55.ライオコットに吹く新しい風!










 友だちがいなくて良かった。
保護者代理に勝手に就任させられていて良かった。
不動は隣席できゃっきゃとはしゃぎながらおやつを貪るを横目で見つめ、密かにほくそ笑んだ。




「見て見てあっきー、島が紙くずみたい!」
「俺ら含めて島国に住んでる奴らに失礼だから、ちゃん」
「ていうかあっきー、なぁんで私に窓側譲ってくんないの。私窓側が良かったのにー」
「ガキじゃあるまいし。あとちゃん、あんまこっちに身乗り出さないで。俺の膝の上に菓子くず落ちてる」
「あっ、あっきーも食べる? はいあーん」





 ぐっと突き出されたいかにも甘そうなスティック菓子を拒否し、シートベルトを今にも外してしまいそうなを所定の位置に戻す。
のお守りという名の隣席を孤独を装い確保したまでは良かったが、まさか、洗濯したて初日でジャージーがお菓子臭くなるとは思わなかった。
汗臭くなる前にお菓子臭くなるとは何事だ。
いつでもどこでもお菓子ばかり口にして、どうせ食べるなら野菜チップスにしたらどうだろうか。
胸部と臀部以外に余計な肉を溜め込んで苦しさに喘ぐなど、不動は見たくなかった。





「あ、そういやラブレターもらってたんだった」
「世の中物好きな奴もいるんだな。あと、一度手は拭いてあげようか」
「あっきーママみたい」
「保護者代理ですから。ていうかそれ、ラブレターじゃないだろ」
「でも緑川くんが俺の知り合いからって言って渡してきたから、これは緑川くん経由のラブレターに決まってる」





 は不動から手渡されたタオルで手を拭くと、差出人不明の封筒を開いた。
ラブレターにしては、可愛いとか優しいとかいった耳心地良い単語がいつまで経っても出てこない。
半分ほど読み進め、は首を傾げた。
カビ頭から手紙をもらってしまった。
カビが移りはしないだろうか。
カビ頭が知り合いの緑川はいったい何者なのだ。
兄弟か親戚がカビ頭なのだろうか。
許しがたいカビ頭だが、誠心誠意謝り、こちらに臣従を誓っているようなのでここは恩赦を与えてやってもいい。
緑川に手紙を託し、自らは姿を現さなかったところは好きになれないが。





「ラブレターだった?」
「ううん、私に絶対服従を誓う舎弟宣言だった」
「過度の意訳はやめようか」
「えー、でも『もう悪いことしません』って誓ってるってことはつまりそういうことでしょ。ほらよくあるじゃん、おとぎ話じゃナイトは女王に忠誠誓うイコール配下みたいなの」
「ここは中世ヨーロッパでもないし、現代なんだよ。ぶっちゃけ許し気さらっさらないだろ緑川のこと」
「なんで緑川くん? 緑川くんは元々悪いことやってないでしょ。今日手紙をくれたのは、緑川くんの親戚的なカビ頭のキチガイ」
「・・・まあ、そう思ってんならそれでいいけど」





 緑川はいつの間に細胞分裂して、分身を生み出したのだろうか。
彼がどんな手紙を書いたのかはわからないが、ますます面倒なことになった気がしないでもない。
基山くんカビ頭は緑川くんのお兄ちゃんか弟さーん?
どうだろうね、彼と俺ランク違ったからわかんないなあ。
なるほど、カビ頭は下僕体質なんだね、納得!
・・・駄目だ、緑川が哀れでならない。
何をどう解釈したのか、トンデモ新説をぶち上げたにヒロトは苦笑いを浮かべた。



































 イナズマキャラバンの中に、とんでもなく見覚えのある鈍器が転がっている。
可愛らしい女の子が持つ物とは思えないし信じたくもない、悪い思い出しか想起させない鉄パイプが床に転がっている。
そうまでして持って来たかった、その理由はどこにあるのだ。
豪炎寺は嬉々として鉄パイプを拾い上げている愛しの幼なじみを見下ろし、捨ててこいと厳命を下した。





「そんな物まで持って来てどういうつもりだ」
「悪い人、不審者がいたらぶちのめすつもり」
「・・・捨ててこい」
「なんで」
「冗談で言っているなら笑って許せるが、は本気でそれを使うだろう」
「修也以外でマジで使ったことないけどね」





