58.みんな騎士にならナイト










 見るだけでは感嘆するだけでわからなかった世界の実力は、実際に力をこちらへ向けられたことで痛いほどにわかったらしい。
発破をかける対象は豪炎寺だけだと思っていたが、専門外の人物に対してもいくらか効果はあったようだ。
は試合当日の朝まで熱の籠もった特訓に励む円堂たちを見つめ、満足げな表情を浮かべていた、
ご意見番の正しい仕事内容は未だにわからないが、これはこれでいいと思っている。
前例がないのなら作ればいいだけだ。
ご意見番のパイオニアになり、ゆくゆくは伝説のアドバイザーとか呼ばれたりするのだ。
炎のストライカーだのフィールドの魔術師だのイタリアの白い流星などと通り名がそこらじゅうでまかり通る世の中なのだから、ひょっとするとひょっとするかもしれないではないか。
プリンセスオブアドバイザー、かっこいいと思う。
若いうちしか使えない称号というのが唯一の難点だが。
はグラウンドへ降りると、鬼道の元へ向かった。





「世界一を競う奴らの力は、確かに驚くほどすごい。だが、俺たちもその一員なんだぞ」
「うんうん」
「いつもどおりの力を出せばいい。俺たちは確実に強くなっている。そうだろう、コーチ?」
「もっちろん! みんなイケメンかそうでないかの差はあるけど男前にはなってるよー」
「と、いうことだ」





 すっきりとして晴れ晴れとした顔で宿舎へもどる選手たちを見送ると、鬼道はくるりとを顧みた。
ありがとうと礼を言われたのでどういたしましてと返すと、はへにゃりと相好を崩した。





「やっぱ鬼道くんは発破のかけ方上手! びしっとしててかっこいい」
「自己暗示でもあるからな」
「そうなの?」
「俺だって不安だ。チームのみんなの力をどれだけ上手く引き出せるか、それが通用するのかと考えると気が気でない」
「ゲームメーカーって大変だね。でも、鬼道くんもみんなと同じくらい強くなってるよ」
「ほう? 具体的にどこが、と訊いてもいいか?」
「昔からすごかったけど、最近は試合中に新しいフォーメーション考えつくのが前よりもっと早くなったかなあ。
 今までも割とピンチあったけど、鬼道くんが突破策思いついてそれをフィールドのみんなに指示出すでしょ。あの声とか手の動きとか見てるとすっごくほっとするんだ」





 嘘ではない。
ベンチだからすべての言葉が聞き取れるわけではないが、流れが変わるきっかけを生み出す鬼道の動きを見ていると不安が一気に吹き飛ぶ。
ああ、これで今回はもう大丈夫だと安心することができる。
フットボールフロンティアの頃のように、最終的には力押しで豪炎寺のシュート一発で勝利をもぎ取れるような単純な試合ではなくなったからだ。
力だけではなく頭もフルに使い、それでようやく指が触れるところにある勝利。
これからの試合でも、鬼道のゲームメークは欠かせないだろう。
鬼道がいないチームはどうなってしまうのだろうという心配をしてしまうほどに、鬼道の存在感は絶大だった。





「・・・一緒だな」
「へ?」
「俺も、ベンチにがいてと戦術が一致した時はとても安心する。いや・・・、が近くにいて、俺を見てくれているというだけで嬉しいんだろうな、俺は」
「私も成長したってこと?」
「ああ、も成長している。今日も、これからも、俺を・・・・・・、チームを導いてくれ、女神様」
「わ、天使から女神に昇格? いつかなとは思ってたけど遂にランクアップ?」
「俺の中ではとっくの昔には女神だ」





 その存在を謎かけのように指し示された忌まわしくも忘れがたい過去のあの時から、は誰にとっても女神なのだ。
鬼道は朝練の延長で隣でもしゃもしゃと朝食を食べ始めたを、柔和な笑みを湛え見つめた。






































 イナズマジャパンのサポーターは、いったいどこで油を売っているのだ。
はスタンド中を埋め尽くしたユニオンジャックの中から日の丸を探すことを早々に諦めると、今試合もスタメン入りを果たした豪炎寺の隣にしゃがみ込んだ。
前屈をしている彼の背中をぽんと叩けば、よしと小さく気合を入れる声が聞こえてくる。
どうやら今のでおまじないにカウントされたらしい。
おまじないのつもりで叩いたわけではないのだが、豪炎寺はそれで満足したようなので本音は隠しておいた方が良さそうだ。




「雷門中の修也ファンクラブの女の子たち動員した方が良かったんじゃない?」
「俺はそんなクラブ知らない」
「認めちゃえば公認になっちゃうもんね。にしてもすっごいアウェー。さすがにこんなに人多くちゃ私の声聞こえないや」
「応援してくれるんだろう? 声が聞こえなくても、俺を見てくれているだけで俺の力にはなっている」
「それ、さっきほとんど同じこと鬼道くんから聞いた」
「先を越されたか。・・・俺も強くなっているのかな?」
「エースストライカーがなーに弱気なこと言ってんの。強くなったよ、これほんと」
も優しくなった。昔はそんなこと、どんなに機嫌が良くても言わなかった」





 そういう余計な一言だけは当たり前のように欠かさず付け加えてくるから、優しくなるシーンがなかったのだ。
はもう一度、今度は先程よりも強く豪炎寺の背中を叩いた。
まったく、人を褒めているのか貶しているのかわかったものではない。
こちらをそんなに怒らせたいのかと、豪炎寺の真意を問い質したくなる。





「修也、やっぱあの時なんとなくのノリで私に告白しただけで、実は今も私のこと嫌いなんじゃないかなー、もー」
「あんたら、悔しいくらいに夫婦に見えるけど」
「なんであっきー悔しがるの。あっきーに羨ましがられるようなことしてない・・・ってあ、もしかしてあれ? あっきー今日もベンチだから拗ねてんの?」
「違うから。ちゃん、あんたほんとに鬼だな。よくそれで女神って言われてたもんだよ、世の中理不尽じゃね?」
「あーっ、そうやってあっきーも私のこと優しくないって言う! ひっど、ほんとあっきーいじわるー!」






 不動の腕をぎゅうと抓ると、不動がいてぇと声を上げる。
豪炎寺の言い方も悪かったのだろうが、ももう少し所作に気を配るべきだと思う。
少なくとも、ちょっと気に食わないことを言われただけですぐに手を上げるようでは『優しい』の評価は得られない。
とそれなりに深く付き合えば彼女がいかに心根の優しい不器用さんかわかるが、それはの取り扱い上級者でなければ判別できないわかりにくさだ。
俺もちゃんも損してるよな、見てくれで。
不動は試合開始と同時に大人しくなったを隣に侍らせ、試合早々猛攻をかけるイギリスチームを見つめた。







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