イナズマジャパンの正GKと、開会式でも解説者から絶賛されていたストライカーが共に練習をするという。
これはなかなかお目にかかれない組み合わせだ。
試合本番まで無理だと思っていたから、今日という奇跡に感謝すべきだ。
はベンチに腰かけ、円堂とフィディオの今まさに始まろうとしている戦いを待っていた。
フィディオは豪炎寺とは違うタイプのストライカーな気がする。
豪炎寺はテクニックはあるのだろうが、スピードは風丸には遥かに及ばない。
もちろん残像が残りもしない。
フィディオはおそらく技巧派のストライカーなのだろう。
鬼道と少し似ているのかもしれない。






「いくよ、円堂!」
「おう!」





 円堂にシュートを放つべく、フィディオが足を力強く振り上げる。
フィディオの前にすっと割り込んできた風に、は思わず帽子を手で押さえた。
ボールを奪われたフィディオが驚きの表情で乱入者を見つめている。
急に暑苦しそうな奴が介入してきた。
は邪魔にならないように注意深くグラウンドへと足を向けた。
ユニフォームからして、アルゼンチン代表の選手らしい。
とんでもなくがっしりとした男だ、その筋肉を不動に少し分けてほしいくらいだ。
は、フィディオにしつこく勝負を迫る巨漢をじっと見つめた。
こいつ、我らが円堂守のことを視界の隅にすら入れてやいない。





「やっぱアンデスの不落の要塞とか言うくらいだから、ゴール前でどーんと構えてでっかな壁とか作っちゃうんだろうなー。ねえ円堂くん」
「お前、マネージャーで俺のこと知ってるんなら自分とこのキャプテンに教えてやれよ」
「テレス、彼女はマネージャーじゃなくてご意見番らしいよ」
「そうそう! あと、私はお宅のこと知らない。お互い様じゃん、お宅も私のこと知らないし」
「・・・いや、知ってる」
「マジで?」





 テレスはの顔をまじまじと見つめると、やっぱりそうだろと呟いた。
何がやっぱりなのだ。
もしかしなくても、様の可愛さは既に地球公認のものだったのか。
人よりも3倍くらいは可愛いとはわかっていたが、弱冠14歳にしてミスユニバースの候補筆頭になっているとは思わなかった。
テレスのような男は見た目でまず損をしているが、イケメンでもフツメンでもない、しかも他国の男にも可愛らしさを認められるのは気分がいい。
はっ、もしや半田が密かにファンクラブ会員でも増やしていたのかもしれない。
よくやったと褒めて遣わしたいが、本人に無断で写真を使うのは肖像権の侵害になるのでやめていただきたい。
アイコラとか怖いではないか、犯罪臭しかしない。





「じ、じゃあ円堂、君はGKでいいかな・・・」
「おう!」
「そのゲーム、ミーたちも入れてよね!」
「わっ!」





 突然にゅっと首だけ出して飛び込んできた声に、は思わず悲鳴を上げた。
いつの間に、どこから現れたのだろうこの2人は。
は第二、第三の乱入者である金髪コンビに目を丸くした。
ヒーロー的な登場は、心臓に悪いので控えてほしい。




「ちなみにミーとマークもユーのこと知ってるよ! 写真もキュートだったけどやっぱり実物の方がとってもキュートだね、! なぁマーク」
「ああ。ずっと会ってみたいと思っていたけど本当に可愛い。よろしく」





 名前まで知られすぎていて、ネット社会が少し怖くなってきた。
彼らはいったい、自分のことをどこまで知っているのだろう。
情報の出所を考えている間にサッカー少年たちの間ではゲームの内容がまとまったのか、わいわいとボールを奪い合っている。
まあいいか、後で彼らからどこ情報か訊けばいいだけだ。
はベンチへと戻ると、膝を抱え華麗なるプレイを鑑賞し始めた。
アメリカの金髪コンビは、一之瀬か土門あたりが言いふらしたのかもしれない。
彼らは円堂のことを一之瀬経由で知ったというし、いつも冗談ばかり言っていた一之瀬の発言力がそうまであるとは思わなかった。
彼は日本語が特別苦手で、実は英語の方が意思疎通を図りやすかったのかもしれない。
確かに、一之瀬に難解な日本語はハードルが高そうだ。
だからエキセントリックなどといちいち英語を混ぜてくるのだ。
エキセントリックという単語は、間違っても人間の女の子に対して使う表現ではない。





「フィーディオくん、フェイント抜くの上手だなー・・・。テレスくんあんな図体なのに動き速いし金髪コンビ息ぴったりだし、ここに円堂くんいる意味ないじゃん」





 これから、個人技がこんなにも優れた選手たちと戦わなければならないのか。
サッカーはチームワークで成り立つスポーツだが、フィディオたちのような優秀すぎる選手と1対1になった時に勝てるかといえば、は自信が持てなかった。
豪炎寺たちが特段劣っているわけではない。
世界がより優れているのだ。
やはり、世界大会は外から観て楽しむべきだった。
はご意見番に就任してからもう何度目からもわからない後悔の念を抱いた。





「あれ、ボール転がってる」




 朝の練習の際に片付け損ねたのか、グラウンドの隅にボールが転がっている。
せっかく見つけたしこれは片付けておこう。
草むらに入り、砂にまみれたボールを拾い上げる。
この汚れ方は、後で磨いておいた方が良さそうだ。
磨き方などわからないので、風丸に訊いてみよう。
ボールを手に表へと出てきたは、ゴールにいるはずの円堂の姿を認められず首を傾げた。





「あれ? ねぇねぇ円堂くんは?」
「パーティーに行くとかで、ついさっきドレス着た女の子と走って行ったよ」
「・・・げ、やっばー・・・」
「なんだ、お前も遅刻か?」
「エドガーは礼儀に厳しいからねー。ミーも何度叱られたことか!」
「江戸さんよりも怖いのは、時間から何からとにかく私に対しては厳しすぎる幼なじみなの。やばいよマジやばい、修也とついでにあっきーに叱られる」





 どうしよう、まずい、間に合う気がしないし行くのも着替えるのも面倒になってきた。
うんうん唸り始めたを中心に据え、テレスたちは顔を見合わせた。
どうしようと言われてもどうにもしてやれない。
しかし、このまま放っておくと彼女がとんでもなく叱られてしまうらしい。
それはかわいそうではないか。
もしかしたらこの子は、あのバカの本物の幼なじみかもしれないのだ。
今の状況を見ている限りでは、この子が『ちゃん』と合致してはいないようだが。





「仕方ない、面倒だからっていう本音は隠してキャンセルしよう!」
「駄目だよ!」
「へ? なんでフィー・・・ああもう言いにくいからフィーくんでいい? なんでフィーくんがそんなこと言うの」
「君を待ってる人がいるんだ。待ってる人の気持ちも待たせてる人の気持ちも俺はよくわかる。とにかく俺に任せて!」
「えーもういいよー、いいってばー」





 良くない、早く行こう。
ほんとにお気遣いしないでフィーくん!
気乗りしないの手を引きどこかへ向かうフィディオを、テレスたちは奇妙な表情で見送った。







「あの写真とさっきの、似てるかもしれないけど」「本人かはわかんねぇな」「・・・本人だったらどれだけ嬉しいことか」






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