世界の実力を見せつけられた。
世界には一流と呼ばれるサッカー選手がたくさんいる。
数え切れないほどにいる。
は一時停車したキャラバンから身を乗り出し、サッカーグラウンドで練習に励むライバルチームを見下ろしていた。
個人の動きの細かなところはまだ粗さが残るが、彼らを統率しているフィールドの中心に陣取る選手の指揮が良いのでさして気にならない。
選手の活かし方を熟知して、信頼されていなければできない指示の飛ばし方だ。
すごいなあ。
思わずそう呟くと、隣で同じように眺めていた鬼道が口を開いた。





「フィールドの真ん中にいるのに後ろのディフェンス陣まで見えている奴がいるな」
「後ろにも目があるみたい、あの人」
「空から見ているかのようにフィールドのすべてを見渡しているプレイヤー・・・、侮れない」
「鬼道くんも割とそんな感じだけど。あーん、近くであの人がなんて指示出してるのか聞きたーい」
「待て、それ以上身を乗り出すと危な・・・あ」




 さわさわと穏やかに吹いていた風が突然牙を剥き、の頭上の帽子を攫っていく。
風で舞い上がった帽子をつかもうと鬼道とが慌てて手を伸ばすが、あとわずかというところで変わってしまった風向きによってサッカーグラウンドへと飛んでいく。
ぽすんと木に引っかかってしまったそれを見て、はああと声を上げた。





「私の帽子・・・・・・」
「取りに行った方がいいんじゃないか? キャラバンも止まっているし、降りていくなら俺も行こう」
「うん、そうす、る!?」





 席を立ち出口へ向かおうとしたの体が、衝撃を受けぐらりと揺れる。
態勢を立て直し、エンジン音に気付きはっとして窓の外を見やると景色が動いている。
あの運転手、車を動かしやがった。
私の帽子が、半田から餞別とお見舞いでもらった帽子が。
なぜ風で飛びやすい帽子など寄越したのだ。
いや間違った、別に誰かと運命の出会いを果たしたわけでもないのに、どうして急に風がロマンチックに突風が吹いたのだ。
初めて風丸と出会った時は無風状態だったのに、どうして少女マンガばりに気を利かせた気障な風が今吹くのだ。
ずーんと落ち込み座席に戻ったに、鬼道は気遣わしげに声をかけた。





「そんなにお気に入りだったのか?」
「うん・・・。こないだ買ってもらったばっかだったんだ、私に似合うからって選んでくれて」
「そうか・・・」
「やっばー、せっかく買ってもらったのに失くしたとか言ったらさすがの半田も切れるわ」
「半田からもらったのか!? 本当に半田なのか?」
「うん。半田にしてはセンス良かったでしょ。あー、失くさないように裏に名前刺繍したのに風で飛んでくなんて予想外」
「そうか、半田があれを・・・。近いうちに取りに行こう、イタリアエリアは日本エリアからもそう遠くはない」
「敵情視察のついでかあ・・・」
「帽子のついでに視察だ。それに、この地中海の街並みをと歩くのも悪くない」
「ジャージーと制服は明らかに浮いちゃうから、行くならおしゃれして歩いてジェラート食べたい」
「ああ、ジェラートでもパスタでもなんでも食べよう」
「・・・よし、ちょっと楽しみになってきた」





 現金な奴ではない。
食い意地が張っているわけでもない。
純粋に、風によって攫われた帽子を救出しに行くためにグルメエリアに乗り込むのだ。
は自己暗示をかけるべく一度こくりと頷くと、手持ちのライオコット観光ガイドのイタリアエリアのジェラート店にひときわ大きく印をつけた。






























 鬼道はああ言ってくれたが、司令塔として他の選手の倍以上は頭を使うであろう彼をあまり扱き使いたくはない。
暇な時間などなさそうだし、なによりも帽子なしで暑いライオコットの日中を出歩きたくない。
落とし物は早く取りに行くに限る。
もしもまた変な所に吹き飛ばされてしまっていたら、もう二度と帽子には会えなくなる。
は夕食を手早く片付けると、迫る冬花を引き剥がし宿舎宿福を抜け出した。
鬼道の話によれば、イタリアエリアはここからそう遠くはないらしい。
今から行けば片道1時間として、10時頃には帰って来れるはずだ。
は手元の地図と道路標示を確認しながらとぼとぼ歩いていた。





「ほんとに遠くに来ちゃったなー・・・」





 様々な国から訪れる観光客のために、街中の標識はあちらこちらの言語で書かれている。
あれは読めるけどこの字は読めないなあと呟きながら歩いていると、前方をトラックが横切る。
やけに荷台がガタゴトと音を立てていたが、きちんと固定されているのだろうか。
夜中の音は周囲が静かな分余計に大きく聞こえるので、そのあたりも考えて走ってほしい。
トラックの地鳴りは耳や頭に響くのだ。
は坂道をスピードを緩めることなく登っていくトラックを見上げた。
待ってくれーと大声で叫びながら、後方から誰か走ってくる。
だから、どうしていちいち大声を上げるのだ。
馬鹿騒ぎをしていいのは学校と太陽が出ている時間が基本だと知らないのか。
躾のなっていないアホの顔を拝んでやろうと、は声の主の方を顧みた。
アホは友だちで、我らがイナズマジャパンのキャプテンだった。





