56.いい旅イタリア気分










 見ていてハラハラする。
ポーカーフェイスを気取ってはいるが、内心はとてつもなく緊張しているのが画面越しでもすぐにわかる。
チーム関係者控え室に設置されているモニターに映る豪炎寺を見つめ、は思わずうわあと呟いていた。
愛想が悪く人当たりも人付き合いも悪い彼のことだ、おそらく今は、なんと言っているのかさっぱりわからない余所の国の言葉に静かに混乱しているに決まっている。
元々人が多く群れている場所は苦手だから尚更、ますます混乱のレベルは高いはずだ。
フットボールフロンティアの開会式の時はプラカード持ちとして登場してやったので不安はなかっただろうが、今回はあなたの女神様はお留守番だ。
全世界にとんでもない我が幼なじみのヘマが生中継されないか、考えただけでもわくわくとドキドキが止まらない。




「私もスタンドで観たかったなー。せっかくここまで来たのにテレビ越しなんてつまんない」
「私は、ちゃんと観られるんだったらどこだって楽しいけどな」
「あーあ、風丸くんをもっと間近で見たかったのになー」
「私ももっとちゃんを近くで見たいの。ねえ、密着していい?」
「だーめ」





 冬花は、ライオコットに来てからますます積極的になった気がする。
宿服での部屋割りを決めるときは、お父さんじゃなくてちゃんの隣、もしくはちゃんと相部屋がいいと言い放ち父親をショックのどん底に突き落としていた。
ちゃんに似合うかなと思ってネグリジェお揃いの買ったんだともじもじしながら包みを手渡され、冬花と色違いのネグリジェを贈られた時は夜が怖くなった。
ライオコットの南国リゾート地で宿福もリゾートホテルだったおかげか、1人で寝るには広くて寂しすぎる枕2個付きベッドの真意が夜這いにあるのかと、あらぬ疑いを抱いてしまった。
冗談じゃない、共同生活での不純異性交遊など面倒なだけだ。
冬花は同性なので、不純同性交遊になるのだろうが。





ちゃん最近私に冷たい・・・。不動くんには優しいのにどうして?」
「あっきーだけじゃないでしょ、私はいつでも誰にでも優しい女神で天使なの」
「それが嫌なの! 私にだけ優しくしてほしいの。私にだけ厳しくするならそれでもいいけど、だったら厳しい分だけ愛も欲しいの。私だけのちゃんになってほしいの!」
「いや、無理でしょ。ほんと何なのこの子、お父さんの躾がまずかったわけ?」
「久遠家だけのお前になるつもりはないか? お父さんパパおじさん道也さん道也くんみっちー、今ならどんな呼び方をされても構わない」
「アイアンロッドの餌食になりたいんですか、このロリコン監督めが」




 
 今すぐにでも警察のお世話になりたいのか、不穏な発言ばかり繰り返す久遠父娘の姿と声を完全にシャットアウトすると、はモニターへと視線を戻した。
世界大会へと進出した強豪10チームがぞくぞくと入場してくる。
どのチームにも必ず1人はイケメンがおり、とても目に優しい。
イタリア代表がスタジアムに現れ、はああと声を上げた。





「あの人? あの先頭の人がキャプテンさん?」
「キャプテンマークつけてるからそうだと思うよ。ちゃん知ってるの?」
「あんなイケメンなお顔してるとは知らなかったけど、こないだ夜お散歩してたら会ったんだ。へえー、超イケメン!」
「イタリアの白い流星って呼ばれてる、ヨーロッパ屈指のストライカーなんだって。えっと・・・、フィディオ・アルデナくん?」
「フィ・・・? んー、呼びにくい、あだ名で呼びたい」
「確かに外国の人の名前って呼びにくいよね。私も昔はちょっと苦労したもん」
「だよねだよねー。私も、それでちっちゃい頃愛称で呼んでた人いたんだけどさー」





 イケメン揃いのイタリア代表を見送り、ようやく現れた日本代表をぱちぱちと拍手で出迎える。
ほら、ヘマをしろ。
緊張しているだろうから、そこでずべっとこけてみろ。
のおねだりは液晶画面で阻まれたのか、豪炎寺の身に特にこれといった面白いハプニングが起こることなくカメラが次のチームへと向けられる。
少しくらい羽目を外せばいいものを、これだからただのサッカーバカは面白くない。
人生にはもう少し捻りを入れてもいいのだ。





「あ、金髪碧眼の超イケメンの後ろに見覚えあるノリ良さそうなアジア顔が2人いる」
「一之瀬くんと土門くんって言ってあげて、ちゃん」
「いやあでも、一之瀬くんのことだからどうせ『俺を一之瀬くんって呼ぶのは秋だけで充分だよ☆』とか思ってそうじゃん」
「ふふっ、一之瀬先輩ならほんとにそんなこと思ってそうです! 一之瀬先輩、木野先輩のことしか見てなかったですもん!」
「もうっ、2人ともからかわないで! でも良かった、2人とも元気そう」
「秋ちゃんは、お母さんとかお姉ちゃんみたいな目で一之瀬くんたち見てる気がする」
さんもそう思いました? やっぱりキャプテン見てる時と目の色違うんですね!」





 これは一之瀬くん、どんなにアタックしようが脈ないんじゃない?
そんなこと言わないで下さい、さんにそれ言われたらお兄ちゃん立ち直れなくなります。
遠くへ送り出した息子を見守る母のごとき慈愛に満ちた瞳で一之瀬と土門を眺める秋の傍らで、と春奈はひそひそと囁き合った。







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