ロンドンパレスでエドガーが出血大サービスで必殺技を見せてくれた時からずっと、おかしいとは思っていた。
ゴールに近付くにつれて威力が増すシュートなどあってたまるか、これは目の錯覚だと思い込んでいた。
しかし、それは目の錯覚でも勘違いでもはったりでもなかったようだ。
は、予期せぬバックパスから生み出された超ロングシュートにほーと呟いていた。
なるほど、だからエクスカリバーの剣は長いのか。
あれだけ長いと、そのうち自陣ゴールから放つこともやってのけそうだ。





「はー、さっすが世界って感じ。エクスカリバーで強引に攻めちゃうあたりは紳士にあるまじき荒っぽさだけど」
「ある意味わかりやすくはあるよな、あのエセ紳士さえ潰せばいい」
「エセって。こないだのタキシードあっきーの方がよっぽど嘘っぽかったよ、かっこよかったけど」
「褒めるか貶すかどっちかにしようかちゃん。で、わかってんの?」
「何が?」
「ご意見番のお仕事はできそうですかって訊いてんだよ」
「あちらさんがこっちにどんどん襲いかかってくるんなら、それよりも速いスピードでパスしちゃえばいいんでしょ?
 こういう時は鬼道くんのイリュージョンボールよりも栗松くんのまぼろしドリブルの方がいいのかなあ」
「わかってんじゃねぇか」
「でも気を付けなくちゃいけないのは」





 はおもむろに立ち上がると、久遠に呼ばれベンチへと来ていた鬼道に歩み寄った。
アブソリュートナイツの突破方法は鬼道ならばわかっている。
問題はその先だ。
の接近に気付いた鬼道は、黙ったままへ顔を向けた。





「ゴールエリアからのとんでもないカウンターに気を付けて」
「エクスカリバーか」
「そ。あの人結構速いし強引だから」






 フィールドへ戻った鬼道を送り出すと、は再びベンチに腰を下ろした。
目標を次々と移動させ突破口をこじ開ける方法でアブソリュートナイツを攻略した栗松が、豪炎寺へとパスを回す。
相手GKの必殺技がどの程度のものかはわからないが、世界大会初の得点が豪炎寺のシュートだとしたらそれはとても嬉しい。
おそらく、他の誰が入れた世界初よりも喜ぶだろう。
爆熱スクリューの体勢に入り飛び上がった豪炎寺に続くように大地を蹴ったエドガーを確認し、は思わずディフェンス陣へと視線を巡らせた。
危惧していたことが起こってしまった。
先程のエクスカリバーも止められなかったというのに、自陣ゴールエリアから放たれた破壊的な威力を持つそれを止めることができるのか。
強大な力に臆することなく立ちはだかった壁山のザ・マウンテンがエクスカリバーの威力を削ぐ。
辛うじて怒りの鉄槌で得点を阻止した円堂にほっとすることも束の間、倒れたまま動かない壁山を発見しは眉を潜めた。
自力で立ち上がることができない巨体の壁山を、誰が担架に載せ運ぶというのだろう。
運搬者の足腰に支障が出ないかと不安になる。
の不安を解消させるためか、よろよろと立ち上がりベンチへと戻ってきた壁山にはおかえりなさいと声をかけた。
弱々しく笑みを浮かべるが、痛いようですぐに顔をしかめる。
は染岡が新たに加わったチームを見つめぽそりと呟いた。






「しつこいアブなんとかは終わったけど、それだけでここに来れるほど世界は甘くないと思わない、あっきー」
「ごもっとも。奴らまだ何か隠してるな、気味悪い」
「それも、すっごくアグレッシブな何かでしょ。だってこのままじゃ超攻撃的チームって肩書きに負けてるもん」
「俺ら相手にそれ出す予定はなかっただろうけどな。引っ張り出しただけでもよくやったってことか」






 交代早々気合い充分で前線へ飛び出した染岡が、GKに技を出す暇すら与えないドラゴンスレイヤーでイナズマジャパンに世界初得点、そして同点弾をもたらす。
試合が振り出しに戻ったことをきっかけに素早く選手交代し、生み出された新しいフォーメーションを前に不動がにやりと笑う。
彼もゲームメーカーだ、どうせ崩しがいがあるフォーメーションだなどと考えているに違いない。
鬼道といい不動といい、ゲームメーカーはにやり笑いが必須スキルなのだろうか。
鬼道はともかく、不動ももっと心の底からにっこりと笑えばいいのにと常々思ってしまう。
策士の笑みはこちらの心の内まで見透かしているようで、実はあまり好きでなかった。
殊にゲームメーカー2人のにやりは、小悪魔的笑みなんていう可愛いものではなくただのサタン、デーモンだ。
2人に同時ににやり笑いで見つめられたら、相手がメデューサでもないのに固まってしまうだろう。
は不動からふいと目を逸らした。






「両サイドを開けて守備を捨てたも同然・・・? 中央突破を図るんでしょうか、それとも罠・・・?」
「これじゃ、中盤は中央を意識するしかない・・・」
「と見せかけて、サイドから来るのかもよ」
「・・・ちゃん」
「んー?」
「今日は俺の出番ありますかね」
「ちゃんといってらっしゃいってお見送りしてあげるから安心していいよ、甘えたさんのあっきーくん」





