57.フラグの戦い方










 任せてと一方的に宣言され手を取られ、ようやく見慣れてきた宿福からどんどん引き離されていく。
人一人引っ張っているというのになんという早さだ、うっかり転んでしまいそうだ。
急いでくれているのはありがたいが、ここまでしてもらう義理はない。
むしろ、帽子の件といいお世話になってばかりだ。
はどこかへ向かって走っているフィディオの背中に、息も絶え絶えに呼びかけた。





「フィ・・・、フィーくんちょっと速い、もちょっとゆっくり・・・!」
「え? あっ、ごめんね! 急がなくちゃって思ってたらどうしても・・・」
「フィーくんのお気遣いすっごく嬉しいけどでも、見ず知らずの女の子にここまで良くすることないよ。本人がもういいって言ってるんだし」
「まあ、そうなんだけど・・・」





 フィディオは走るのをやめると、の歩く速度に合わせ隣を歩き始めた。
目的地に着いたらしく、フィディオに促され店内に入る。
雑誌やドラマでしか見たことがないきらきらとしたドレスを前に、はわあと歓声を上げた。
まるで、おとぎ話に出てくるお姫様のクローゼットのようだ。
色とりどりの花のようなドレスをきょろきょろと見回していたは、フィディオに肩を叩かれはっと我に返った。
こちらを見て微笑んでいるフィディオの手には、2着のドレスが握られている。





「こっちとこっち、どっちの方が好き?」
「えっ、選んでくれたの?」
「あ、他のが良かったらそれでいいんだよ。ざっと見渡して君に似合うのはこれかなって俺が勝手に決めただけだから」
「うっわぁどっちもすごく可愛い! ていうかこんなにたくさんある中から私に似合うの選んでくれるってフィーくんすごいね!」
「あはは、ありがとう」
「えー、えー、悩むけどそうだなー、こっちにする!」





 フィディオおすすめのドレスの片方を選び、早速更衣室へと向かう。
サイズから何からぴったりすぎて、フィディオの美的センスに拍手を送りたくなる。
さすがはイタリア男だ、女の子の扱いに慣れている。
は店員に髪を結ってもらうと、これまた用意してくれていた靴に履き替えフィディオの前に姿を現した。
どうと尋ねると、すっごく可愛いよお姫様みたいだと最大級の賛辞と笑顔が返ってくる。
フィディオはの手を取り外に連れ出すと、いつの間にやら手配していたらしいタクシーに乗り込んだ。





「フィーくんどうしてこんなお店知ってたの?」
「イギリスエリアって行ったことあるかい? 結構年代ものの建物多くて、街の人たちも中世の格好してるんだ。でも現代人は中世の服なんて持ってるわけがないから・・・」
「あ、もしかしてあそこって貸衣装屋さん!」
「グレードは街の人たちのと比べると違うけど、そんなとこかな。
 君がこれから会うエドガーっていうナイツオブクイーンのキャプテンも、正装してるのはパーティーの時だけで普段は寝巻きなのか部屋着なのかよくわからない服着てるし」
「へえ! あ、そういや私フィーくんのこと勝手にフィーくんって呼んでるけど良かったのかな」
「うん、すごく懐かしいんだその呼び方。君は・・・ちゃんって言うんだ?」
「そう! テレスくんもマークくんたちも知ってたよね、なんでだろ。フィーくんももしかして私のこと知ってた?」
「・・・いいや。・・・カズヤ、なんで俺にだけ送らなかったんだろ」
「フィーくん?」






