この病気はできれば治ってほしくなかった。





「せっかくイナズマジャパンカラーにしたのにあっちに持ってけないなら意味ないじゃん」
「そもそも、持ってく必要あるのか? もういらないだろそれ、今度は何と戦うんだよ」
「もーう半田ってばちょっとは学習しなよー。円堂くんたちがサッカーやってて事件起こんなかったことあった? また起こるかもしんないじゃん、二度あることは三度ある!」
「おまっ、変なこと言うなよ! 何だよその事件予告怖ぇよ!」
「まあ、あっちで事件起こっても半田には関係ないけど」





 は機内持込が拒否され、所在なさげに床に転がっている鉄パイプを見やった。
海外旅行に行くからとせっかくおめかしさせたのに、パスポート不携行と身長制限で搭乗拒否されるとは考えてもいなかった。
手荷物としてごり押しするつもりだったのだ。
せめてこのパイプが折り畳み式であれば良かったのだろうが、芯がすっと通ったパイプに折れろとは言えない。
はふうとため息をつきイナズマジェットを見下ろした。
イナズマジェットにイナズマキャラバンが搬入されている。
あれだ、あれに載せよう。
は半田を置き去りにすると、鉄パイプを手に取り駆け出した。
制止を求める警備員を掻い潜り、キャラバンが収納され今にも閉められようとしているハッチを開けさせる。
は古株からキャラバンの鍵をもぎ取ると、キャラバンの座席に鉄パイプを放り投げた。
なすべき事をやり終え勝ち誇った笑みを浮かべ半田へと顔を向けると、ガラス越しに半田がなにやら叫び、そして呆れたように額に手を当てている。
なぜ呆れるのだ。
大事な親友が来たるべき悪の組織に害されないように武器を用意しただけだというのに、どうして呆れられなければならないのだ。
はロビーへと戻ってくると、半田にぐっと詰め寄った。





「ちょっと、なぁにその顔。なぁんであんな顔で私見るの」
「自分が何やってるか考えろよ! ったく、お前ってほんっと滅茶苦茶だな!」
「半田が地味なだけでしょ」
「地味って言うな!」





 半田の怒りは聞き流すことにしたのか、がふらふらと帝国のイケメンへと寄っていく。
佐久間くんお久し振りだねイケメンだぁとはしゃぐを見ていると、とことんまでに邪険に扱われているなと思ってしまう。
親友なのに、いや、親友だからこそのこの扱いなのだろうか。
は寂しくないのだろうか。
先日も冗談のように寂しいと口にしていたし、本当に寂しいとは思っていないのかもしれない。
はあの時、何度も向こうへ『帰る』と言っていた。
にとって日本が仮の住まいにすぎないのだとしたら、仮の住まいに忘れ物と落とし物をしすぎだ。
にとっては通過点かもしれないが、半田にとって雷門中でのとの生活はとても大きな、これから何年経とうと忘れられない日々だったのだ。






「半田」
「風丸」
「佐久間に取られちゃったな、
「こういう扱いは慣れてるからいいけど。・・・あいつらのこと頼んだぞ」
「ああ。半田も少林たちのことよろしくな。のことはちゃんと俺らが見とくからそんな顔するな」
「あいつ、意外とまだやばいから」
「わかってる。豪炎寺に振り回されてばっかりで、これで豪炎寺がまともになればいいんだろうけど」





 風丸と半田は豪炎寺へと視線を向けた。
夕香やフクと別れの挨拶を交わしている豪炎寺の顔はとてつもなく緩んでいて、いつもの彼とは思えない。
妹への愛情の1割でもにもっと早くから注いでいれば、あるいは今頃はと思わずにはいられない。
気付いた時にはいつももう手遅れなのだ。
出遅れた分はこれから挽回するしかなかった。





「豪炎寺、ちょっといいか」
「あっ、半田お兄ちゃんだあ!」
「こんにちは夕香ちゃん、すっかり元気になったなー! もう、今度こそ大丈夫だろうな」
「もう大丈夫だ。これ以上半田に叱られたくもないからな」
「叱りたくて叱ってんじゃねぇよ。俺は、世間常識の枠に当てはまらないお前ら2人に当たり前のこと言ってるだけ」