 ざわつくベンチの立向居や小暮たちの話が聞こえていたのかいなかったのか、不動がいやに落ち着いた声音でに問いかける。
出るに決まっているだろう、今日も。
エドガーを前後3人で守り中央を意識させ両サイドを囮にし、槍のようにイナズマジャパンのディフェンスラインを突破した無敵の槍が、円堂が守るゴールを貫く。
具体的な槍の折り方は思い浮かばないが、中央を陣取っているのならばこちらは両サイドを有効に活用すべきなのだろう。
両サイド、すなわち両の翼にはそれぞれ司令塔がいなければ鳥は空へ羽ばたけない。
鬼道と不動が片翼ずつ担うのであれば、選手たちも安心して身を委ねることができる。
鬼道と不動の相性には今も少しだけ不安が残るが、目的は同じなので憎まれ口を叩きながらも上手くやってくれるはずだ。
憎まれ口を叩き合いすれ違い続けるどこぞの幼なじみとは大違いだ、羨ましい。
は前半が終了し控え室へと引き上げていく円堂たちの最後尾を、のんびりと歩き始めた。





































 理想は真ん中にがいて、彼女のやや言葉足らずで抽象的な意見を聞きながら戦うことだ。
ただ、現実のはサッカーボールの蹴り方すらろくにわかっていない観る専門のサッカーファンだから、フィールドには立っていない。
フィールドの女神という、本人は知らない異名を持っているにもかかわらずだ。
鬼道と不動はちらりと目配せを交わした。





「何をするべきかわかってんだろうな」
「ああ。エドガーにシュートを打たせるんじゃないぞ」
「俺の足を引っ張るなよ、鬼道クン?」
「お前こそ、ちょっとに懐かれているからといって調子に乗るな」
「ふっ」





 その言葉、そっくりそのまま鬼道に返してやりたい。
スタメンには起用されないジョーカーは、惚れた女の視線を独占することはできない。
たとえ隣に侍らせていてもそれは物理的に近いというだけに過ぎず、心の距離はちっとも縮まらない。
本人はぶうぶうと文句を垂れてはいるが、豪炎寺との熟年夫婦ぶりは傍から見れば羨ましくて悔しくてたまらない。
何の躊躇いもなく背中に伸ばされているの腕を、何度掴み取りたいと思っただろう。
別に、背中を叩いてほしいわけではない。
ガキ臭いおまじないで事態が好転すると思えるほど、不動は純粋でも楽観主義者でもなかった。
むしろ、試合前よりも試合後に何かしてもらえる方がよほど嬉しい。
何かとせがんでも、お子様はどうせハグしか思いつきやしないのだろうが。
それに、敵は豪炎寺だけではなかった。
鬼道も、キャリアと信頼がものを言うとばかりにと額を寄せ合い話し込んでいる。
あれこそまさに以心伝心、阿吽の呼吸というのだとばりばりに見せつけてくる。
確かに、鬼道との相性は抜群だと思う。
付き合いだけは長いらしい幼なじみクンとの関係よりも、鬼道との方がしっくりして見える。
ゲームメークの話が通じ合う仲だから、そう見えるのだろう。
だからこそ尚更、気に食わなかった。
気に食わなくて誰にでもにこにこと愛嬌を振り撒くが恨めしいと思っても結局許してしまうのは、間違いなく惚れた弱みだった。
だから、いけ好かない男と手を組んででもを喜ばせ安堵させようとするのだ。
つくづく、つまらない男に落ちぶれたものである。






「飛鷹! 狙うのはシュートの瞬間だぞ!」





 シュートを打つ時を狙ってガードの選手をひきつけボールを奪えば、いかに攻撃的な無敵の槍も封じ込めることができる。
ひとたびボールをキープしてしまえば、後は前線までめまぐるしくパスを続け渡せばいいだけだ。
2人がいればゴールまでなどひとっ飛びとは、よくのほほんと言ったものだ。
これはどちらかといえば、鳥というよりも台風だろうに。
デュアルタイフーンと目金によって名付けられナイツオブクィーンを翻弄した鬼道と不動を軸とした必殺タクティクスは、その後も攻撃の手を緩めることなく同点弾をもぎ取る。
はベンチでぎゅうと手を握り締め試合を見守っていた。






「ここまで汗が飛び散りそうなまでにあっつい戦いしちゃって、ほんとみんな元気の塊」
ちゃんに体液かけようとする不届き千万な男がいるの!? どこに!?」
「汗だよ冬花ちゃん。なんか冬花ちゃんの言い方だとやらしい感じがする」
ちゃん、昔いたダナエっていうとっても綺麗な女の人はね、窓開けっ放しで降り込んできた雨浴びただけで子ども産んじゃったんだよ? ここは窓なんかないオープンベンチ!
 ああ心配、私が男なら良かったのにお父さんの馬鹿」
「監督、娘さんが何言ってるのか私わかんないんですけどあれ日本語?」
「・・・子どもというのは、成長が早いものだな。初めは世界相手になど戦えるはずのなかった選手たちが、今は世界の強豪チームを圧倒している」





 親が実子の子育て及び矯正を諦め放棄したら、他に誰が冬花を更生させるというのだ。
訳のわからない昔話を聞かせ、勝手に人の貞操を心配し、時々冬花の自由奔放さが羨ましくなる。
きっと冬花は、イナズマジャパンのマネージャー生活が楽しくて新鮮で仕方がないのだろう。
やる事なす事すべてが物珍しくて、それで気分が少しハッスルしているのだ。
そのうち治まる、じきに治ると自分自身に言い聞かせていなければノイローゼになりそうだ。
はまだまだなにやら話し続けている冬花の話をすべて聞き流すと、キラーフィールズの後に放たれた豪炎寺と虎丸のタイガーストームによる決勝点をしっかりと視界に収めた。






冬っぺの武勇伝は、後に伝説になる(かもしれない)






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