 豪炎寺あるんだ、やっぱりあったんだ、ない方がおかしいとぼそぼそと囁きを交わす外野の私語にはこの際目を瞑っておく。
これは本当に痛いのだ。
が加減できなかっただけかもしれないが、内臓が抉れたのではないかと思うくらいに痛かったのだ。
ぶちのめしどころを間違えれば死にも至るかもしれない。
豪炎寺は、うっかりでを殺人犯にはしたくなかった。
手が早い暴力的な女性にもなってほしくなかった。
の武器は、精神的ダメージを与える張り手と暴言で充分なのだ。
そもそも、危険が及ぶ前に守ってやるからは過度な護身用武器など持つ必要はないというのに。





「とにかく捨ててこい」
「やだ」

「アイアンロッドは犬猫じゃないから泣かないもん! 人に迷惑かけないからいいじゃん!」
「現に俺が被害を被ったんだ、捨てろ」
「やーだー! 風丸くん、修也に何か言ってー!」
「よしよし、。いいじゃないか別にパイプの1本や2本あっても。これも今のを造ってる大事なパーツの1つだと思えばなんてことないしほら、チームカラーに合わせて青いんだぞ。
 気が利くなあはほんとに」
「そうだそうだ! もっと言っちゃえ風丸くん!」
「それに、が誰彼構わずこれを振り回すわけがないだろ。豪炎寺がやられたのは、お前がにまた何か意地悪したからじゃないのか?」
「そうだそうだ! 修也がいじわるだからいけないんだ!」





 鉄パイプを青くするのにどれだけの時間と労力がかかったと思っているのだ。
ただスプレーを吹きつけただけでは汗や水で色が剥げてしまうからと、ニスまでばっちり塗ったのだ。
物干し竿で乾かそうと思ったが今回の鉄パイプは高く持ち上げるには少し重く、立向居に適当な嘘をついて騙してムゲン・ザ・ハンドのお世話にもなったのだ。
それに驚くなかれ、この鉄パイプはただアイアンロッドとして活躍するだけではないのだ。
気さくなイケメン源田におねだりしてパイプにドリルスマッシャーで穴を開けてもらったので、穴に紐を通せばイナズマジャパンのチーム旗を掲げることもできるのだ。
1本で2つも3つも活躍する最新機能を備えたかのパイプは、隠してアイアンロッドG4へと進化を果たしたばかりなのだ。
そんな、主に他人の努力が結集して生み出された新生鉄パイプを捨てろとは豪炎寺は鬼だ。
好きな女の子のおねだりは、たとえ100万歩譲歩しても叶えてあげるのが当たり前である。
そこを理解できないのが豪炎寺の限界なのだろう。
大いに風丸を見習っていただきたい。
見習ったところで、風丸のようにはなれないだろうが。





「ライオコットに来てまでを苛めることないだろ。豪炎寺はもう少しに優しくすること」
を甘やかしても、いいことは1つもない」
「俺だって別に甘やかしてはないよ。可愛いをその通り可愛がってるだけじゃないか」





 だから、その発想自体が甘っちょろいといいたいのだ。
駄目なものを駄目だと言っただけなのに、どうしてこちらが糾弾されなければならないのだ。
確かには可愛らしいが、それが見てくれだけだという認識は彼女への恋心を自覚した今でも変わっていない。
それ以上のプラス要因となりうるオプションはどこにもついていないのだ。
風丸は一度、髪で隠れている左目も使ってをよく見るべきだと思う。
可愛いだけの子ではないとわかるはずだ。





「風丸くんは日本でもかっこ良かったけど、ライオコットでも超かっこいい! やっぱり風丸くんって神様だったとか!」
「うん? いや、俺は人間だよ?」
「そっか、じゃあもうこれ以上イケメン増やさなくてもいいかも、私こっちで風丸くんのお世話頑張ろうっと」
「あはは、俺専用みたいだな」
「きゃあそれ素敵! うんうんなるなるー!」





 鉄パイプを放り投げたが、風丸にぎゅうと抱きつく。
ライオコットマジ暑いから近付かないでと到着早々宣告していたのは、どこのご意見番だっただろうか。
豪炎寺は忌々しい鉄パイプを手に取ると、キャラバン後方の荷物置きに無造作に突き刺した。







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