60.ちょっと待とうころりん










 春奈や立向居、壁山たち1年生がなにやら猛特訓に励んでいる。
は、豪炎寺と並んで立向居の特訓を見守っていた。
円堂の真似ではない自分だけの必殺技を作りたいとのことで、1年生と綱海たちのシュートを何度も受け続けている。
特訓の1つなのか、ぼろかすに貶めされていたりもする。
必殺技の習得には様々な方法があるものだ。
ただひたすら走り込み、サッカーをするだけではいけないらしい。




「ファイアトルネードはボール蹴ってただけでできたのに、立向居くん難しいことやってる」
「いや、俺もそれなりに言葉で鍛えられていた。いけいけもう少し高く飛べやれやれと、それはもううるさかった」
「うるさくて悪うございました。そんなに嫌なら話聞かなきゃ良かったのに」
「嫌とは言ってないだろう。いちいち拗ねるんじゃない」
「なんかイラっとした、今のすっごくイラっとした! 修也なんてむさっ苦しい男ばっかの中で特訓すればいいんだー!」
「おい、待て!」





 つーんとそっぽを向き走り去ったが、目測を誤ったのか前方を歩いていた鬼道ではなくその隣の佐久間にぶつかる。
きゃーごめんなさい佐久間くん、私ちょっと痛いけど佐久間くん鍛えてるから大丈夫だよねと、また意味のわからないことを口走り佐久間を硬直させている。
鬼道ならまだしも、免疫のない佐久間にスペシャルタックルはまずかったと思う。
幼なじみとして、謝りに行かねばなるまい。
の元へ向かおうとした豪炎寺は、笑顔での頭を撫でている佐久間を見つめ首を傾げた。
あの光景は毎日見ている光景に似ているが、少し違和感がある。
はて、どこだろうか。
考え始めた豪炎寺の隣に、苦笑いを浮かべた風丸がやって来た。





「参ったな、佐久間にを取られた」
「ああ・・・、違和感は風丸、お前か」
「この間、は頭撫でたらすっごく可愛く笑うんだぞって佐久間に自慢したんだ。しなきゃ良かった」
「・・・風丸、ずっと前にも言ったと思うがに夢を見すぎだ。夢を佐久間に押しつけるのはやめてくれ」
「なんだよ、お前が一番に夢を求めてるくせに。でも、俺専用だったが他の奴に撫でられるのを見るのはちょっと嫌だな」
「嫉妬か?」
「綱海が撫でるのは見てても特に思わなかったんだけどなー。・・・あ、撫で方が似てるから?」





 そうかもしれない、いや、そうに決まっている。
佐久間に撫でられているも可愛いけど、俺と一緒にいる時よりも可愛いんだったらそれはちょっと複雑だなあ。
風丸はこちらに気付くことなく、前方でにこにこと笑っていると佐久間、鬼道を羨ましげに眺めた。




「わ、佐久間くん撫で撫でするの上手!」
「風丸直伝だからな、よしよし」
「佐久間・・・・・・、俺を裏切るつもりか・・・?」
「まさか。鉄壁の守りをどう崩すのか、それが課題だと言っていたのは鬼道だろう」
「確かにそうだが、それはの話じゃなくて・・・!」
「アルゼンチンだろ? でも似たようなものさ、さんも同じくらいに手強い」
「2人とも何の話してるの? アルゼンチン戦向けての作戦会議?」
「ああ。どうやったら鬼道が鉄壁ぶち壊してものにするか散々悩んでるんだ」
「無邪気なガキに何吹き込んでんだ、佐久間クン」





 どこからともなくぬっと現れた不動が、佐久間との間に割って入る。
あからさまに佐久間に睨みつけられ、からはガキじゃないもんもちょっと大きいと発言の撤回を求められる。
大丈夫、どちらからの視線も言葉も割といつものことだから慣れている。
不動は自身のハートは傷ついていないと強烈な自己暗示をかけると、不敵な笑みを浮かべ鬼道へと向き直った。
不動の笑みを見たが、ますますむうと眉根を寄せた。





「元帝国のキャプテンのお前に用がある」
「なに?」
「不動、何を考えている!」
「お前には関係ねぇよ」
「もうあっきーってば、そうやってまーたつんけんするー。もっとソフトなお喋りしなよ」
ちゃん、頭撫でられんのは風丸クンからだけにしとけ。そこの佐久間クンはとんだブローカーだぜ」
「不動、ななな何を言ってるんだ!」
「わかりやすいんだよ、お前。ほらちゃん、あそこにだぁい好きな風丸クンいるぞー」





 を追い払うと、不動はふんと鼻を鳴らした。
佐久間が何の打算もなしにに近付くはずがない。
佐久間は鬼道にべったりだ。
鬼道のへの恋心ももちろん認識している佐久間が鬼道のために一肌脱ぐというのは、少し考えればすぐに考えつく初歩的な作戦だ。
そうだというのにあの女、暢気に懐柔されかけやがって。
頭を撫でればすぐに懐くのか。
頭さえ撫でればそれでいいのか。
いいや違う、はもっと単純に見えて複雑奇怪、難解極まりない脳内構造をしていたはずだ。
頭を撫でる奴すべてがいい奴ではないと、近いうちに説いておこう。
不動は佐久間と別れ風丸にハグをせがんでいるから視線を逸らすと、鬼道を伴いグラウンドを後にした。
































 待ち続けていたあの日が、遂にやって来る。
フィディオは家族から届いた手紙を読み終え、嬉しさのあまりベッドへとダイブし枕を抱き込んだ。
ちゃんが、ちゃん一家が帰ってきた。
お隣に10年ぶりくらいに帰ってきた。
の両親は、こちらのことをちゃんと覚えてくれていたらしい。
娘も覚えてるはずですよーとの母は話していたというし、ますます再会するのが楽しみでならない。
ちゃん、きっとすごく可愛くなってるんだろうなあ。
俺のこと本当に覚えてるのかな。
会ったら何て声かけよう。
ちゃん緊張してるかもしれないから、いきなり積極的になったら刺激が強すぎてびっくりするかもしれない。
そうだ、久々のイタリアでこっちのことも忘れているだろうから、美味しいお店とか素敵なブティックとか案内してあげよう。
再会の日は花束でも用意しようかな。
デイジーの花がぴったりだ。
フィディオはまだ見ぬを想い目を閉じた。
脳裏に浮かんできたイナズマジャパンの自称ご意見番のの姿に、ゆっくりと目を開ける。
なぜ彼女の姿が出てくるのだろうか。
今考えているのは幼なじみののことで、つい最近知り合ったばかりののことではない。
確かにあのもとびきり可愛かったが、捜し求めていたではなかったのだ。
彼女の幼なじみはイナズマジャパンのエースストライカーで、オルフェウスの副キャプテンではないのだ。
彼女が『ちゃん』なら良かったのにと思った時もあった。
そう思ってしまうほどが恋しくて、気が急いていたのだと思う。
しかし、もう夢幻のに届きもしない手を差し伸べることもしなくていい。
大会で優勝し故郷へ帰ったら、にこう問いかけるのだ。
俺、世界で一番くらいにすごいサッカー選手になれたよ、と。





「あと少しだ・・・。やっと会えるね、ちゃん」






 と別れてから肌身離さず身につけていたネックレスを手にとり、天井にかざす。
白い流星と称えられながら大好きな女の子の元へ辿り着けない操縦不可能だった流れ星が、ようやくという光を見つけて彷徨う旅の終焉を迎える。
フィディオは、来たるべき再会の日を待ちかねていた。







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