とんだシンデレラもいるものだ、いったいどれだけ遅刻してくれば気が済むのだ。
豪炎寺は、開会から1時間半ばかり遅れ堂々と参上したを叱りつけていた。
女性は、男と違って身だしなみを整えるのに時間がかかるというのはわかっている。
しかし、春奈や冬花は間に合ったというのになぜだけ大遅刻をしでかすのだ。
遅れてはいても、ドレスが赤かったら大目に見てやろうと思っていたのに赤くもない。
似合わないことはないが、気分良くはなれなかった。





「遅れるならどうして遅れると連絡しないんだ。心配しただろう」
「ほんとはドタキャンの連絡するつもりだったんだけど、フィーくんがそれは駄目だって」
「フィーくん? ・・・誰だそれは」
「ほら、こないだイタリアエリアでてきぱき指示飛ばしてたイケメンいたじゃん。フィーディオくんだっけ?」
「また変なあだ名で呼んで、向こうに迷惑かけたんだろうどうせ」
「かけたかもしれないけど、フィーくんはどっかの修也と違って超優しかったから問題ない! それよりもどうどう、超似合うでしょこれ」





 はくるりと回ると、ばちりとウィンクを飛ばした。
確かに可愛い、悔しいことこの上ないがにドレスは似合っている。
本当にとてつもなく悔しいことこの上ないが、自分が選んだドレスよりもに似合っている。
は勝ち誇った笑みを浮かべると、テーブルの上のケーキをせっせと取り始めた。




「可愛いんだから素直に可愛いって言やいいのに、これだから風丸くん以外の日本男子は口下手って私に思われんのよ」
「俺は言えるぞ。とてもよく似合っている、髪を巻いたのか? 首筋のラインがとても綺麗だ」
「ありがと鬼道くん! 鬼道くんはなんだかいつも着慣れてるみたいに見える」
「そうか?」
「うん。あそこにいるあっきーとか1年生ズ見てみてよ。着てるっていうよりも着られてるって感じじゃない?」
「確かに、どうやって着るのかから教えなければならなかったな」
「でしょ。フィーくん情報によると、イギリスチームのキャプテンも普段はだっさい格好で過ごしてるらしいから、やっぱ鬼道くんそこらへん違う」





 はケーキにぱくつくと、先程からしきりに冬花をエスコートしたがっている白タキシードの男を見やった。
彼が冬花の足止めをしてくれているおかげで、今日は冬花タイフーンの被害に遭っていない。
その調子でいっそ冬花を口説き落としてもらいたい。
は自分の身の保全のためにエドガーを応援することにした。
助けてちゃんオーラを大いに感じるが、触らぬ冬花に厄介事なしと体得しているので今日も放置だ。
ご意見番は選手の相手でいっぱいいっぱいなのだ。





「おー、やっと着たのか! お前はいつものんびりしてんなぁ」
「はっ、綱海くん今日は絶対ぐりぐりしちゃ駄目だからね!」
「わーってるって。しっかしやっぱ女子がいると華やかだな!」
「えっへん! 私はLED照明よりも明るくエコなのだ!」
「調節できないスピーカーで、いつもがーがー騒音垂れ流してるけどな」
「む、あっきー何か言った?」
「別に?」
「言ったよね。なぁんか今、私苛めるようなこと言ったよね!」
「おいおい2人ともやめろよ。ほら、仲直りに飲め、食え、乾杯!」





 綱海に無理やり乾杯させられ、はむうと押し黙ったまま不動のグラスにカチンと自身のグラスをぶつけた。
不動はああ見えて面倒見が良くて世話焼きだが、言葉がきついのが玉に瑕だ。
言葉も使い方を誤れば立派な暴力で、凶器になるのだ。
不動はもっと日本語を学ぶべきだ。
は不動を横目で見るとジュースを呷った。





「ったく、せっかくめかし込んでんだからもっとましな顔しとけばいいのによ」
「どうせ私はあっきーの好みのタイプじゃないですよーだ」
「・・・いつ誰がそんなこと言ったんだよ・・・」
「はあ?」
「・・・かわい「ちゃん、来てたならどうして私を助けてくれないの!」





 よほど口を動かしたくないのか、もそもそと口を開く不動の言葉をしっかりと聞き取るために顔を寄せる。
どーんと柔らかなハグを通り越した体当たりをモロに受け、は重みを受け止めきれず不動へと倒れこんだ。
慣れない靴履くからふらっふらすんだよとこれまた悪態をつきながら、不動がを支えるべく腰をつかむ。
体当たりをかましてきた冬花は、の前で両手で顔を覆った。