 豪炎寺がのことを大切に想っているということはよく知っている。
大切だから考えすぎ、もっと大切にしたいと思うから遠ざけてしまうのだろう。
遠ざけ方があまりにも極端で酷いから、大切なものを傷つけてしまう。
もっと簡単に素直になればいいのに、格好をつけているのか変に気取っては損ばかりしている。
本音を見せないでに好かれると思ったら大間違いだ。
のようなラスボス級に扱いに手を焼く子に対しては、常に本気の本音の全力で対応しなければならないのだ。





「俺、鬼道じゃなくてお前応援してんだよ。だからあんまりがっかりさせるようなことするな」
「心強い味方・・・と言いたいところだが、ライオコットに来ないのなら戦力にはならないか・・・」
「悪かったな代表になれなくて! ったく、俺いなくても豪炎寺には対のキャリアあるんだからいい加減それを上手く使えよ」
「ああ、そういえば立向居にはこの間夫婦みたいだと言われた。どうだ、なかなかいいと思わないか?」
「マンネリ化してて彼氏彼女の新鮮味ないってことじゃね? 夫婦みたいだとはたぶん円堂や染岡たちも思ってる」
「そうか・・・。わかった」





 もっとちゃんとしろよと発破をかけると、豪炎寺も力強く頷く。
豪炎寺の約束を反故にされないことを祈ると、半田は今度は面識はまったくないモヒカンへと足を向けた。
公共の空間でだらしなくベンチに寝そべり不貞腐れている彼は、試合中もとなにやら喋り続けていた親しい友人だと見受けられる。
親友の枠を埋めるのは親友候補だろう。
半田はどこからどう見ても不良にしか見えない不動に、勇気を出して声をかけた。
ああと剣呑な声を上げ、こちらへと顔だけ向けてくる不動に思わず怯む。
不良と仲良くするなんて、はもう少し交友関係に頓着すべきだと思う。





「えっと・・・、の友だち、だよな?」
「いや?」
「・・・、ちょっと来い」
「なになにー? あれっ、半田とあっきーがご対面? めっずらしー!」
、こいつお前の友だちだよな?」
「おう。あっきー・・・、不動リカオくんって言ってね、鬼道くんと同じゲームメーカーなんだ」
「リカオじゃなくて明王だからその呼び方してるんじゃなかったわけ、ちゃん」
ちゃん・・・?」
「あっきー私のことそう呼んでんの。慣れれば可愛いでしょ、やっぱ私って何から何まで可愛くできてんのよ」





 はふふんと笑うと、不動が寝そべるベンチに腰を下ろした。
半田と不動の組み合わせはとてつもなく不思議だ。
新旧友人の初顔合わせといったところだろうか。
まさか半田は今から、不動に友人適性テストでも課すつもりなのだろうか。
出発時間もそろそろ迫ってきたし、あまり時間がかかるようならば不動は日本に留守番ということになる。
不動が留守番になれば、代わりに緑川が復帰してくるのだろう。
緑川でも悪いことはないが、どちらかといえば不動の方がいい気がする。
テスト時間はできれば10分以内でお願いしたい。
そう伝えると、半田ははあと呟き首を傾げた。





「テスト? 何だよそれ」
「だから、半田今からあっきーに友人適性テストするんでしょ? あっきー超いい人だから大丈夫、そんなテストしなくても合格するよ」
「・・・ちゃん、ちょーっと黙ってようか。何だよ半田クン?」
「あ、ああ。のことよろしくな。と仲良いんだろ? もう知ってるだろうけどあいつ、毎日滅茶苦茶な事しかしないからさ、できるだけフォローしてやってくれ」
「む、ちょっと半田、人の目の前でそういうこと言わなくていいじゃん! 公開苛め反対!」
ちゃんもうちょっと静かにしてようか。はっ、別にあんたに言われなくてもわかってんだよそのくらい」
「・・・、本っ当にこういう奴友だちにしていいのか? 俺ちょっと心配」
「友だち? 何を考え違いしてるんだか」





