せっかく観光地に来たというのに、ろくに観光する時間もありゃしない。
たった10チームしか参加しない世界大会なのだからもっとのんびりとすればいいのに、いきなり2日後から初戦イギリス戦が待ち受けているらしい。
なんとも慌ただしい試合日程だ、これでは鬼道とのジェラート行脚はおろか、風丸との思い出作りもできやしない。
どうなっているのだ、この大会は。
観光客から多額の金銭を巻き上げる一番手っ取り早い方法はずるずるダラダラと長く大会を開催することだというのに、やはり未成年のサッカー大会で儲かることには
良心の呵責があったのだろうか。
大人の世界は難しくてよくわからない。
は空を見上げ、眩しすぎる太陽に目を細めた。





「赤紫白黒、もうどれだっていいっての・・・」





 イギリス代表から親善パーティーの招待を受けてからというもの、は非常に居心地が悪くなった。
当然のように赤を強要する幼なじみ。
妹を介して紫を推してくるゲームメーカー。
ウェディングドレスの予行練習と笑顔でのたまう監督とその娘。
ない色気出したいなら黒だろと、さらりと失礼なことを言ってくる保護者代理。
何を着ても似合うとわかっているから尚更、自分好みの色を着せたくて奴らは必死なのだろう。
だが、その必死さにドレスを身にまとう当のお姫様はがっつり引いているのだ。
やめろよみんな、は何着たって可愛いんだから好きにさせてやれよと嗜める風丸の声も、いつもならすぐに聞き届けられるはずなのに今日は意味を成さなかった。
それだけ皆、必死だった。
そう頻繁には着ない正装というシチュエーションに目が眩み、自らの欲望を叶えるためだけにわあわあと騒いでいる。
迷惑なことこの上ない。
何を着るかはお楽しみといった、びっくり箱的な待ち方はできないのか。
はベンチから腰を上げた。
追っ手が来る前に、早いうちにイタリアエリアに帽子を回収しに行こうと思う。
もう鬼道など知るものか、イタリア男と浮気してやる。





「6時からだから、5時にここ帰ってくればいっか!」




 帽子を拾いに行くだけだから、そう時間はかからないはずだ。
はイタリアエリア行きのバスに乗り込んだ。




























 サッカーグラウンドの周りを探し、草むらを探し、それとなくチームメイトにも訊いてみる。
どこを探しても見つからない落とし物の帽子を、フィディオは探し続けていた。
彼女が言うとおり本当にここにあるのかはわからないが、あったらいいなとは思っている。
物を大切にする彼女の心構えが好ましかった。
それにしても、いったいどこに飛ばされてしまったのだろう。
大きく伸びをしたフィディオに、背後からあのうと声をかけられたのはその時だった。




「あのー、こないだ私と会った人ってお宅?」
「君は帽子を落とした子かな? やあ、会いたかったよ!」
「当たってたー、良かった良かった! 帽子あった?」
「いいや・・・。今も探してたんだけどどこにもないんだ」
「そっかあ・・・。私が最後に見たのはー」





 はフィディオを従えると、のんびりと歩き始めた。
キャラバンから見た限りでは、帽子は木に引っかかっていた。
ただでは転ばない案外しぶとい半田がくれた帽子だから、今もまだ木にしがみついているかもしれない。
は目的の木へと辿り着くと上を見上げた。
青々と生い茂っている葉と、それによって生み出される不規則な影が視界を遮る。
レアアイテムはボスを倒した先にあるのが物語の王道らしいので、半田の帽子はきっとここにある。
何の確証も抱くことなく、は思い込みと自己暗示で帽子の在り処を特定した。





「よし、ここにある!」
「えっ、どこに?」
「見えないけどここにある! よーし、登っちゃお」
「待って、危ないよ。この上にあるなら俺が取りに行くよ」
「えー、でも落ちて怪我しちゃっても責任取れないしやっぱりここは私が」
「いいから俺に任せて、君はここで俺を待ってて」





 有無を言わせぬ口調で告げられ、は口を噤んだ。
どうやら、最近のイタリア男は優しいだけではないらしい。
は木登りが趣味なのか、こちらの不安を余所に軽々と木を登っていくフィディオを見つめた。
豪炎寺も風丸もそうだが、サッカー選手はサッカー以外のスポーツでも平均以上の力を発揮する優れた身体能力を持っている。
木登りがスポーツに分類されるのかどうかはなんとも言えないが、フィディオも相当運動神経が高いと見た。
は木の下から、フィディオのナビゲーターに徹すると決めた。