「私、押して駄目なら引いてみようと思って嫌々イギリス人のナンパ受けてたのに、ちゃんってば無視するだなんて酷い・・・! 私がイギリス人の毒牙にかかってもいいの?」
「いいんじゃない?」
ちゃん! わ、わ、私があんな気障ったらしい老け顔に襲われてもいいの!?」
「いいと思う。おめでと冬花ちゃん、一国の代表のしかもキャプテンに見初められるなんて玉の輿コースまっしぐらじゃん、いいなあ羨ましい」
ちゃん・・・、あんた金がある奴としか付き合う気ねぇのか・・・」
「ないよりはあった方がいいでしょ。だからって石油王の愛人とかにはなりたくないけど」





 は不動から離れると、未練があるのか冬花に向かって歩いてくるエドガーを見つめた。
品の良い、いかにも私は紳士ですといった笑みを浮かべているイケメンだ。
冬花とお似合いではないか、ドレスの柄だってぴったりだ。
はこんばんはと挨拶してきたエドガーにそっけなく挨拶を返した。





「ようやくシンデレラがご到着ですか」
「男は女を待ってなんぼの生き物だと思ってるんで。でも、別に私いなくても良かったような」
「そんなことはありませんよ。女性の美しさがどれだけ私の心に潤いをもたらすか・・・。特に貴女のような美しい女性からはね」
ちゃん騙されないで。エドガーさん、さっきほとんど同じこと私にも言ってたから」
「ま、褒め言葉のテンプレートなんて誰にだって1つや2つあるもんだしねぇ」
「・・・・・・こほん。冬花さんも美しいが、貴女もとても美しい。そう、まるで薔薇のような」
「確かに、棘があるってあたりはまさしく薔薇だな」
「へっ、そんな意味だったわけ!? やだ、この人ぶっちゃけ私が遅刻したことかーなり怒ってるよね。そうじゃないと初対面の人を薔薇呼ばわりとかしないわ普通」
「・・・どうやら貴女は少し、私を誤解されているようだ。どうですか、この悲しき誤解とすれ違いを解くためにも私とあちらでお話しませんか?」






 はエドガーに指し示されたガゼボへと視線を移した。
人の輪から少し離れた所にあるそれは、慣れない靴で歩くことが面倒なくらいに遠くに見える。
フィディオに連れられ服屋に行くまでにかなり走り、今日の分の運動量は既に規定値に達しているのだ。
余計な労力を使うことは、のライフプランから大きく外れることだった。





「いや、いいです、マネージャーでもない子とキャプテンやってる人が真面目に話せるネタなんでなさそうだし」
「そうだよちゃん。エドガーさんなんかとお話してる暇があったら私ともっとたくさんお喋りしよ? そのドレスどうしたの、私が選んだのじゃないけど・・・」
「これ? これはフィーくんが選んでくれたんだ。可愛いでしょ、さっすがイタリア男センスあるぅ」
「ネックレスが安っぽく見えるくらいに可愛い!」
「ネックレスは腐れ縁オプションだか呪いだかで外せないらしいから」
「「呪いだよそれ」」





 主催者を放り出しわいわいと話し込み始めた冬花と、時々不動を見つめエドガーは衝撃を受けた。
大和撫子がこんなにも強く逞しい、強かな女性だったとは思いもしなかった。
エドガーがパーティー前に読んだ本で知った大和撫子とは楚々としていて控えめで、ゆったりとした落ち着きのある女性だった。
まさか、主催者を立てるどころかさりげなく貶め変人扱いしてくるとは。
エドガー、むしゃくしゃする。
エドガーは何らかのトラブルが発生したことに感知したのか、やや緊張した面持ちでへと真っ直ぐやって来た円堂を見下ろした。





・・・。国際問題引き起こすような、とにかく財前総理困らせるようなことはやめてくれよ・・・?」
「ああ、あの総理危機管理能力なさげで、キチガイ相手にも苦戦するくらいに外交問題ちょっと頼りないもんね」
「そう思ってるんならもうそれでいいけど・・・。・・・まだ大丈夫なのかは、不動」
「俺はちゃんの味方だからつい肩入れしすぎて怒らせたりしたかもしんねぇけど、どうせ俺はベンチだから」
「2代目半田が何言ってんだよ・・・!」
「はっ、俺をあんなどこもかしこもぱっとしねぇ親友と同列扱いしてほしくないね」
「同列じゃないよ、半田の方が上だって! ・・・じゃなくて!」






 こほんとやたらと大きく、そしてわざとらしい咳払いが聞こえ円堂は恐る恐るエドガーを顧みた。
お客様に向けていい表情とは程遠い、鬼のような形相をしたエドガーがいる。
しまった、もう手遅れだった。
やはりまだ、不動にのお守りは荷が重すぎた。
俺最近、キャプテンでもあるけどクレーム対応係になってないか?
レディーの失態は男が取るものだというエドガーのフェミニズムな連帯保証人的対応により、円堂は試合当日まで受ける必要のなかった必殺エクスカリバーを浴びたのだった。






覚えていますか、あのフラグ。覚えていますか、あの約束。






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