 いつ、誰がの友だちだと認めたのだ。
友だちになりたいと言ったことは一度もない。
今はまだ友だち扱いでいいが、友だちは不動にとってはただの通過点だった。
つくづく野心家だと思う。
欲しいものは手に入れたくてたまらない。
不動は半田を見つめると、にやりと笑みを浮かべた。
半田のようなどこもかしこもぱっとしない男にを託されたり下に見られるのは尺に触るが、いわくの親友に頼まれたのは大きな自信になる。
鬼道でも豪炎寺でもなく、およそ新参者に近しい自分だというのが小気味良い。
彼らを出し抜いた気分だ。
不動はベンチから体を起こすと、のろのろと立ち上がった。
あっきーどこ行くのと尋ねられたので、準備を返しから離れる。
しばらくライオコットにいて雷門には戻れないのだから、きっと親友との別れの挨拶くらいはでもしたいに決まっている。
の親友を無碍にすることはできない。
の笑顔を見るためには、いくつかの条件を達成しなければならないのだ。
不動は半田とから遠ざかると、搭乗時間が近くなりわらわらと集まり始めた円堂たちの元へと歩を進めた。





「あ、みんな集まってる」

「なぁに半田。あっ、今までありがと、ほんと楽しかった」

「ほんとに楽しかったよ、半田と一緒にいっぱい遊んで喋って。あっち帰っても忘れないから安心してていいよ」

「ん? はっ、そういや半田、私に何か言いかけてることあったよね。なになに、何言いたいの?」
「聞きたいか?」
「もち。聞かせて?」





 半田はを真っ直ぐ見つめた。
次にに会えるのはいつになるのだろう。
テレビ中継でしかもう観ることはできないのだろうか。
それは嫌だ、伝わらない無機質な箱の中にいるになど興味はない。
半田はもう一度、と名を呼んだ。
いつまで経っても肝心の内容を言わないことに不信感を抱いたのか、の表情が徐々に曇っていく。
普通そこは怒り顔だろとぼそりとツッコミを入れると、がぶんぶんと大きく首を横に振る。
半田は小さく笑うと口を開いた。





「もし、あっち行ってもやっぱり豪炎寺も鬼道もろくでもない男のままで、でもって10年20年経ってもいい男出てこなくて嫁ぎ遅れたら、仕方ないから俺が相手してやるよ。
 20年・・・はちょっと長いか、15年は待っててやるから」
「ちょっ・・・、何それ。半田、私が今モテ期だって知ってるでしょ」
「知ってる。だから言ったんだよ。どうだ、びっくりしたか?」
「する! あーもうびっくりした、半田いきなりプロポーズしてくるんだもん」
「こんなの冗談じゃないと言えないからな。あ、でも10年後も20年後もそれから先もずっと俺、の親友だからそこは忘れんなよ」
「半田も、ずーっと私は半田の親友だって忘れちゃ駄目だからね! でも、どうしてもって言うんなら、半田がいい男になってたら考えてあげなくもない」
「俺は端から考えてない」
「ひっど! 今振ったよね、半田の分際で私を振った! 信じらんない!」





 半田酷い、超いじわる!
俺は初めてに会った時から今日まで意地悪と苛めの毎日なんだけど。
ロビーでわんわんと言い合い、はっと我に返り互いに顔を見合わせると笑みが溢れてくる。
最後までこうなんだ。
本当はとっても寂しいけど、笑ってさよならできるのだ。
はくるりと半田に背中を見せた。
意図を察した半田が背中にすっと手を置く。





「「今までずっとありがとう」」






 ここまで言っておいてすぐに会えたりしたらそれはそれで恥ずかしいけれど、その時はまた今日と同じ笑顔で再会の喜びを分かち合おう。
半田はいつまでも大きく手を振り続けるを、イナズマジェットが見えなくなるまで見守っていた。






フラグの回収は1話で1つまで






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