 物思いに耽っていると、横からがおーいと言って腕をちょいちょいとつついてくる。
どうしたのフィーくん考え事してるのと無邪気に尋ねてくるその表情が、彼女を構成する色が幼い頃の記憶と重なる。
テレスもマークもディランも知っていた『ちゃん』。
なぜ一之瀬が自分にだけメールを寄越してくれなかったのか気になってならない。
彼が一番知っているはずなのだ。
自分がいかに『ちゃん』に恋い焦がれ、今でも当時とまったく変わらない想いを抱いているかということに。
可愛くて明るくてとても元気で、さよならする時にあんまり泣くものだから泣かないようにおまじないを施した、笑顔がよく似合う『ちゃん』。
ちゃんの涙は宝石だから、人に見せちゃいけないよと言って泣き止ませた気がする。
いつ会えるか、また会う日が来るかもわからないのに今でも彼女を捜し続けている。
イタリア国内だけでなく、世界的にも有名なサッカー選手になれば存在に気付いてくれるかもしれない。
そう思い大好きなサッカーを大好きだけに終わらせず、練習に練習を重ね、そしてフットボールフロンティアインターナショナルまでやって来た。
向こうはまだ、こちらのことを覚えているのだろうか。
覚えていて、画面の向こうあるいはライオコットで見ていてくれるのだろうか。
もしも、もしもだ。
隣で夜のイギリスエリアを眺め歓声を上げているが、捜し求めていた『ちゃん』だとしたら。
確かめたい。
君は、俺が知ってる昔お隣に住んでた『ちゃん』なのと尋ねたくてたまらない。





「・・・ちゃん」
「ん? なぁにフィーくん」
「えっ・・・。あ、ああそうだ! ネックレスも借りてきたんだけどどうかな、似合うといいんだけど」
「あー、ネックレスはいいや」
「そっか・・・」
「ごめんね。いやあ、フィーくんが選んでくれたのもとっても可愛くてそっちのが高級そうだけど、幼なじみから押しつけられたネックレスあるからこれ付けとくわ」
「幼なじみ・・・?」
「昔からずっと一緒にいるご近所さんの腐れ縁でね、大会にも出るんだよ。イナズマジャパンの10番で、一応エースストライカーってことになってる」
「・・・そう、なんだ・・・・・・」






 の胸元に輝くそれは、遠い昔に捧げたサッカーボールと星なんていう色気のないペンダントトップではない。
確かに高級なものではなさそうだが、きちんとしたネックレスだ。
似てるけど違う、このちゃんは俺が知ってる『ちゃん』じゃない。
色も笑顔も、呼び方すら同じなのに彼女は捜し求めていた人ではない。
彼女かもしれないと、この子が『ちゃん』ならどれだけ嬉しいかと思っていたのに違った。





「・・・その幼なじみの彼って、もしかしてちゃんの恋人?」
「まさか! あーんな甲斐性ない男を恋人にチョイスするほど私、男運悪くないですうー」
「でも毎日ネックレスつけてるくらいだから嫌いじゃないんだろ? いいなあ、ちゃん可愛くて面白いから俺がこのまま攫っちゃおっかなー」
「ま! フィーくんったらこの女泣かせ! 今までで一番ときめく拉致監禁プレイじゃんそれ!」
「ははっ、本当に君は面白いなあ」






 面白くて可愛くて明るいけれども、彼女がでない限り彼女を心の底から愛することはできない。
初恋は今も続いているのだ。
たとえ隣席の少女がどんなに記憶と心の中に住まう『ちゃん』と面影や雰囲気が似ていようが、別人である彼女に心を移すことはない。
笑われるかもしれないが、今でもまだ9年前の初恋が忘れられないから。






「ここまで連れて来てくれてほんとにありがと! 次会った時絶対に何かお礼する、ほんとフィーくん優しい!」
「俺も楽しかったよ。またねちゃん」





 ロンドンパレスに到着し、ぱたぱたとパーティー会場へと入っていくの後ろ姿を見送る。
ちゃんでないならあの子も他の女の子たちと同じその他大勢のはずなのになぜだろう、彼女のことが気になってたまらない。





「・・・ちゃんじゃないのに・・・」




 フィディオはぽそりと呟くと、自身の宿舎へ帰るべくタクシーを引き返させた。







目次に戻る