「円堂くんうるさい」
「えっ、? なんでがこんなとこにいるんだ!? ・・・じゃなくてタイヤ!」
「タイヤ? あ」





 トラックが坂道で急停止した弾みで、荷台からごろりと大きな何かが転がってくる。
大きな何かは坂を下るごとにスピードを増し、一直線にこちらへと向かってくる。
まずい、遂にはよくわけのわからない、おそらくは無機物にまで迫られるモテ期の絶頂期に到達してしまった。
あんなに大きくてよくわからない何かのハグなど、受け止めようものならあっけなく吹き飛ばされる。
ボールをぶつけられてあれだけダイブしたのだから、あのレベルなら下手をしたら木っ端微塵だ。
迫り来る巨大何かをじっと見つめていたの視界に、円堂と正体不明のもう1人が飛び込んできた。
円堂がゴッドハンドとこれまたご近所迷惑な大声で叫んだ声だけは聞こえるが、肝心の技は円堂でないもう1人の背中に阻まれ見えない。
どうやら、視界不良のようだ。





「えっ、えっ、なになに前が見えない。リアルにお先真っ暗」
「あー、とりあえずそこで待っててくれ
「ん」





 地面に倒れたタイヤを飛び越えた円堂がトラックに近付き、荷台からサッカーボールを取り上げる。
まったく意味がわからない、展開についていけない。
円堂をぼうっと見つめていると、前方に立ちはだかっていた正体不明の人物がくるりとこちらへ体を向ける。
大丈夫と優しい声音で尋ねられ、はこくんと頷いた。
どこかで見た顔のような気がするがはて、どこだっただろうか。
彼との出会いを思い出そうと黙り込んでいると、ボールを手にした円堂が戻ってくる。
円堂は少年にボールを手渡すと、興奮した口調で話し始めた。





「お前、スッゲー速いんだなあ! ついていけなかったよ!」
「いや、君のパワーも大したものだよ!」
「俺、円堂守、日本代表のGKなんだ。お前イタリア代表のキャプテンだよな。昼間練習してるとこ見たぜ」
「はっ、イタリア!」
「な、どうしたんだいきなり」
「そうだった、私こんなとこでぼさっとしてる暇ないじゃん、イタリアエリア行って帽子回収しないと」
「帽子は鬼道と一緒に取りに行くんじゃなかったのか?」
「いやまあそうなんだけど、それだといつになるかわかんないから今から取りに行こうかと」





 つまり、鬼道はデートすっぽかされたってことか!
人聞き悪いこと言わないでよ、事実なんだけどさ。
自己紹介からあっという間に脱線しぺちゃくちゃと話していると、ずっと話を聞いていた少年がくすくすとおかしそうに笑い出す。
漫才をしていたつもりはなく至って真面目に話していたので、笑われる心当たりがどこにもない。
円堂と顔を見合わせ笑いの原因を考えていると、少年はへと向き直り面白い人だねと口を開いた。





「面白い・・・?」
「うん、君ってすごく楽しい人なんだね。帽子が俺たちの宿舎にあるの?」
「うん、あると思う」
「じゃあ、今日はもう遅いからまた明日にでもおいでよ。俺もそれとなく探してみるから」
「マジで!? はぁー、さっすが女の子に優しいことで有名なイタリア男、孵化する前でもこれとか将来が超楽しみ」
「俺も、君にまた会える日を楽しみにしてるよ」





 今度は太陽の下で会ってみたいと告げられ、はわあと歓声を上げた。
日本人男子が言えばただの気障ったらしい台詞にしか聞こえないが、イタリア人が言うとまったく嫌味に聞こえない。
はっ、もしかしたら風丸はイタリア人なのかもしれない。
思いつきが口に出ていたのか、円堂が間髪入れずに風丸の親御さんは日本人だぜと注釈を入れる。
円堂も合いの手を入れるのが上手くなった。
半田がおらず欠けているツッコミ役を、これからは円堂も担当するつもりなのかもしれない。
ボケをかます人が誰もいないのでツッコミも必要ないはずなのになぜだろう、周囲の人物の合いの手スキルがめきめき上昇しているように思えてならない。





、このタイヤ持って帰りたいから悪いけどちょっと手伝ってくれたり・・・?」
「やぁん、か弱い乙女にそんな力あると思う?」
「ないな! は鉄パイプより重たいの持てないもんな!」
「ビンゴ! あそこのトラックに運んでもらおうよ、私の交渉力にかかれば運転手の1人や2人!」
「力で脅すのやめようぜ!」





 ちくりと心に引っかかる忠告をしてくる円堂に背を向け、トラックの運転手に談判する。
かくかくほにゃららで配送してと頼むと、ほにゃららは何だと訊かれる。
こちらもわからないことを訊くのは反則だ。
そうやって子どもを丸め込む算段なのだろうが、こちらも引くわけないはいかない。
下手をすればタイヤに轢かれ大怪我を折っていたかもしれないのだ。
莫大な慰謝料と天秤にかければ、タイヤの配送がいかに安上がりかすぐにわかるだろうに。
送るの送りたいのどっちなのと詰め寄ると、送りたくてたまらないとの返答が返ってくる。
よし、穏便に解決した。
は円堂に向かってぐっと親指を突きたてた。
ぎこちない笑みを浮かべた円堂も、同じようにポーズを返してくる。





「・・・あの運転手の人に、今度会ったらとりあえず謝っとこう・・・」





 言葉も暴力で、それを案じての忠告だったがは聞き入れる気がなかったらしい。
円堂ははあとため息をつくと、タイヤを荷台に押し上げた。






何あの女の子超怖い、じじい逆らえない






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