ばばんばばんばんばぁん! ばばんばばんばんばぁん!
いい湯だなと、暢気に歌っていられるわけがない。
頭の中では確かにあの曲が流れているが、ばばんばばんばんばんがただの爆発音にしか聞こえない。
何が爆発しているのだろうか。
理性、思考、それとも何だ。
鬼道はともすれば湯船に沈みそうになる肉体及び意識を必死に保ち、異常なまでに神経を使い温泉に浸かっていた。
かつて、これほど緊張して水に入ったことがあっただろうか。
生まれて初めてプールに入った時も、今日ほど緊張はしなかったと思う。
あー気持ちいい生き返るうーと、隣でのんびりと手足を伸ばしているの考えがまったくもって理解できない。
人前で肌を晒すことに違和感を覚えないのだろうか。





「はー、やっぱこれこれ。鬼道くんどう? 気持ちいい?」
「あ、ああ」
「火山の近くには温泉湧いてるっていうからリサーチしたら、マジであったの。熱さもちょうど私好み!」
「そ、そうか。・・・、ここは混浴だったのか?」
「別々かなって思ってたけど、更衣室抜けたら会ったからびっくりだったよねー。でも1人で入るよりも鬼道くんと一緒にいる方がお話できて楽しいから結果オーライ」
「・・・よく俺の誘いを受けたな・・・」





 はことりと首を傾げると、また大きく伸びをして鬼道を見つめた。
温泉の熱に絆され、顔や首筋がほんのりと火照っている。
色香とは縁がないはずの可愛いが今日ばかりは少し、いや、かなり色っぽく見える。
ゴーグルが曇っているわけではない。
このゴーグルは特注品だから、曇り止めレンズが採用されている。
鬼道はの顔を直視できず、わずかに目を逸らした。
逸らした先に普段は絶対にお目にかかれない胸元が飛び込み、意を決して顔を見つめ直す。
水着着用とはいっても、そういった場所を凝視する自分はなんとなく嫌いだった。





「あれ? 私鬼道くんに温泉行くって言ってなかったっけ?」
「火山に行くとしか聞かなかった。俺はてっきり登山かと思っていた」
「登山? ああ、そういや行きがけにそういう道あったね。あれは行くならまた今度、円堂くんや修也と行っておいでよ。私お留守番してるから」
、俺だって男なんだ」
「うん知ってる。どうどう? ゆっくり寛げてる?」
「隣に裸同然の好きな子がいて、心落ち着いていられると思うか? ・・・変なことを考えそうになる」
「なるほど。じゃあ私ちょっとあっち行ってよう」
「そういう意味じゃなくて」





 すうっと遠くへ離れようとするの腕を、鬼道は慌ててつかんだ。
剥き出しの腕をつかむことはあまりしないので気付かなかったが、すべすべとしていて気持ちいい。
これも温泉の効能の1つなのだろうか。
消え入るような声でここにいてくれと頼むと、は改めて鬼道の隣に座り込んだ。
すべすべと尋ねられたので頷くと、が自慢げに笑みを浮かべる。
わかりやすいの反応を見ていると、ざわついていた心も平常心を取り戻してくる。
鬼道はようやく、温泉に来て初めて体を楽にさせた。
体中の凝り固まっていた筋肉が解されていくような脱力感と快感を覚え、鬼道はうっとりと目を閉じた。






「気持ちいいねー」
「ああ、まるで天国だ」
「隣に女神様いるし、マジで天界じゃない?」
「そうだな・・・。ありがとう、これはいい日帰り旅行だ。かなり強行日程だったが」
「やっぱり試合明けのお疲れ鬼道くんにはきつかった?」
「いいや、こうして体を休められたんだから充分だ。宿福の大浴場は広いが、みんなと一緒に入ると賑やかでなかなか寛げなくてな」






 連日繰り返されるお湯のかけ合い。
一瞬女かと思ってしまいどきどきする、風丸と佐久間の長い髪。
もはや誰だかわからない豪炎寺と綱海。
濡れてますます頭髪が哀れに思えてくる不動。
何度下着を取り違えたことか。
鬼道は戦場のような大浴場での日々を思い出し、ますます体を伸ばした。
冗談のように背中流してあげよっかと申し出てくるにこちらも冗談交じりに頼むと返すと、やっぱり駄目と翻意される。
照れているのかもしれない。
相変わらず、視線を興味を釘づけにさせることにおいては右に出る者がいない子だ。





「鬼道くんのお家のお風呂って、大理石でできてて超広そう」
「よくわかったな。ちょっとしたプールだぞ」
「いいなー! あ、でも修也んちのお風呂も結構広くてね、2人で入っても全然平気なんだよ」
「2人・・・? ・・・まさか豪炎寺と?」
「ううん、夕香ちゃん。修也と入るわけないじゃん、パパとも入んないのに」





 父親とも入らないのに、赤の他人のこちらとは入ってくれるのか。
やはりの物を選ぶ感覚がよくわからない。
鬼道は一足先に上がっていったを見送ると、ふっと頬を緩めた。






えっ、みんなあの歌知ってるよね?






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