「どーう、ありそうー?」
「うーん・・・、もう少し先に行かないとわからないな・・・」
「あんまり無茶しちゃ駄目だよ!? 通りすがりの赤の他人の女の子のために体張ることないって!」
「大丈夫だよ。・・・あ、あれ、かな?」
「あーそれ! それだよそれが半田の帽子!」
「よーし、ちょっと待っててすぐに取るから!」





 枝の先に辛うじて引っかかっている赤いリボンの帽子をつかむ。
あの子に似合いそうな可愛い帽子だな。
探し物が見つかったことにほっと安堵したフィディオの耳に、ぱちぱちと手を叩く音が下から聞こえてくる。
すごいすごいかぁっこいいと歓声を上げるに応えるべく、ここが不安定な木の上であることも忘れ片手を上げる。
めきめきと枝が嫌な音を立てた直後、のにこにこ笑顔が凍りついた。





「うわっ・・・!」
「きゃー、えっと、えっとカモンフィーディオくんハグ!」
「ちょっと、そこ退かないと危ない・・・!」





 何をとち狂ったのか、落下地点と思しき場所で両腕を広げ仁王立ちしたにフィディオは混乱した。
何がハグだ、ハグを通り越して押し潰してしまう。
フィディオは帽子をしっかりと胸に抱き込むと、の前に着地すべく空中で体勢を整えた。
サッカーやっていて良かった。
フィディオは難なく着地を決めると、ぼうっとしているの頭に帽子を被せた。





「危ないじゃないか、急に前に出てきたら」
「ごめんね、でも大丈夫! 帽子もありがと、フィーディオくん!」
「あれ? 俺の名前知ってたんだね」
「昨日の開会式でキャプテンマークつけてるイタリア代表がフィーディオくんだったから」
「正確にはキャプテンじゃないんだけど。あと俺はフィディオだよ、ちょっと惜しいかなあ」
「あー、それはちょっとお名前呼びにくくて。ほんとはあだ名で呼びたいくらいだったりする」
「やっぱり君、すごく面白いよ」
「そ? まあとにかくありがとフィーディオくん、じゃ!」





 フィディオに背を向け宿福へ帰るべく歩き始めると、フィディオが後ろから追いかけてくる。
どこに行くのと尋ねられたので帰ると答えると、フィディオはにっこりと笑みを深めた。
笑顔が爽やかなイケメンだ、見ていてとても落ち着く。
は隣を並んで歩き始めたフィディオに声をかけた。




「どうしたの? 何かまだご用事あったっけ」
「円堂に会いたくてさ、案内してほしいんだ」
「ああなるほど、円堂くん。うーん、円堂くん今ならどこにいるんだろ」
「グラウンドじゃないんだ?」
「いやあ、円堂くんサッカーボールと同じくらいタイヤが好きなサッカーとタイヤバカだから、もしかしたらタイヤの方かなって」
「詳しいんだね、さすがマネージャー」
「ノン。私マネージャーじゃなくてご意見番」
「へえ・・・」





 ここでマネージャーとご意見番とコーチの違いについて尋ねたら、また面白すぎる答えが返ってきそうな気がする。
この子は本当に、何を言っても面白い。
本人は面白いことを言っているという自覚はないのだろうが、そこらのコメディアンよりもよっぽど楽しく話をする。
いいなあ、こういう子好きだなあ。
いつの間にやら調達していたジェラートを平らげながらぴよぴよと喋るの横顔をじっと見つめる。
声にはせず、口だけ動かし呟く。
聞こえるはずのない無声だというのに、はくるりとフィディオを顧みた。




「なぁに、呼んだ?」
「えっ」
「あ、気のせい? やぁだ、やっぱ暑いから幻聴とか聞こえちゃうのかも」
「・・・あはは、水分補給と適度な休憩は欠かせないよ」





 そういえば木登りすっごく上手だったねびっくりしちゃった!
ちっちゃい頃よくやってたんだ、木登り。
サッカーとはまるで関係のない他愛ない話を続けるフィディオとの前に、海辺でタイヤ特訓に励む円堂の姿が見えてきた。







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