59.婚前旅行は新婚旅行の予行練習なんですか










 冬花の『ちゃん強奪大作戦☆』は、いついかなる時でも発動する必殺タクティクスの1つだ。
ともっとお近付きになれるのであれば、どんな手段も厭わない。
冬花は、父親の口から紡ぎ出された休日宣言ににっこりと満面の笑みを浮かべていた。
イギリス戦での疲れをリフレッシュさせようという選手たちの体を案じての提案だったが、もちろんそんなものは建前に過ぎない。
本音は、南国リゾートライオコット島で誰にも邪魔されずとバカンスを過ごすことだった。
お父さんというか、権限のある人の娘で良かった。
冬花は久々に父親に感謝した。
思えば、最近は父に優しい言葉をかけていない気がする。
たまには褒めておこう。
そうすれば、また次のおねだりも聞き入れてくれるかもしれない。





ちゃん、明日は私と一緒にライオコットバカンスだね」
「明日? 明日は私行くとこあるからパス。よし、そうと決まれば今日は早く寝て明日朝一の船乗る!」
ちゃんすごく気合い入ってるね。どこ行くの?」
「ここ来た時からずっと気になってたとこ! ほらほら見て見てここなんだ!」
ちゃん、ほんとに好きだねー・・・」





 観光ガイド本を囲み、女子組がきゃっきゃとはしゃぎだす。
俺たち選手よりも女子の方が喜んでないか、あれ。
俺らの世話ってそんなに大変なものなのかな。
というか、冬っぺも混ぜて話してたら確実に冬っぺストーカーになっちゃうんじゃないかな。
すっごく楽しみ早く行きたぁいと歓声を上げるを、円堂たちは微笑ましい思いで見守っていた。



































 せっかくもらった休日だというのに、いつもよりも早く目覚めてしまった。
鬼道はベッドの上で大きく伸びをすると、机の上の時計をぼんやりと見つめた。
まだ6時だ、朝練をするにも早すぎる。
どうしようか、今から寝直してもいいがそれは時間がもったいない気がする。
音を立てないようにそろりと部屋の外へ出た鬼道は、静かな廊下を見回し小さく息を吐いた。
当たり前だ、みんな疲れて眠っているに決まっている。
かくいうこちらも、まだ体のあちこちが少し痛い。
仕方がない、寝直すか。
部屋へ戻ろうとした鬼道の耳にきいと控えめに扉を開け閉めする音が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。






「・・・誰だ?」
「はい、私。んん? あっれー、こんなに早く鬼道くん? おはよう!」
か、おはよう。どうしたんだ、その荷物は?」
「ああ、実は今から日帰り旅行に行こうと思ってそのお荷物」
「日帰り旅行? どこに行くんだ?」
「ちょっとあそこの火山まで。鬼道くんは何してるの? 朝練するの?」
「いや・・・、たまたま早く目が覚めてしまったんだ。その・・・・・・、良かったら俺も一緒に行っていいか?」
「うんうん行こ行こ! きっと体痛いのとかすーぐに治っちゃうよ、そういう効能あるって書いてあったし!」






 タオルと着替えあればいいよと教えられ、準備すべく部屋へ引き返す。
はいったい火山へ何をしに行くのだろう。
まさか登山だろうか。
試合明けの疲労が溜まった体での登山は正直日々の練習よりもハードだが、がやると言うのならば体を苛めてでもついていくつもりだ。
支度を終え玄関へ向かうと、リュックを背負い帽子を被ったがにっこりと笑いかけてくる。
登山にしては軽装だが、何を始めるかわからないのがなので油断はできなかった。
鬼道は船着場までのんびりと歩き始めたに声をかけた。




「帽子、戻ってきたんだな」
「うん。フィーくんが木に引っかかってたの取ってくれたんだ。あっ、デートのついでで行くって約束してたのにドタキャンしてごめんね」
「見つかったならそれでいい、気にしないでくれ。それに今日はデートだ」
「そういやそうだったね! ねぇねぇ、鬼道くん熱いの平気?」
「特に問題はないが? ライオコットは暑いが、火山の辺りはもっと暑そうだな」
「でもその熱々がいいんだよ!」





 片道2時間はかかるという船に乗り、海を眺めながらあれこれを話をする。
以前はサッカーの話題しか振れず今も変わらずサッカーの話しかできないが、世界規模のグローバルなサッカーの話ができるようになったのでネタが尽きることはない。
ライオコット島の書店にある世界各国のサッカー雑誌などは、たとえ文章が読めなくても持って帰りたくなる。
あの人もこの人もイケメンばっかりというのもはやサッカーとはほぼ関係ない感想には、苦笑するしかなかったが。





「イギリスに勝ったから、鬼道くんにも雑誌の取材とかばんばん来ちゃうかも!」
「円堂あたりでいいんじゃないか? 俺はあまり表には出たくない」
「でも鬼道くんがいたからアブなんとか突破できたんだし、やっぱ『イナズマジャパンが誇る天才ゲームメーカー!』なぁんて売りでグラビア飾っちゃったり!」
「まさか。そうだな・・・、だが、アルゼンチンにも勝てば俺にもそんな日は来るかもしれない」
「じゃあ次も勝たなきゃ! 大丈夫、鬼道くんとあっきーの2人の司令塔いたら破れない必殺タクティクスなんかないって!」





 有名人になったらサイン一番にもらうって予約していい?
それがいいが、風丸にも同じこと言ってただろう。
サインをもらう約束の指切りを終えようとしていた鬼道との耳に、到着を知らせるアナウンスが入ってきた。







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